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最北領の怪物II_005_マクベの意地

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 005_マクベの意地

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 青狼族が追撃していた騎兵も全員仕留め、ソラは夜明けを待たずにポサンダルクの本軍に伝令を送った。

 ソラは本軍から見て北西側へ領軍を動かしたが、その頃にはジャバル王国軍の総攻撃が始まっていた。

 高台になっている場所からポサンダルクの戦場を俯瞰していると、味方本軍が後方へ部隊を割こうとしているように見えた。

 どうやら伝令が情報を伝えたようだと、一安心する。


「つまりませんな……」


 ソラの横で騎士エルバートが呟く。本当につまらなそうな顔をしている。それを無視してソラは戦場を見つめる。

 俯瞰して15分程経っただろうか、本軍側面に急速に接近する一団が現れた。ジャバル王国の強襲部隊だ。

 その強襲部隊の他に3つの強襲部隊が合流し、100を超える騎兵隊となった。


「我らも早く向かいましょう」


 捨て猫のような目で訴えてくる騎士エルバートを無視し続け、土煙を上げながら本軍へと接近する集団を見つめる。

 そして本軍から分かれた分隊が、敵強襲部隊と激突した。


 数では分隊のほうが多い。おそらく500程の規模だ。されど騎兵ばかりの強襲部隊に対して歩兵ばかりの分隊は分が悪かった。

 分隊は紙が裂かれるように中央から割れていく。このままでは突破されるだろう。


「ソラさまぁ~」


 猫なで声を出して早く戦わせろとせがむのは、強面巨躯のエルバートである。気持ち悪いと、その後ろに控えていたザルガンたちが顔を顰めている。

 分隊500と敵強襲部隊100が攻防を行なっているところだが、さらに多くの騎兵の集団が近づいてくるのが見えた。その数はおよそ400。

 本軍はまだ気づいていない。さらに敵本軍との戦いも激しさを増している。このままでは本軍に横槍を入れられてしまい、下手をすれば本軍が瓦解する。


「エルバートッ」

「はっ」

「俺が攻撃を行なったら、あの騎兵隊に突撃だ。好きなだけ暴れてこい」

「待ってましたっ」


 都合の良いことに第二陣の強襲部隊は、ソラたちが陣取る丘の麓をかすめるように通るようだ。向こうはソラたちに気づいているが、少数だと見ると気にせずに突っ切る構えだった。

