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2時間目が終わった後

 2時間目の授業が終わった後すぐ、タケルの元に近づいてくる男子生徒が一人いた。ケンジである。


 眼鏡を指で軽く上げながら歩いて来ると、彼は席に座っていたタケルの前に立ち、タケルに声をかけた。


「な、なあ、タケル……。お前さあ、朝、昨日のケンカの事で職員室に呼ばれてたよな? あれ、誰が学校に告げ口したか、お前分かってるか?」


 ケンジのその質問に、タケルは顔を上げ、とぼけて答えた。


「さあ? 分からないけど? ケンジ君は分かってるの?」


 タケルのその答えに、ケンジはニヤリと笑った。


「告げ口したのは……サキだ。あいつのお父さんは、ここの理事の一人だからな」


「ああ、そうなんだ」


 タケルが興味なさげに答えるのに、ケンジはその意図を察することも無く、べらべらと喋り続けた。


「タケル、お前の強さは、昨日あのケンカを見たから、よーく分かってる。だけどさ、こういうトラブルって言うのは……ほら、力だけじゃあ解決できないよな? 困るよなぁ? 停学とか、退学になったりしたらさぁ」


 タケルの顔を覗き込み、ニヤついた顔で、意味深な言い方をするケンジであったが、


「うん……まあ、そうかもねえ」


 と、そんな事はどうでも良いと言わんばかりのタケルの様子に、多少の違和感を感じずにはいられなかった。


(何だ……? 何でそんなに余裕かましてるんだ、タケルのやつ……? 何か既に手を打っているのか?)


 一瞬、そう思ったケンジであるが、彼はまたすぐに思い直した。


(……いや、タケルはサキの事をたった今、俺から聞いて初めて知った筈だ。)


 気を取り直し、ケンジはタケルに自らを売り込む。


「なあ、タケル……俺ならこの問題、うまく片付ける事も出来るぜ? 何だったら、協力してやらないことも無いけど……どうする?」


 ケンジのこの申し出に対し、タケルは素っ気なく答えた。


「僕に協力? ケンジ君はヒロユキ君の仲間なんでしょ? 僕なんかと仲良くしてて良いの?」


「……ふっ……。別にあいつとは仲間でも何でもないぜ? ただあいつ――ヒロユキが強いから、あいつに付いていただけだ。けど、今ここにタケル……お前が現れた。お前は強い。お前ならヒロユキの兄ちゃん達にもそうそう負けはしない……そんなお前に、情報通でもあるこの俺の知略が加われば、まさに鬼に金棒……」


 そう言いながら、ケンジはタケルの肩に右手を置き、タケルにその自信に満ちた顔を近付ける。


「そうは思わないか? タケル」


 ケンジの言葉に、暫し言葉の無かったタケルであったが、やがて小さくため息をつくと、自分の肩に置かれたケンジの手を、その右手で取った。二人は、握手をする様な体勢になる。


(交渉成立か……。俺のこの弁舌があれば、タケルに取り入るのも容易……ッ! 流石は俺だ……)


 そんな思いがタケルに全部漏れているとも知らないケンジは、握られた手を握り返し、タケルに向かって笑いかけた。


「ふう……何から言えば良いのやら……ツッコミどころが多過ぎるよ、ケンジ君……」


 タケルは、ケンジの手を握りながら、静かに言った。


「まず……要ると思う? ケンジ君の、その知略とか、情報とかいう、どうでも良いようなものが……この僕に」


 そう言いながら、タケルは握る手に少しずつ力を込めていく。


「そ、そりゃあ、俺がお前に知恵を貸せば……って、おいタケル、力入れすぎ……ちょ、痛えよおい……おい! 痛えって!」


 慌てて手を振りほどこうとするケンジだが、しっかり握られた手は、タケルから逃れる事が出来ない。


「そもそも、ケンジ君、今まで僕にしてきたイジメを棚に上げて、よくそんな事が言えたものだね……。君みたいなやつ……」


 ケンジの手を握るタケルの手に、更に力がこもる。


「い、痛えっ! 手が、手があっ! ごめんタケル! すまなかった! 謝る! 今までのことは謝る! うっ、ああああっ!!」


「君みたいなやつは……ちょっと厳しく教えてやらないとね」


「あがあああっ!!」


 ケンジのその情けない叫び声と共に、ケンジの右手もまたタケルの手の中で、グキッと情けない音を立てて、曲がってしまったのであった。

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