予定変更
落ち着いてきたヒロユキは、改めて周りの状況を確認してみた。
ヒロユキの乗っているワンボックスには、運転席にヒロユキの兄、そして助手席に一人、二列目のシートにもう一人、そしてヒロユキ自身。
後部座席には、倒れているタケルと、タケルの自転車。
更に、後部座席の後ろの窓から外を見ると、ワンボックスの後ろから普通車が続いており、そっちにも数人の男が乗っているのが見えた。
後ろを見ていたヒロユキは、改めてタケルをもう一度よく見てみた。
体に傷は無い。が、車にぶつかった時に付いたのであろう、タケルの制服には若干の泥汚れがあった。
気絶しているのか、タケルは全く動かない。
そんなタケルの様子を見て、ヒロユキは……何故か不安になった。
(まさか、タケルが兄貴にこんなにあっさりとやられるものなのか……? もしかして……)
何かを思ったヒロユキは、運転中の兄に尋ねた。
「な、なあ……。兄貴、本当に上手くいったのか?」
バックミラー越しにヒロユキから問いかけられた質問に、ヒロユキの兄は、ハァ? といった表情を、バックミラーを通して返した。バックミラーを通して、互いの目が合う。
「上手くいったに決まってんだろうが! だからそいつはそこでおねんねしてんだよ! 後ろから、こいつでガツンといってやったぜ! 楽勝だ!」
「そ、そうか……なら良いんだけどよ……」
兄からそう言われても、ヒロユキの不安は何故か消えない。
そんな不安を打ち消そうとするかのように、ヒロユキは兄にまた尋ねた。
「で、兄貴、これからどうするんだ? どこに今向かってるんだ?」
ヒロユキのその質問には、助手席の男が答えた。
「おう、俺達は今からこいつを埋めに、山に行くことにしとる。もう面倒くせえし、さっさと殺して埋めるって事に決めたからな。お前も手伝えよ」
そうか、分かった……と、ヒロユキは答えようとした。
だが、答えようとして口を開いたその時、ヒロユキの言葉を遮るように、他の者の声が突然聞こえた。
その声は、それ程大きい声でもないのに、何故か車に乗っている者達全員に、はっきりと聞こえたのである。
「なるほど、良く分かったよ。僕を殺すつもりでいた事、確かに確認したからね?」
ヒロユキは、戦慄した。
体から嫌な汗が、急に吹き出してくるのを感じる。
「あ? 何だ今の声は?」
ヒロユキの兄が叫ぶ声も、今のヒロユキにはもうどうでも良かった。
さっきの声は、ヒロユキの後ろから聞こえた。
後ろを見て確認しないといけない。
それは分かっているのだが、見てはいけないものを見てしまうのが恐ろしいような気がして振り返る事が出来ず、無意識の内に、バックミラーの方にヒロユキは目を向けていた。
そして、ヒロユキは、なぜか少し向きが変わっていたバックミラー越しに、自分の後ろの座席を見た。
その時、ヒロユキは……こっちを見ているあの顔と、目が合ったのである。
「ヒッ……!」
ヒロユキとバックミラー越しに目を合わせたのは、タケルだった。
たまらず後ろを振り返ったヒロユキの目の前には、さっき起き上がったばかりのタケルが、うっすらと笑っていたのである。
「殺すつもりだったんなら、殺されても文句は言えないよね?」
そう言いながら、タケルは後部座席から前に体を乗り出して来た。
その動きにいち早く反応したのは、ヒロユキの隣に座っていた男だった。
「こいつ! 気が付いたか!」
そう叫ぶや否や、男は体を前に乗り出して来ているタケルの顔面ににパンチを食らわそうとして、右の拳を突き出した。
しかし、その拳は当たる事はなく、タケルは悪い体勢から、カウンター気味に左の突きを合わせる。
タケルの左拳は寸分違わず相手の顔面にヒットし、男は一瞬のけぞったが、それでも相手の男は戦意を失わなかった。
「ぐっ! くそがぁ!」
男は、そのままタケルの左手を取って極めようとしてきたが、男が左手を捕らえる前に、タケルのその左手は、男の襟首を掴んでいた。
「へえ……さすがはヤクザさんだね」
そう言いながら楽しそうに襟首を引き寄せ、タケルはその男に強烈な頭突きを食らわした。
ガツッ! という音を立てて、男は鼻血を撒き散らしながら、ガクンと首を後ろに垂らし、気を失ってしまった。
その様子を横で見ていたヒロユキは、動けなかった。
金縛りでは無い。体がすくんでしまい、急には動けなかったのである。
ヒロユキの兄は、急いで車を道路の脇に寄せて停車しながら、助手席の男に叫んだ。
「こいつ、目を覚ましやがった! やるぞ!」
そう言いつつ運転席から振り向き、タケルを攻撃しようとしたヒロユキの兄であったが、それよりも早く、どこから出てきたのか、二本のナイフが彼らの首筋に突き付けられていた。
「な、何だと……?!」
運転席のヒロユキの兄と、助手席の男。二人の首筋に突きつけられたナイフは、何故か宙に浮いていた。
「ふう……。お兄さん達には、こういう感じで目に見えるように分かりやすくしてあげた方が良さそうだね」
そう言いながらゆっくりと二列目の座席に座り、ヒロユキの肩に手を置いたタケルは、運転席で身動きが取れずにいるヒロユキの兄に、にこやかに告げた。
「山は面白くないなぁ。予定変更で行こう。今からお兄さん達の事務所に向かおうよ」
タケルがそう言うと、突き付けられたナイフがゆっくりと二人の首筋に押し当てられ、肌が少し切れたのか、二人の首からは血が少し出てきた。
「うっ……。わ、分かった……」
もう二人には、抵抗の術は残されていなかった。




