だめだなぁ……学校に来ないなんて
このあたりから話は後半です
新学期が始まって四日目、木曜日の朝にタケルが教室に入ってきた時、クラスメートたちの様子は前日とは少し違っていた。
前日の夜、そして今日の朝のテレビでのニュースで、二人の男が死亡したこと、そしてその二人が暴力団構成員である事が報道されたのである。
そして、先に教室に来ていたヒロユキから、その二人がなぜ死んだのか、クラスの皆は聞いていた。
今まで、タケルに痛めつけられて怪我をする事はあっても、殺されるような事は、クラスの中では無かった。
一部の者を除き、クラスメート達は、タケルは人を殺すという最後の一線は越えてこない……何となくであるが、何故かそう思っていたのである。
しかし、そんな事は無かった。タケルはあっさりとその一線を越えてきた。
ヒロユキは、タケルの事を話す事は出来なかったが、二人の事、組長の死、そして自分の兄の死については、話す事が出来た。
その話を聞き、クラスの全員が理解したのである。
タケルには、絶対にかなわない。欺くことも出来ない。
逆らえば、死が待っている。
タケルから離れていても無駄であり、逃げる事も出来ない。
そしてまた、クラスの皆はこの事も合わせて理解した。
タケルは、今のところ自分達を殺そうとはせず、償いをさせようとしている。
そして、こちらが誠心誠意謝り、償いをしているうちは、恐らくではあるが、殺されることは無い。
そこまで理解したクラスメート達にとって、もはややる事は決まっていた。
「タ、タケルさん、おはようございます」
「タケル……君、おはよう……ございます」
「タケル様、おはようございます!」
彼ら、彼女らは、タケルに全く従い、タケルを怒らせずに生きていく事を完全に選んだのであった。皆一様に、タケルに対し恭順の意をさらに強めたのである。
クラスメートの中には、タケル様、などと言い出す者まで現れる始末であった。
「タケル……おはよう。何か、色々と……すごいね、環境の変化ってやつが」
席に着いたタケルに、絵里が話しかけてきた。
「そうだね、何かVIP扱いされちゃって……ふふっ、面白いね、そこまでしなくていいのに」
「はあ……まるで他人事ね、あんた……」
ただ面白がっているようにしか見えないタケルに、絵里はため息を吐き、それ以上は何も言えなかった。
ところで、タケルを退学させようとしていたサキは、それなりに賢かった。
彼女もまた、理解したのである。退学させようなどとしても、無駄であるという事に。
タケルはその気になれば、自分も親も一息に殺せる。離れていても関係ない。仮に退学させる事ができたとしても、その時には自分達の命は無い。
それを分かってしまったサキは、もう退学させようとするのをやめた。父に、もうタケルの処分は必要無いと伝えたのである。
このままでは、自分どころか、父親さえもタケルに何をされるか分からない。せめて父親だけでも危険から遠ざけねばならない……サキはそう思って、タケルの席まで行くと、彼に頭を下げ、挨拶した。
「あ、あの、タケル……さん、おはようございます」
「ああ、サキさん、おはよう」
タケルは挨拶を返したあと、サキの顔を見て、何かを見つけて満足したかの様に微笑んだ。
「ふーん……もう僕を退学させようとするの、やめる事にしたんだね。次の標的は理事会だと思ってたけど……まあいいや。サキさん、賢明な判断だったね」
やはり、心を完全に読まれている。サキはそう感じた。
背中に寒気を感じながら、サキはタケルに深々と頭を下げ、自らの"未遂行為"を詫びた。
「ご……ごめんなさい。逆らおうとしてしまって……どうか、許して……」
そんなサキに、タケルは優しい表情で語りかけた。
「もちろん、許してあげるよ、このぐらいで……ね」
そう言いながらタケルがサキを見つめると、サキは急に胸が苦しくなった。
心臓が、締め付けられるように苦しい。息をするのも出来ない程の痛みと苦しみが、サキを襲った。
「うっ……ぐ、ぐるじぃ……あっ、はあっ……」
一瞬、サキの目の前は真っ暗になった。立っていることが出来ず、胸を押さえてサキがうずくまったその時、さっきまでサキを苦しめていた胸の痛みが、すっと消えてしまった。
「はっ、はあっ、い、今のは……?」
うずくまった態勢から、絵里に体を支えてもらいながら顔をなんとか上げ、タケルを見上げるサキの質問に、タケルは今度は諭すような口調で答えた。
「ちょっとの間、サキさんの心臓の動きを邪魔したんだ……。途中で反抗するのをやめたから、まあ、このくらいで許してあげるよ。もう二度と変な気を起こさないようにね。分かった?」
タケルのその言葉に、サキは急には何も答えることが出来ずにいたが、やがて喉のつばを飲み込むと、やっとの事で口を開いた。
「は、はい……許してもらって、ありがとう……ございます……」
震える声で答えるサキにはもう関心がなくなったのか、もはやタケルはサキに目を向ける事なく、今度は、また別の方を見ていた。
ちょうど登校時刻のチャイムがなったその時、タケルの見る方向には、誰も着席していない机と椅子が有ったのである。
「ふうん……来てない……か」
その席の主は、まだ登校していなかった。
タケルが学校を休む事も遅刻する事も許さない、と言っていたにも拘らず、とうとうこの日、登校時刻を過ぎても教室に現われない者が出たのである。
「ねえ、絵里さん。あそこの席って、確かシュウイチ君だったよね?」
「えっ? あそこ……って?」
チャイムが鳴ったのでタケルの近くから離れ、自分の席に戻ろうとしていた絵里は、いきなりタケルから聞かれて少し驚いた様子であったが、誰も座っていない席を見ると、振り向いてタケルに答えた。
「ああ、そうね……確かに、あそこはシュウイチの席よ」
「だめだなぁ……学校に来ないなんて……。お仕置きが必要だね……」
そうつぶやくタケルの顔からは、笑顔がいつの間にか消えていた。




