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やられちまった?

 タケルの乗った自転車は、動けないヒロユキを置いて先に進んで行き、30メートルほど先に停めてある、ヒロユキの兄達が乗っているであろう車の横も、そのまま通り過ぎて行った。


 声も出せないヒロユキは、焦って何とか金縛りから逃れようと体を動かそうと試みるが、体は全くその期待に応えることは出来なかった。


 そして、タケルは最初の角を曲がった。


 角をタケルが曲がるか曲がらないかのタイミングで、停めていたワンボックスの車が不意に動き出した。続いて、その後から普通車も。


 二台の車は、タケルを追うように角を曲がって行き、ヒロユキの視界から消えていった。


(始まった……始まっちまった! どうする……! どうする俺!)


 動く事も話すことも出来ず、ただ立っているだけのヒロユキは、角の向こうで一体何が起こっているのか少しでも知ろうと耳を澄ますが、周りの下校時の喧騒にかき消され、ぶつかる音も、声も、何もヒロユキには聞こえなかった。


(一体……どうなったんだ……。もしかして、何も起きなかったとか……? いや、そんなはずは無い……)


 何も出来ずにいるこの間の十数秒が、ヒロユキには気味悪い程に長く感じられた。


 ふと、ヒロユキの体が急に、何やら鎖が解かれたかのように軽くなった。


(何だ……? 金縛りが……解けた?)


 ヒロユキの体は、動くようになっていた。


 ヒロユキにはその理由は分からなかったが、体が動くと悟ったヒロユキは、角の向こうで一体何が起こったのかを知ろうとして、急いで走り出そうとした。


 ちょうどその時、角を曲がり、一人の若い男が走ってくるのがヒロユキには見えた。


 その男の顔には、ヒロユキは見覚えがあった。ヒロユキの兄の仲間で、同じ組に所属している男だ。その男が、ヒロユキの方に向かって走って来たのである。


 同じく走り出していたヒロユキにその男は近づいてくると、大きな声を出さないようにしながらも、ヒロユキに呼びかけた。


「おい! 何してる! 早く来い! 行くぞ、乗れ!」


「えっ……? な、何がどうなったんで……?」


 訳も分からず、急いでまた角の向こうに戻って行こうとするその男をヒロユキが後ろからついて行き、角を曲がると、そこには車が二台、ワンボックスと普通車が停まっていた。


 タケルの姿は、見当たらない。自転車も、辺りには無い。


 ヒロユキが、一体どうなったのか聞こうとした時、その若い男はまた声を抑えつつ、ヒロユキの手を引き叫んだ。


「早く乗れ! こっちだ!」


 何も教えてもらえないまま、他に仕方もある訳でもなく、ヒロユキは指図された通り、ワンボックスの車に乗った。


「……!」


 車内に入ったヒロユキが見たものは、横倒しに押し込んであるタケルの自転車。そして……同じ様に横たわるタケルの姿であった。


「逃げるぞ! 早く扉を閉めろ!」


 運転席に座っていたヒロユキの兄にそう言われ、ヒロユキは慌てて車の扉を閉めた。扉を閉めるか閉めないかのうちに動き出した車の中で、ヒロユキはタケルを二列目のシートから振り返り、再び見てみた。


 後部座席を倒した所で横たわっているタケルは、全く動く様子が無い。


 見たところ傷等は無さそうに見えるが、眠っているだけ、と言うわけでも無いのは、見るからに明らかである。


「あ、兄貴……! どうなったんだ? もしかして……」


 もしかして、成功したのか? と聞こうとしたヒロユキに、ヒロユキの兄は興奮した口調で答えた。


「おう! 上手くいったぜ! こいつの後ろから、いい感じで車でぶつかってやったぜ! 周りで見てる奴もいたから、さらったら急いで移動だ!」


「上手く……いった?」


 兄からそう言われ、困惑したヒロユキは、改めて後ろを振り返り、タケルと自転車を見た。


 横倒しに無造作に押し込まれている自転車は、よく見ると少し後ろの車輪がひしゃげている。後部ライトも壊れているようだ。


(えっ……? マジか? タケルのやつ、まさか……やられやがったのか?)


 ヒロユキの目には、いく分かの期待の光が戻って来た。


「ま……マジか! やったのか兄貴! すげえな!」


 ここに来て段々とテンションが上がり始めたヒロユキに、ヒロユキの兄は、多少困惑気味に答えた。


「やったのか……って、そりゃあそうだろう。お前、失敗すると思ってたのか?」


 そんな二人の会話と共に、ワンボックスと普通車、二台の車は現場から離れて行ったのであった。

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