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三日目・午前

 その日の朝も、いつもと変わらない朝礼が始まった……かに思われたのだが、この日は、そうとはならなかった。


 朝の連絡事項の確認のあと、クラス担任であるカマタが、タケルの方を向き、こう言ったのである。


「それと、最後に……。立花、この後、職員室に来なさい」


 職員室に来るように言われた立花という生徒とは、タケル、つまり立花タチバナ タケルの事であった。


 いつも緑のジャージ姿で過ごしている、このクラスの担任であるカマタは、タケルを職員室に呼び出したのである。


 30代にありがちな、その少し顎のたるんだカマタの顔からは、いかにも面倒臭そうな表情が見て取れた。


 そんな、カマタがタケルに指示している様子を、教室の後ろの席から一人のおかっぱ頭の女子生徒が、じっと見ていた。


 そんな彼女が、口の端を僅かに上げていやらしく笑ったのを、周りで座っていた生徒たちは全く気付かなかった。


「……はい、分かりました」


 担任教師であるカマタの呼び出しに対し、タケルは静かにそう答えた。


 その後、カマタが退出して生徒だけになった教室では、そこかしこでざわめきが起こっている。


「タケルのやつ……呼び出されたぞ」


「昨日の喧嘩の件……?」


「あいつ、どうなるんだ……?」


 そんな声が囁かれる中、3つ後ろの席に座っている絵里がやって来て、タケルに少し心配そうな顔を向けた。


「あんた、呼び出し食らったよ? 多分昨日のケンカの事だろうと思うけどさ、何か聞かれたら、あんたどうすんの?」


 そんな絵里に、タケルは不思議そうな顔をして答えた。


「どうすんの……って? 僕は、何か聞かれたらその通り答えるだけだよ。今までヒロユキ君がやってた事を、僕がやっただけの事なんだから」


 そのタケルの言葉に、絵里は言葉を詰まらせる。


「う……ま、まあ確かにそうなんだけど……」


 絵里が返す言葉に窮していると、タケルは微笑んで立ち上がり、そのまま職員室へと向かうため教室を出ていった。


 職員室では、カマタが自分の机の席に座り、タケルが来るのを待っていた。タケルが職員室に入ってくると、カマタは座ったままタケルを手招きし、近くにあった折りたたみパイプ椅子を広げると自分の前に寄せ、そこにタケルを座らせた。


 タケルが大人しくそのパイプ椅子に座ると、カマタはタケルの方を見ながら、大きなため息をついた。


「はあ……。タケル、お前が呼び出された理由は分かるな?」


「……さあ?」


 タケルがとぼけて、何の反応も示さないので、カマタは多少の苛立ちをその表情に浮かべつつ、面倒臭そうに言葉を続けた。


「何とぼけてるんだ、お前は……。お前がクラスメートに殴る蹴るの暴行を加え、怪我をさせたと言う話が来てるぞ。実際どうなんだ?」


 カマタのその言葉に、タケルは「ああ、その事ですか」と答え、言葉を続けた。


「はい、確かにヒロユキ君や、そのお友達に殴るとか蹴るとか、しましたねぇ。でもそれはただの遊びですよ」


 タケルのその言葉に、カマタはそれをまるで聞きたくなかったかのように、顔をしかめた。


「おいおい……何言ってんだお前。そんな事して、どうなるか分かってるのか? ここの校則はお前も知ってるだろう。暴力行為は停学か退学だぞ? 面倒を掛けるんじゃねえよ……」


 カマタがそう言っても、タケルは特に焦ることもなく、余裕の態度を崩さない。のんびりとした口調で、タケルは答えた。


「何故、僕が停学なんかにならないといけないんですか? 僕はヒロユキ君が以前に僕にした事を、同じようにやっただけです。その時先生、ヒロユキ君の事を注意しただけでしたよね? 『ほどほどにな』って。僕はあの時の先生の言葉、覚えてますよ?」


 そのタケルの言葉を聞き、カマタは余計に顔をしかめた。


「まあ、確かにそんなコトを言ったりもしたが……」


 確かにカマタは、かつてタケルがヒロユキ達からいじめられていた時に、面倒臭がってあまり何もしなかったのである。そしてその時の言葉は、カマタも覚えていた。


「別に、俺はお前に意地悪したい訳じゃないんだぞ? 俺だって、お前を処分する様な面倒くさい事はしたくは無いんだ。でも今度はそうはいかない。学校の理事の一人から、この事について問題の生徒を処分するよう、強く要求が来てる。タケル、お前、今回は相手が悪いぞ。早く謝りに行って来い。でないと最悪、退学になるぞ」


 カマタのその話を聞いていたタケルの顔から、すうっと笑顔が消えた。


 無表情になったタケルに、何故かカマタは、自分が担任教師である事を忘れてしまう程の得体の知れない恐怖を感じた。


「……お、おい、タケル、分かったのか?」


「ふふっ……ええ、よく分かりました」


 タケルは、再び微笑みを顔に浮かべ、カマタに言葉を返した。


「僕がいじめられていた時には何もせず、僕が同じ事をした時には僕を責める……そんな学校には、手加減の必要は無いという事、はっきりと確認しました」


 そう言いながら、タケルは立ち上がった。


「先生……あなたも許しません。先生は僕へのいじめを止めるべき立場にあったのに、それを怠りました。あなたもまた、復讐の対象です」


 突然タケルから復讐を告げられ、何も言い返せずにポカンとしているカマタに、タケルは冷たい目で言った。


「では、授業が始まりますから、教室に戻ります」


 その一言だけを言い終えるとタケルは背を向け、職員室から出て行ったのであった。

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