201号室
タケルが事務所に入ってから、数分後。
事務所の中では、男たちがボロボロになって床に正座させられていた。
そして、その男たちの前では、タケルが彼らを見下ろすように立っていた。
「まあ、みんなよく頑張ったよ。昨日ヒロユキ君たちとケンカした時は、何発か殴ったり蹴ったりしたらすぐ大人しくなったのに、お兄さん達、けっこう立ち上がって来たからね」
そう言ってタケルが見た先には、数人の男たちがうめき声を上げ、倒れ込んでいた。
「ふーん、鮫肌組って言うんだ……」
事務所に置いてあるソファに腰掛けたタケルは、壁にかけられた額縁にある文字を見て、そうつぶやいた。
「は、はい……」
ヒロユキとその兄も、一緒になって正座していたが、返事をしたのは兄の方であった。
が、別に興味があってタケルはそれを尋ねた訳でも無かったようで、ヒロユキの兄に返事もせず、周りを軽く見渡したあと、タケルは一人の男に尋ねた。
「組長さん、組員は、今ここにいる十人と、今こっちに向かっている二人、全員で十二人、これで間違いないね?」
タケルが話しかけた、組長と呼ばれたその男は、年の頃はもう50に近いと言ったところか、シャツを着て、鼻の下と顎の先に少しだけ髭をはやしていた。
「あ、ああ……そうだ。そして、その二人も今ここに向かわせている……」
「うん、早く来るように伝えといて」
「……分かった」
そう言うと、組長と呼ばれたその男は、携帯電話を取り出し、ヒロユキの兄に渡して言った。
「外の二人に、早く来いと伝えておけ……さっさと用事を済ませてな」
用事を済ませて……この言葉にヒロユキの兄は一瞬反応したように見えたが、すぐに「へい」と答え、組長から預かった携帯電話を操作し始めた。
(くそっ……このガキ……見とけよ……)
組長は、突然やって来たこの男が、以前ヒロユキの兄が言っていた、タケルという高校生だという事を分かっていた。
今日、七人がかりで襲撃するとヒロユキの兄は言っていたが、この現状を見るに、それは失敗したのだと言う事は組長にもすぐに分かった。
そして……組長は、タケルには母がいる事も知っていた。
そこで組長は、わざと自分ではメッセージを送らず、ヒロユキの兄にメッセージを送らせた。
組長は、タケルの家の住所を知らなかったが、ヒロユキの兄は知っていた。ヒロユキの兄なら、外にいる二人に、タケルの母を襲撃するよう指示を出せるのである。
ヒロユキの兄は、組長のその意図を汲み取った。特に用事も頼まれていない外の二人に、早く用事を済ませて来るように伝えろ、とは……
ヒロユキの兄が組長の顔を見ると、組長はほんの僅かにうなずいた。
それで確信を得たヒロユキの兄は、外にいた二人に、このような指示を出したのである。
『マサ、ヤスと一緒に、昨日話していたタケルのって奴の母親を急いでさらって来い。住所は○☓町の……だ。そこのアパートの201号に、母親はいる。急げ』
「メッセージを送っておきました。しばらくしたら来ると思います。"例の用事"を済ませて、事務所まで"持ってくる"手はずです」
ヒロユキの兄が組長にそう伝えると、組長は少しだけニヤッと笑い、ヒロユキの兄に言葉を返した。
「そうか……なら良かった。早く帰ってきてもらわんとな。事務所はこんな事になってるしなぁ」
それだけ言うと、組長はそれっきり静かになって、ただタケルの方に目を向けたまま、大人しく座っていた。
(このクソガキが……。だが、母親さえ手に入れりゃ、こっちのもんだ……。その時には、きっちり借りは返してやる……)
そのような思いでタケルを見ながら正座している組長の様子は、まるで獲物を狩るタイミングを測っているネコ科の生き物にも、何やら似ているように思われた。
そして、そんな様子でいる組長とヒロユキの兄の二人を、タケルは座りながら、静かに見つめていた。その表情からは、いつの間にか笑顔は消えていたのであった。