 速度を緩めずに土煙を上げて走る騎兵を止めるのは簡単ではない。


 ソラたちと騎兵たちとの距離はおよそ300メートル。領兵が丘を駆け下りても1分はかかる。それに対して騎兵なら20秒もあれば駆け抜けるだろう。

 殲滅する必要はないが、騎兵の頭を押さえたい。本軍に向かわさなければいいのだ。それを踏まえてどんな魔法が良いかソラは考えた。


 ソラは徐に両腕を上げた。手の平は天に向かって広げられている。

 その手の平の先に魔法陣が現れる。半径3メートル程の大きな輪の中に見たこともない文字がびっしりと配置されている。


「派手にやるとするか」


 魔法陣のさらに上にまるで小さな太陽のような火球が形成されていく。

 その熱量は膨大で、ソラの周囲で控えている騎士エルバートや領兵たちが怯んで後ずさりするほどだ。


「───ライト・フレア」


 飛翔したライト・フレアは数秒で丘を下り、先頭を走る騎兵に着弾した。

 着弾した瞬間、ライト・フレアはその膨大な熱量を解放。その熱がドーム状に広がっていく。

 騎兵たちは馬を急停止させようとするが、間に合わずに熱のドームに突っ込んでいき、瞬時に体中の水分が蒸発し、炭化し、燃え上がって息絶える。

 巨大なドームを形成したライト・フレアは、騎兵の3分の2を飲み込みなおも広がり続けている。


「エルバート。行け」

「お……おぅ?」


 さすがの脳筋エルバートも全てを炭化させるライト・フレアに突っ込もうとは思わなかった。


「大丈夫だ。あれはあと10秒もすれば消える。行け」

「は、はい。……お前たち、突撃だ!」


 腰が引けている領兵たちに突撃を指示する騎士エルバートもまた戸惑っているが、ソラが大丈夫だと言うからなんとか足を動かすことができた。

 騎士エルバートが丘を降り始めたら、領兵たちもつられるようにそれに続く。勢いはまったくなく、足を動かした今でも全員の腰が引けている。


「エルバァァァトッ! 気を張れっ! 死にたいのかっ!」

「っ!?」


 ソラのその言葉で我に返った騎士エルバートは、足を止めてその分厚い手の平で両頬を張った。頬がジンジン痛むほどの力だ。

 振り返って領兵を見据えた騎士エルバートは、にかっと笑った。


「お前たち。敵は少なくなったが、まだ俺たちより多い。食い放題だ!」

「「「……プッ。アハハハッ」」」


「応」と返事が返ってくるはずだったが、領兵たちが笑い出したことに騎士エルバートは首を傾げた。


「何が可笑しいんだっ」

「エルバート様の頬が腫れているからですよ」

「なんだと……?」


 思いっ切り叩きすぎて両頬が真っ赤に張れているエルバートは、頬袋にたくさんの木の実を貯め込んだリスのようになっていた。

 大声で笑う領兵たちに、騎士エルバートが肩を揺らす。


「わ、笑うんじゃないっ! そんなことよりも行くぞ! 突撃だっ!」

「「「応っ!」」」


 騎士エルバートと領兵たちは笑顔で騎兵たちへ突撃していった。


 ライト・フレアはソラが言ったように、騎士エルバートたちが突撃した時には収まっていた。ただし焼かれた大地がマグマ化していたり、大気温を数度上昇させていた。

 熱気の中で騎兵たちは右往左往していたが、そこに笑顔の一団が突っ込んできて狂瀾怒濤となった。

 その一団は笑いながら騎兵を屠っていく。騎兵たちからしたら、死神よりも性質が悪い奴らだろう。


 捕虜になった騎兵らはアマニア領兵のことを『笑う死神』と称することになるが、それは後の話である。



 ▽▽▽



「狼狽えるなっ。敵は少数だっ、隊形を整えよっ」


 生き残った中で高位の騎兵───マクベが部下たちを統率しようとする。しかし彼の声は騎兵たちに届かない。

 目の前で300以上の仲間が誰かも判別できないほどに焼き殺された中で、マクベはよく立ち直ったと褒めるべきだろう。だからと言って他の者も彼のように冷静でいられるわけではない。


「冷静になれっ。敵の思うつぼだぞっ。冷静になるんだっ」


 声を張り上げて仲間を落ちつかせようとするが、現実は酷なものだ。

 目の前で仲間が大量殺戮され、さらに戦場で笑みを浮かべて仲間を殺す化け物たちが現れた。これで冷静になれと言うほうが無理があるのだろう。


 マクベは近くにいた直営の部下をなんとか落ち着かせるが、全体を掌握することはできない。それというのも笑みを浮かべた兵士たちが、騎兵たちを殺戮していくからだ。


「クソッ」


 毒づいたマクベの目に、丘の上でこの最悪の状況を傍観する1人の兵士の姿が移った。青い鎧を着こんだ若い兵士だ。

 あいつだ、あいつがこの惨状を引き起こしたのだ。瞬時にそう思ったマクベの心の奥底から、得も言われぬ怒りがこみ上げてくる。


「おのれぇぇぇっ」


 マクベは怒りに任せて馬を走らせた。それに従うのは、わずか10騎。それでも丘の上には1人の少年───ソラしか居ない。

 先程のような大規模の攻撃を受けないように、部下を散開させる。怒りで胸がいっぱいでも、冷静にそういったことが判断できたのはさすがと言うべきだろう。


「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁがぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 馬上で扱いやすいように改良が加えられた馬上槍を構えて、ソラへと突き進む。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ」


 ソラはマクベたちの動きを冷静に観察した。

 騎兵だけあり、速度は素晴らしいものがある。

 だが直線的な動きだ。直線的な動きの敵は、ソラにとって対処が簡単であった。


「───空堀」


 マクベたち騎兵の前の地面がなくなった。次々に空堀に落ちていく騎兵たち。馬から落ちて地面に激しく体を打ちつける。悲鳴も出せないくらい一瞬のことだった。

 そんな騎兵たちの中で1人だけ空堀を飛び越えた者が居た。マクベだ。


 マクベの騎兵としての腕はジャバル王国軍の中でも特筆している。空堀を飛び越えられたのも、その才能と日々の訓練のなせる業である。


「てぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁっ」


 ソラとマクベの視線が交差する。マクベの目は血走っているが、ソラはまるで晴れた雲のない青空のような平静さを湛えている。


 マクベの馬上槍がソラの胸を捉える。その刹那、ソラは身をひるがえして馬上槍を紙一重で躱した。


「生意気なっ」

「悪いが、俺は死ぬ気はない」

「それでも死ぬのが戦場だ」


 マクベの言葉はソラも痛感しているものだった。理不尽な死に直面するのが、戦場なのだ。

 生きたくてしょうがない奴ほど早死にする。それが戦場だと、ソラはよく理解していた。


 ソラは5歳の時から二代目賢者に師事し、ラビリンスや戦場を嫌というほど経験してきた。死は常に隣りにあり、気を抜けば瞬時に死神の接吻を受けるような場所を駆け抜けてきたのだ。


 セルバヌイというラビリンスに巣食う化け物は、目の前で馬上槍を降る兵士よりもはるかに恐ろしい存在だった。

 セルバヌイには理性などない。体中から湧き上がる殺人欲求を持つ異形の生き物は、容赦なくソラの生を奪おうとした。


 人間の中にもそういった化け物は居る。ある意味セルバヌイよりも恐ろしい存在だ。生きるためではなく、ただ快楽を味わうために人を殺す存在に何度恐怖したことか。


 涙を流しながら、嘔吐を繰り返しながら、泥水をすすりながら、ソラは生きてきた。


「その通りだ。戦場では常に死が隣に居る」

「聞いた風なことをっ」


 馬上槍を紙一重で躱しながら、ソラは表情一つ崩さない。このような場面は腐るほど経験した。今さら慌てふためくものではない。

 剣の柄に右手を置き、ソラはタイミングを窺っていた。


「ちょこまかと」


 マクベが言葉を吐き捨てたその時、ソラの剣が抜かれた。

 馬上槍が大きく弾き上げられる。


(なっ、あんな細身の剣で俺の槍を弾くだと!? あり得ん!? あり得んだろっ)


 馬上槍を強く握りしめていた右手がちぎれるのではないかと感じるほどの衝撃に、マクベの上体は浮いてしまった。

 自分が作ったその隙をソラは見逃さない。一歩踏み込んで、剣を振り切った。


 その剣は長さ100センチ程の片刃の細身の剣で、背側に反っているものだ。剣身は珍しいピンクゴールドで、太陽光を浴びて怪しく光っている。

 祖父から譲り受けたその剣を根源力も魔法も使わずに片手で扱い、マクベを鎧ごと一刀の下に切り捨てた。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >この物語はフィクションです。 マクベはオデッサの司令官、 そういう事なのでしょうか。
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 祖父が打ち立てた偉業ってとんでもないよなあ
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