伝えたいけど出来ない
ヒロユキと同様に、理事を親に持つサキもまた、心に焦りが生じていた。
(何なの、さっきのやつ! 金縛りとか何それ? 忍術か何か? そんなの使えるとか、ヤバいんですけど!)
タケルの金縛りの力を先程体験して知ったサキは、父親にタケルを退学処分にするよう頼んでいる事が、もしタケルにバレてしまったら、タケルからの仕返しが来る事を警戒し始めたのである。
サキはこの時、タケルに自分が首謀者であると既に見抜かれている事は、まだ分かっていなかった。
(あいつ、ケンカが超強くなっただけかと思っていたけど……あんなやばい事もできるんだったら、早く学校から追い出さないと)
3時間目の授業が終わるとすぐに、サキは教室から出て廊下に出た。そして、先程は何故か使えなくなっていた携帯電話を、もう一度チェックしてみた。
「あ……今度は使える……」
使えなくなっていた携帯電話が、また使えるようになっていた。サキは、急いで父の携帯電話に電話をかける。おそらく仕事中であろうが、サキはそんな事は気にしていられなかった。
何コールかしたあと、父親が電話に出た。
「はいはい、パパだけど。どうかしたかい、サキ?」
電話に出た父親に、サキは、急いでタケルの事を伝えようとした。
「あ、パパ? あのね、昨日頼んだ、タケルって人の事なんだけど……」
「ああ、はいはい、あの暴力を振るってるっていう生徒ね? もう校長には伝えてあるよ? 多分すぐ退学になると思うけど?」
のんびりとした口調で答える父親に、サキは焦った口調で頼み込んだ。
「早く退学にするよう伝えて! あいつは……」
あいつは、金縛りのような変な力を持っている……そのように、サキは言いたかった。
「あ、あいつは……えっと……あ、あいつは……何だっけ……?」
何故か、サキはそれを言う事が出来なかった。
「ええっと……とにかく、あいつはヤバいの、ヤバイのよ! あ……あれ? 何でヤバかったんだっけ……?」
「だから、暴力を振るう危険な生徒なんだろう? 大丈夫だよ、サキ。そんな生徒を、可愛い娘の近くにはおいてはおけないからね。ちゃんと校長は処分してくれるはずだよ?」
「あ、いや、そうなんだけど、ええと……あれ?」
サキは、父親に、何かを伝えようとしていた。しかし、いざ伝えようとした時、何故かそれを言う事が出来なくなったのであった。
「じゃあ、パパ仕事中だから。また何か話があったら、夜に聞くからね。じゃあサキ、バイバイ」
そう言うと、サキの父親は、電話を切ってしまった。
切れた携帯電話を持ったまま、訳のわからないといった表情になり、サキは考えた。
(あれ……? 私、タケルが金縛りとか使えるって言いたかったのよね……? 何で私、急に忘れたの?)
サキは、もう一度父親に電話をかけてみた。
また数コールすると、先程と同じ様にサキの父親が電話に出た。
「どうした? 何か言い忘れてたかい、サキ?」
「そ、そうなの! え、ええと……えっと……あれ? あれっ!? 分からない?! うそ! 分からない!」
何故かサキは、タケルの力の事を、再び何も言えなくなってしまったのである。
「そんな……そんな! 何で! そんなバカな!」
「サキ、どうしたの? 言いたい事を忘れたのかい? だったらまた夜に話を聞くから。じゃ、パパ仕事で忙しいから、また夜にね」
そう言われ、サキはまた電話を切られてしまった。
「あっ、待って――」
そのサキの声は父親には届くことは無く、サキは呆然として、手に持っていた携帯電話を見つめた。
「えっ……? そんなバカな……。金縛りの事、パパに言えない……? 何で……?」
サキは、完全に混乱していた。
いつの間にか、サキの指先は震えだしていた。
(僕の力の事は誰にも話せないって、タケルが言ってたあれって……こういう意味!?)
サキは廊下から、タケルの居る教室に目を向けた。
サキのその顔には、さっきまでは無かった、怯えの表情が現れていた。
そして、同じ頃……ヒロユキにも、同様の事態が起こっていたのである。




