思い出させる
教室に帰ってきたタケルは、教室をじっと見渡し、生徒達をひとりひとり、しばらく見つめていたが、やがて一人の女子生徒に目が止まった。
先程タケルが職員室に呼び出された時に笑みを浮かべていた、あのおかっぱ頭の女子生徒である。彼女の名は、サキと言った。
彼女はいじめメンバーの主要人物の一人であり、ヒロユキが暴力をタケルに振るっているときは、サキはいつも面白がってその様子を見ていたのである。
(……ふむ、なるほど、そういえば彼女のお父さんは、この学校の理事の一人だったからな……。そっちから手を回したか……)
そんな事を思いながらタケルは席に着き、そしてこの後のことを考えた。
(まあ、理事程度は後回しで良いだろう……まずは、ヒロユキ君たちから処理しようか。その後は……)
倒すべき相手の数の多さに、嬉しさのあまり笑みが顔に出てしまい、教室に一時間目の教科を教える教師が入って来た時でさえも、まだタケルは笑みを浮かべていた。
そして、授業が終わった後の、次の授業までの短い休み時間のに入ってすぐ、一人の女子生徒がいそいそとタケルの元にやって来た。
タケルの元にすり寄ってきたのは、先日タケルのノートを捨てる嫌がらせをした、あのナツミであった。
「あの……タケル……君」
今までは、ナツミが自分からタケルに話しかける事など、全くと言っていい程無かった。
そのナツミがタケルに話しかけているため、周りの生徒たちが注目する中、タケルは彼女の呼びかけに応じて、声の方向に顔を向けて、優しく微笑んだ。
「ん? 僕? ナツミさんが僕に何か用でもあるなんて、珍しいね」
タケルにそう皮肉を言われながらも、ナツミはそれには一切反応せず、うつむきながら、そのショートカットの丸い頭を下げて言った。
「あの……昨日の事、ごめんなさい。タケル君のノートを女子トイレに捨てたりして……謝ります」
ナツミのその言葉に、タケルは笑みをすっと消し、無表情になって、座ったまま、立っている彼女を見つめた。
「……それだけ?」
「え……? それだけ、って……?」
「他にも謝る事、有るよね?」
タケルが冷ややかな目でかける言葉に、ナツミは動揺していた。
(えっと、何を謝れば良いかな……とにかく何でも謝らなくちゃ……何か酷い目にあわされる前に、何とかして謝って赦してもらわないと……!)
「えっと……今まで色々、意地悪な事をして、その事もごめんなさい」
ナツミが言ったその言葉に、タケルは少しため息を吐いて言った。
「はぁ……。色々って、何の事? ちゃんと具体的に言って欲しいんだけど」
「え、ええと……例えば、この前、夜に神社の前に置いてけぼりにした事とか……」
そう言いながら、ナツミはいくつか自分がやってきたいじめを思い出し、タケルの前でそれらを答えた。
「……それだけ? まだあるけどね……」
「え……そ、そうだったっけ……。あの、タケル君ごめんなさい、全部は思い出せなくて……」
ナツミの背中に、嫌な汗が流れる。
「やった方は覚えてないんだよね……こういうのって。自覚が無いというか、何と言うか……。やられた方からすると、本当に頭にくるよね」
タケルの言葉で、ナツミは余計に心の中で焦っていた。
(やばい、やばい……あと何があったっけ……思いだせ、思い出せ!)
「あ、あの、ごめんなさい。ちょっと待って、今思い出すから……」
「いや……もう良いよ。君をわざわざ待つ気は無いからね」
そう言うと、タケルは彼女の方に手をかざし、何かを念じた。
すると突然、ナツミの頭の中に、今までの記憶が溢れかえるように蘇ってきた。
今までタケルに対してやってきた、すべてのいじめ、悪口、取ってきた態度、それらのすべての記憶が、ナツミの頭の中に一気に流れ込んで来たのである。
「あっ、ああっ……!」
全てを思い出し、自分がどれ程の事をやってきたのかをはっきりと自覚したナツミは、これから自分がその償いをしなければならないと気付き、頭を押さえ、その場にうずくまってしまった。
そんな様子のナツミを冷たい目で目つめながら、タケルは静かに語り掛けた。
「どう? 思い出した? 僕もそろそろ、力を見せる事を自重する必要も無くなってきたしね……さあ、ナツミさん、思い出したなら話を続けようか」
「は、はい……」
もはやナツミには、ただ大人しく返事をする事しか出来なかった。




