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巻き込まれなくて良かった

 砂だらけの床の事務所ですすり泣くヒロユキを放置し、タケルはソファに座りながら、元鮫肌組の組員たちに指示を出した。


「さて、今までみんな、それなりに悪い事してきたみたいだね……。で、僕の支配下ではそんな事は許さないので、そのつもりで。とりあえず明日から、みんな現場作業員とか、何かしらの仕事に就くように」


「へっ……? 俺たちが、ですか?」


 これからは、てっきりタケルから、法に外れた汚れ仕事を任されると思っていた元組員達は、タケルの言葉に意外な表情を浮かべた。


「そりゃそうだよ。今までの悪事を、悪事で償うなんてありえないでしょ? これからはまともに働く事。そして……」


 タケルは、少し笑いながら皆に説明した。


「これからは、誰に対しても、失礼な態度や、悪い言葉を使うのは禁止ね。当然、僕以外の人にもだからね? 分かった?」


「えっ……し……しかし、そんな事じゃ、他の組の奴らになめられちまいます……!」


 元組員たちは、この世界で大人しくなってしまうことが、何を意味するのかをよく分かっていた。だから、タケルを恐れながらも、必死にその点を説明しようとした。


「なめられれば良いんだよ。今まで自分のやってきた事の責任を取ってるだけなんだから。良いかい? 他の人から何を言われても言い返すのは駄目だし、殴られても反撃するのは禁止ね。まあ、それだとやられっ放しになるから……走って逃げるのだけは、まあ許可してあげるよ。あと、他の組とか、何か上の組織からちょっかいかけてきたら教えて。一応対処してあげるから」


「そ、そんな……反撃禁止って」


 元組員達からは、絶望の表情がありありと伺えた。


「僕が見てないと思ったら、大間違いだからね。僕は全て見通せるから、お兄さん達は、僕に隠れて何もすることは出来ない。で、違反したら……そうだな。これで良いかな?」


 タケルがそう言いながら手のひらを上に向けると、そこから小さな針のような物が何本か出てきた。


 その針はふわふわとタケルの手のひらから飛び立つと、元組員たちの胸に当たり……そして、そのまま体の中に溶け込むかのように入っていってしまった。


「ひ、ひええっ? 何だ今のは?」


 怯える男達を面白そうに見ながら、タケルはふふっと笑みを浮かべる。


「僕の意思に反することをお兄さん達がした場合、その針がお兄さん達の体を内側から刺すよ。苦しいから、気を付けてね? あと……」


 タケルは、元組員の男達を一通り見渡して言った。


「一応、みんな独身みたいだね。なら、ここの皆は、今後は誰か適当な人の所で、一緒に生活すること。それぞれが別々に暮らすなんて、そんなのは贅沢だからね。良い?」


「へっ、へい……」


 元組員の男達――今や、タケルの下僕しもべ達と言っても良い――は、ただ受け入れるしか無かった。


 タケルはそんな様子の下僕のうち、ふと一人の男を見て、その男に指で弾くような仕草をした。すると、その男はまるでいきなり目に見えない何かに殴られたように、顔が弾き飛ばされてしまい、口から血が流れた。


「ぐっ! な、何で……」


 何でいきなり殴られたのか分からない下僕達に、タケルは優しく諭すように教えた。


「駄目だよ? そこのお兄さん、心の中で僕に敵意を向けたからね。僕は人の心の中も見るから、皆も心から服従しないと、僕は許さないよ。それぞれ気をつけるように。良いかい?」


「はっ、はひっ、気をつけます!」


 恐れおののきながら返事をする下僕達を見て、タケルは満足そうに微笑んだ。


――


「あら、今日はいつもより遅かったわね。何かあったの?」


「ごめん母さん。ちょっと急に友達の家に寄る用事が出来ちゃって」


 いつもより一時間ほど遅れて帰ってきたタケルに、母は少し心配していた様子であった。


 食事の準備はもう済んでおり、二人は食卓に着き、少し遅めの食事を始めた。


「あんまり遅くならないようにね? そういえば、タケル。今日ね、家の近くで事件があったのよ。私、その時風呂の水出してて気が付かなかったんだけど、夕方にね、若い男二人が喧嘩になって、一人がもう一人を、首を絞めて殺しちゃったんだって! 何か、その時は叫び声とか凄かったらしいのよ!」


「へえ……そうなんだ」


 食事しながら話をする母に、タケルは少し楽しそうに相槌を打った。


「でね、近所の人の話だと、その首を絞めて殺した人、何故かその後に自分の首をナイフで突き刺して自殺しちゃったんだって! この辺も物騒になったねって、その近所の人とさっき話してたのよ! だからタケルも、気を付けるのよ?」


「うん……気を付けるよ」


 タケルは、味噌汁のお椀を卓に置きつつ笑って答え、そしてこう母に言った。


「お母さんも、そんな争い事に巻き込まれなくて……良かったよ」


 こうして、長かった三日目の夜は、静かに過ぎていったのであった。

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