償いの方針
タケルとナツミの様子を見て、周りの生徒たちには、声には出ない動揺が広がっていた。
ナツミが、タケルから手をかざされたかと思うと、次の瞬間、声を上げながら、頭を抱えてしゃがみ込んだ、その瞬間を見ていたからである。
二人を3つ後ろの席から見ていた絵里にも、一体何が起こったのか分からなかった。
(ナツミ……一体どうなったの? 怪我はしてないみたいだけど……)
タケルが、ナツミに何かをした……それだけは見ていて分かる。しかし、一体何をタケルがしたのか? それは当事者の二人以外、誰にも分からなかった。
「さあ、もう思い出したのなら、ナツミさんが僕に何をしてきたのか言えるよね?」
席に座ったまま問いかけるタケルに、ナツミは立ち上がりながら答えた。
「う、うん……思い出した……。全部思い出したよ……。あ、あの、これ、タケル君が……やったの?」
「ん? やったの……って? 思い出させた事かな? だとしたらそうだよ。僕がナツミさんに思い出させた。それがどうかした?」
タケルの、当然だと言わんばかりのその言葉に、ナツミは戦慄した。
「そ……そんな、事まで……出来るの……?」
(人の頭の中の記憶まで操れるっていう事……? だとしたら、そんな奴に一体どうやったら上手く取り入れるって言うの……?)
ナツミがそんな事を思っていると、またタケルが口を開いた。
「ふふっ……上手く取り入るなんて、まだそんな事を考えてるんだね。口では謝ってても、内心はそんなもんなんだね」
「えっ……?」
ナツミは、タケルの言った言葉を、一瞬、理解できなかった。
「も、もしかして、タケル……君、分かるの? 人の心の中そのものが」
ナツミのその声は、少しばかり震えていた。
「もちろん分かるよ? 何を考えてるか、何を感じているか、どんな気持ちなのか、はっきりとね」
「あっ……そう、だったんだ……」
タケルの"分かる"と言う答えを聞き、ナツミは完全に絶望した。
もはや、ナツミが企んでいた"何とかして取り入る"と言う計画は不可能である事が、はっきりと分かってしまったのである。
「何だ……。じゃあ……もうどうしようも無かったんだ……」
ナツミのその失望した言葉を聞き、タケルはまるで良い理解者でも得たかのように、嬉しそうに微笑んだ。
「そこを分かってくれた? なら良かったよ。ああそうそう、僕の力の事は、他の人には話せなくなってるから、誰かに話そうとしても無駄だからね。もちろん同じクラスの、今ここにいるみんなにも、ね。こうやって僕との会話が周りに聞こえてる分は、ノーカウントで良いけど」
タケルのその言葉に、さらにナツミの表情は暗く、重くなった。ナツミはさらなる絶望の淵に追い込まれたのである。
「誰にも助けは求められない、家族に相談する事も……友達同士で愚痴を言う事すらも許されない……って事なのね……」
そのナツミの失望に満ちた言葉を聞き、タケルは答えた。
「その通りだよ……。さすがナツミさん、物分りが早くて良いね。さて、君が僕にしてきた事だけど、もうお互いに分かってるだろうから、いちいち確認はしない。それについて、どう償ってもらうか、これからそれを決めよう」
タケルはその場に立ちすくむナツミを見上げながら、更に言葉を続けた。
「ナツミさん、あなたはまだ運がいい方だよ。こうやって他の人より少しだけ早く謝ってきたからね……。まあ、おととい謝っててくれたら赦されていたけど、ノートを隠すような心じゃあ流石にそこまでは無理だったね……。まあ、せっかく謝ってきてくれたし、ナツミさんは比較的優しく……苦しめる方向で行くよ」
ナツミは、下を向いたまま、もう何も喋ることは無かったが、やがて絞り出すように一言だけ「……はい……」と答えたのであった。




