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無理だ

 イジメのリーダー格であるヒロユキは、明らかに狼狽え始めていた。


 タケルが今、自分たちに向けてかけている金縛り。そして実際に全く動かない体、そして出ない声。


 ヒロユキは、タケルがこんな事まで出来るとは知らなかったのである。


 今朝までは、暴力団の構成員でもある兄と、兄と同じ組の若い者たちの力で、タケルをねじ伏せようと思っていた。そして、もうその手はずは整っており、今日の放課後、兄達は校門を出たタケルを攫う事になっている。


 しかし、この現状を見てしまったヒロユキは、その計画が無理だという事を、たった今理解した。


(無理だ……。こんな力を持ってるんじゃあ、五人や十人で襲い掛かっても絶対勝てない……)


 作戦を変更しなければならない。このままでは、兄達はタケルに、ほぼ間違いなく……やられる。


 飛び道具を使うか、家族を攫って脅迫するか、クスリを上手く使うか……いずれにせよ、力でタケルを押さえつける事は、無理だ。


 ヒロユキは今更ながらに、その事を理解したのである。


 タケルは今、席に座ったままリラックスした表情で、皆に静まるように話をしている。


 大きな声でもないのに、何故かはっきりと聞こえるこのタケルの声も、恐らくは何らかの力によるものである……と、ヒロユキはようやく理解できたのである。


 タケルは、おとなしくなるようにお説教を済ませると、更に念を押した。


「じゃあ、金縛りをいったん解くけど……。騒いだり、救急車を呼ぼうとしたりするのは禁止って事で、よろしく」


 そして、タケルは金縛りを解いた。


 もうそこには、騒ぐ生徒も、走って出て行こうとする生徒もいなかった。ただ、右手を押さえて静かにうずくまる、ケンジの小さなうめき声が聞こえていた。


「やれやれ……。手がかかるなあ、高校生って」


 タケルはそう言いながら、ふふっと笑った。


 そしてちょうどその時、次の授業を知らせるチャイムが鳴り、3時間目が始まった。


「ほら、授業が始まるよ? 早く席について」


「う、ううっ……。痛え……。痛えよ……」


 タケルにそう促され、ケンジは痛みと恐怖で引きつった顔で、何とか歩いて席へと戻って行ったのであった。


 この休憩時間に起こった出来事により、クラスメート達は皆、タケルがただ強いだけでは無く、何か恐ろしい、超能力のようなものを操る事が出来るのだと、ようやく知るに至ったのである。


 タケルの隣の席で、いつもタケルを無視していた、アヤカも。


 親である理事に告げ口し、タケルを処分してもらおうとしていた、サキも。


 ここに至り、クラスの全員がはっきりと理解した。


 タケルは……普通の人間ではない。何か恐ろしい……別の何かであるという事に。


 そしてヒロユキは、今日のタケル襲撃計画を中止するべきだ、との結論に達していた。


 急いで、兄に連絡を取らなければならない。


 3時間目の授業が始まる中、ヒロユキはその事ばかりを考えていた。

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