戦闘開始
そして、学校での、今日という一日が終わった。
「ケンジ君、リョウ君、じゃあまた明日ね。まだ病院は開いてるから、急いで診察してもらったらいいよ。明日はちゃんと学校にくるように、ね?」
「……わ、分かった……」
「へっ……分かってるよ……」
そう答えると、ケンジ、リョウの二人は、弱々しい足取りで教室を出て行った。
ヒロユキが皆の前で土下座をしたのが、よほど印象に強く残ったのであろう、その後放課後までに、クラスの全員がタケルの元に謝罪にやって来た。ケンジ、そしてリョウもまた、そのうちの一人であった。
彼、又は彼女達は、皆、タケルの支配を受け入れ、それと同時に、タケルに対する償いをする事を誓った。
タケルは、それぞれの行ったいじめ行為を、正確に"査定"した。
タケルの査定、そして裁きに、誰も文句を言うことは出来なかった。それほどにタケルの査定は、完全であった。記憶を完全に戻せ、心の中も見通すタケルの査定に、文句など付きようもなかった。
リョウもまたその日のうちに、考えを改めた事をタケルには伝え、自分の認識の甘さを詫びた。
「タケル……済まなかった。俺の考え方が甘かった。今までずっとやって来たことを、簡単に水に流そうなど……そんな事……へっ。出来るわけ無かった……」
「ふーん、分かったんだ」
「ああ、分かった……。俺、さっきタケルに一日やられたあれだけでも、もし次の日にあっさり、水に流そうとか言われたら、到底受け入れられねえよ……。一日でもそうだってえのに、お前は一年半だったんだからよ……水に流せないのは、当たり前ってもんだ」
リョウはそう言って、タケルに心から謝り、タケルの裁きに従う事を誓ったのであった。
タケルを退学にしようと企むサキもまた、偽りの謝罪をし、タケルの支配を受け入れるフリをしていたのであるが、心の中を読めるはずのタケルは、何故かそんなサキを受け入れ、他の人達と同じ様に扱っていた。
そして、今、放課後に至るのである。
「さて……と。僕もそろそろ帰ろうか……」
タケルが、そう言いながら帰る支度を整えている横で、ヒロユキは焦っていた。
(ど、どうにかしなきゃ……! やべえ、やべえぞ……! このままじゃあ兄貴達が……!)
普段は、必死に考える事など滅多に無いヒロユキであったが、今日ばかりは、彼もそんな訳にはいかなかった。
どうにかして兄達が無事にタケルと会わない方法……最悪、タケルから逃げられる方法を、昼休みからずっと考えているヒロユキであるが、何も思い付く事は出来ていなかった。
そんなヒロユキの心の内を見透かすかのように、タケルは横に居た彼に向かって、笑いながら言った。
「さあ、楽しみだね……。ねえ、ヒロユキ君、君のお兄さん達と僕、どっちが強いかな? 襲撃の時が待ち遠しいよ、僕は」
「うっ……た、頼む……」
ヒロユキは、タケルの袖を掴むと、必死の顔で頼み込んだ。
「頼む……この通り、俺はもうお前に謝ってる。だからもう、兄貴たちは見逃してやってくれ……今日必ず、俺からタケルには手を出すなって言っておくから……」
もちろん、ヒロユキのこの言葉は、まったくの嘘である。
(貴重な戦力、ここで失う訳にはいかねえ……っ! 何とかこの場をしのげば、また次のチャンスがある……!)
タケルに人の心が見えるのを、この時まだ知らなかったヒロユキは、何とかこの場を嘘でも何でも使って、乗り切ろうとしていたのである。
そんなヒロユキの思いも、タケルの前では無駄であった。
「駄目だよ……。ヒロユキ君。だって君のお兄さん、貴重な戦力なんでしょ? ここで叩かなくてどうするの? 次のチャンスなんて、希望を持たせてあげる気はないよ?」
タケルは駐輪場へ向かって歩いて行きながら、ヒロユキにそう言った。
タケルの後ろから付いてきていたヒロユキは、その話を聞き、驚きで足が動かなくなってしまった。
「えっ……? な、何を? 何を言ってる、タケル?」
何とかそう返事したヒロユキではあったが、彼の内心は混乱していた。
(何だ……? 何なんだ……? 俺の考えが……見抜かれてる……?)
「ヒロユキ君、足が止まってるよ? さ、早く行こう」
ヒロユキにそう呼びかけ、タケルは待ち切れないと言わんばかりに、駐輪場に置いてある自分の自転車の方に向かった。それを、気を取り直したヒロユキが追う。
「ま……待ってくれ! 頼む! 大事な兄貴なんだ! 見逃してやってくれ!」
正門に向かって自転車を押しながら歩くタケルに、ヒロユキは懸命に食い下がる。しかし……
「……ふふっ、大事な兄貴? そんな事、ヒロユキ君ぜんぜん思ってないじゃない。ヒロユキ君、お兄さんの事は戦力としか見てないでしょ」
タケルは、ヒロユキの言葉などには全く耳を貸すことなく、正門のところまでやって来た。
「さて……と。ここで邪魔されたら困るからね。しばらくこの正門で待ってて」
なすすべもなく付いてきたヒロユキに、タケルはそう言うと、いきなり金縛りをかけた。
「んっ! んん……っ!」
動くことも、話すことも出来なくなり、ただ立ったままで固まってしまったヒロユキににっこりと微笑むと、タケルはゆっくりと自転車にまたがった。
正門の前の道から見渡すと、次の角に入る手前の所に、二台の車が止まっているのが、タケルの目に入った。
一台は白のワンボックス、そしてもう一台は、グレーの普通車だ。どちらも、スクリーンでも貼っているのか、中の様子は分からない。
「ふふっ……あれだな。見つけたよ」
タケルは、車を見つけると、すうっと口の端を上げ、嬉しそうに笑った。
「さあ……戦闘開始と行こうか」
そう言うと、タケルは自転車に乗り、動けないヒロユキが見ている中、その車の居る方へと向かって行ったのであった。




