そのまんま言えば良い
「今まで僕にしてきた事、それをどう償ってもらうかだけど、僕はナツミさんを痛めつけるとか、そういう気はあんまり無いんだ」
タケルは、側に立っているナツミに向かって言った。
「痛めつける事も簡単だし、殺すのも簡単。でもね、そうやってすぐに殺してしまうと、何か僕の方が損してると感じるんだよね。だから、ナツミさんには慰謝料を払ってもらおうかな、と思ってる」
「い、慰謝料……?」
タケルからの意外な言葉に困惑しつつも、心の中で少し安心するナツミ。
正直、金を払って済むなら、殺されたり暴力を振るわれたりするよりも、よっぽどましだとナツミは感じていた。金は、親に何か理由を付けて頼めば、タケルの力の事を話せなくても、何とかなるかも知れない。
ナツミがそう思っていると、そのナツミの思いを分かっているはずのタケルは優しく笑いながら、また話を始めた。
「ナツミさんが僕にしてきた悪口、意地悪、嘲笑を……そうだね、一回あたりの慰謝料が千円くらいって事で良いかな? そうやって計算すると、入学の時から今までの分の合計は500万ちょっとだね……」
「ご、500万? それってちょっと高すぎない? 普通裁判とかで決まる額って、もっと少なくなかった?」
自分の頭の中に思い描いていた額よりも遥かに高い慰謝料に、ナツミは思わず反論した。
そんなナツミに、タケルはふっと笑って言った。
「裁判とか警察の判断基準なんか、全く参考にする気は無いよ? 罪人に甘過ぎるからね。償いは自分が与えた損害に対して、充分な利息を付けて払うべきものだよ。500万っていう数字は、どっちかと言うと優しい方だよ?」
タケルはそれだけ言うと、声色を少し下げて、面白がって小さな子を怖がらせようとでもするかのように、さらに言った。
「それが嫌なら……一生奴隷の方が良い? ご希望なら殺してあげても良いけど?」
「えっ……一生奴隷って……」
ナツミは、奴隷という言葉の持つ、何とも言えない恐ろしい響きに、体をこわばらせた。そんなナツミを見ながら、タケルの言葉は続く。
「このクラスの人間とその関係者については、僕は既に生殺与奪の権を持った。もちろん、ナツミさんもだよ。気に入らなければ、僕はいつでもあなた達を殺すし、奴隷にもする。どんな力でも、どんな権力でも、それを覆す事はできない……。まあ、ナツミさんはその事をすでに分かっているとは思うけどね? で、どうする?」
それは、答えの分かりきっている質問であった。ナツミには、最初から選択の余地など無かった。
「……分かったよ……500万円支払うよ……でも、そんなお金、私今持ってないよ?」
タケルは、ナツミのその言葉に、満足気にうなづいた。
「昼は学校に通って、夜は働いてもらう事にするよ。高校生の間はそうやって支払いをしてもらう。仕事はある程度自由に選んで良いよ。レストランで働くも良し、コンビニで働くも良し、だ。毎月……そうだなあ、5万円でいいかな。それだけちゃんと払えれば良いよ。僕はあんまり好きなやり方じゃないけど、ナツミさんがそうすると言うなら、身体を売る仕事をしてくれても構わないよ?」
楽しそうに語るタケルの言葉は、ナツミには、これが本当に自分に起こっている事だという実感が感じられない程に受け入れ難いものであった。
「そうしてたら、高校生のうちに上手く行くと100万円位は払えそうだね。卒業した後は就職して、その後しっかり働けば、多分何年かで500万円は支払えそうじゃない?」
「え……でも、でも……タケル」
ナツミは何かを言おうとしたが、彼女の心を読んでいたタケルは、それを遮って話を続けた。
「習い事のピアノは、当然辞めてもらう。あと、大学なんか行かせる気はないよ。どうしても大学に行きたいなら、僕に金を払い終わった後にしてもらう。いいね?」
ナツミは涙目になりながら、タケルにすがる様に小さく声を出した。
「そ……そんな……そんな事、親になんて言えば……」
「そんなの、そのまんま言えば良いんだよ。『今までタケル君をイジメていたので、その慰謝料を払うからピアノはもうやめて、夜アルバイトします、大学も行かずに就職します』ってね」
そう言って、タケルはそれがいいと言わんばかりに更に言った。
「うん……決めた。ナツミさん、ピアノを辞める理由を聞かれたら、さっき僕が言ったように親に必ず言う事。他の言い方は認めない。他の理由を言ったら別途、罰を考えるからね。分かった?」
「えっ……」
ナツミは、自分のこれからの事を思うと、気が遠くなるのを感じた。今のナツミには、立っているのが精一杯であった。




