死んだって逃げられない
「……ふうん……そうなったか」
教室で静かに座っていたタケル――本体の方――は、分身のタケルがいなくなってから少し時間が経ってから、そうつぶやいた。
「え……? そうなったって、いったいどうなったの?」
近くにいた絵里が、訳がわからないのでそう尋ねると、タケルは少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「順を追って話すとね……。まず、シュウイチ君は殺した。ちょっと色々あって、2回殺す事になったよ」
「えっ……? それって……?」
近くでは、タケルの横に立っている絵里の他、隣の席に座っているアヤカ、そして二、三名の生徒がいて、タケルの話に聞き耳を立てている。
「うん。文字通りの意味で殺した。もうすぐ分身くんも帰ってくるよ」
タケルがそう言い終わると、少し前にいなくなったタケルの分身が、また教室に不意に現れた。
「あっ……! 帰ってきた……」
「何もない所に、突然現れた……」
多少驚きながらも、ある意味タケルの力に慣れてきたクラスメート達が見守る中、分身タケルは本体タケルに歩み寄ると、手に持っていた一枚の紙を渡し……そしてそのまま、すうっと霧のように消えてしまった。
「……確かに受け取った……と。あ、そうそう、話の続きだったね」
受け取った紙を確認しながら、タケルは話を再開した。
「で、シュウイチくんの両親が頼み込むもんだから、とりあえず償いをシュウイチくんの代わりにしてもらう事になったんだ。償いが終わったら、シュウイチ君を生き返らせる事を条件に。僕はもうどうでも良かったけど、まあ良いかと思ってね」
そう言って、タケルは先程分身から受け取った紙を机の上に置いた。
その紙は、大きさはちょうどA4ぐらい、白い普通の紙だったが、そこには絵――恐らく、絵であろう何か――が、描かれていた。
雑な感じなので分かりづらいが、何やら、一人の人間が描かれているようだ。まだ若いのか、学生服を着ている。その人物の立った姿が、紙に描かれていた。
「でも、その間シュウイチ君を自由にさせる気はないから、こうやって持って来たんだ。体は両親の二人に任せて、魂だけね」
よく見ると、その紙に描かれている人物は、少し震えていた。
「えっ……? じゃあ、ここに描いてある人って……」
絵里が、恐る恐るそう尋ねると、タケルはにっこりと満面の笑みで答えた。
「まあ、僕は絵が上手いわけじゃないから分かりにくいけど、これ、シュウイチ君の魂を絵に封じ込めたやつなんだ。でね、こうなると、もう僕の言う事を聞くしか出来なくなるんだ。例えば……」
そう言って周りを見渡したタケルは、ペンを見付けると手に取り、いきなり紙に描かれた人物の、ちょうど足の部分にそれを突き刺した。
すると驚いた事に、紙の中のその人は、痛みで小さな叫び声をあげたのである。
「ああっ、あああっ!! 痛い! いだいぃっ!」
そう叫ぶ紙の中の人物――絵に閉じ込められたシュウイチに、タケルは冷たく命令した。
「うるさい……。だまれ。……あ、いや、笑ってもらおう。笑ってみてよ、シュウイチ君」
そう命令された絵の中のシュウイチは、今度は急に笑い始めた。足にペンを突き刺されたまま、痛みで絵の体を震わせながら、である。
「……あっ、あはっ、あははっ……」
そんな絵のシュウイチを見て、タケルは満足そうに微笑んだ。
「ほら、ね? こうなると、もう自分の意思で何かする事は出来ないんだ。自分の意思に関わりなく、僕の命令を聞く……まあ、なんて言うか、みんなの知っているもので言うなら……そうだね、式神とか、使い魔……とかが、一番近いかなあ。そんな感じのものになったんだ」
タケルは、紙に突き立てていたペンをケースに戻したが、絵の中のシュウイチはまだずっと笑い続けていた。
「まあ、使い勝手はそんなに良くないけどね……。はい、じゃあもう笑うのは終わりだよ」
タケルのその声で、ようやくシュウイチの笑い声はやんだ。
「それでも、とりあえずお使いに行かせて、メッセージを伝えるなんかの使い道はあるから、しばらくこんな感じで働かせようと思う。逃げようとしたんだから、もう自由は与えないで良いかな、と思ってね」
そう言ってタケルは、紙に閉じ込められたシュウイチの魂を見た。紙の中でじっとたたずむシュウイチの顔は、絵里からはよく見えなかったが、こころなしか、顔の所が少し水で滲んだようになっていた。
「死んだって……逃げられないのね……」
紙の中のシュウイチを見ながら絵里はそうつぶやき、あの時、もし謝っていなかったら……と思い出して、身が震える思いがしたのであった。




