最北領の怪物II_003_敵は夜陰に紛れてやってくる
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003_敵は夜陰に紛れてやってくる
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馬に乗る青色の鎧のソラは目立った。
この鎧は侯爵から贈られたもので、ソラ用に特別に造らせたものだ。
「青真鋼鎧、恰好いいですな。ソラ様」
轡を並べて進む騎士エルバートは、羨ましそうに青真鋼鎧を見つめる。
フォルステイ男爵家の騎士は全員真鋼鎧を装備しているが、それは赤色の真鋼を使った鎧だ。
真鋼は赤、黄、緑、青、金の順で珍しいものになり、赤は比較的入手しやすく、青は簡単に手に入らない。それだけ青真鋼鎧は貴重なもので、騎士エルバートは羨望の眼差しを向けている。
「爺さんが金真鋼鎧をくれると言ったが、丁重にお断りしたらこれを贈ってきたようだ」
「なんと、金ですかっ。金と言えば、侯爵閣下愛用の鎧。我ら武人にとって垂涎のものですぞ。もらっておけばよろしかったのに……」
「そんなものをもらったら、伯父上から睨まれるだろ。ただでさえ俺は色々問題を抱えているのに」
金真鋼装備どころか青真鋼装備など、男爵家の者が装備できるものではない。それが次男ともなれば、要らぬ勘ぐりをする者が現れるのは簡単に想像できる。
「ソラ様は侯爵閣下のお孫様なのですから色々面倒なこともあるのでしょうが、侯爵閣下がやると言うのですからもらっておけばいいじゃないですか」
「簡単に言うなよ。そうでなくてもやっかむ奴らが居てウザいんだから。それと爺さんは前侯爵だ。今はルーカス様がフォルバス侯爵家の当主だ、間違えるなよ」
ソラの母シャーネは、前フォルバス侯爵家当主ロドニーの末娘である。つまり、ソラは前侯爵の孫に当たるのだ。
この国で侯爵は貴族の最高位になる。その侯爵の孫というのは、大きな後ろ盾があると言える。侯爵も孫が他の貴族に侮られないように、目を光らせるものだ。もっとも今は侯爵ではなく前侯爵であるが。
騎士エルバートも元はフォルバス侯爵家の騎士だったが、シャーネがフォルステイ家に嫁入りする時に護衛騎士としてフォルステイ家に仕えることになった。
さらにフォルステイ家も元々はフォルバス侯爵家に仕える騎士だった。戦功を立てて男爵になったが、その背景にはフォルバス侯爵家の威光があったのは言うまでもないだろう。
本来、伯爵や侯爵家のような上位貴族の娘が男爵家に嫁入りすることは珍しい。だが、前侯爵のロドニーは他の貴族とパイプを作るよりも家臣やそれに準ずる者たちとの縁を大事にしていることから、家臣であったフォルステイ家にシャーネを嫁に出したのだ。
「ああ、そうでしたな。どうもロドニー様の印象が強すぎまして」
騎士エルバートがフォルバス侯爵家に仕えていた頃は、まだロドニーが現役だったから侯爵と言えばロドニーなのだろう。
ロドニーは一代でフォルバス家を騎士爵から侯爵にまで押し上げた傑物であり、数々の逸話を残す生ける伝説とも言える人物だ。人々はロドニーのことを『最北領の怪物』や『英雄』などと畏怖を込めて呼ぶ。
貴族の階級は、下は騎士爵から男爵、子爵、伯爵、侯爵があり、フォルバス侯爵家は最上位の侯爵家に上り詰めた。
エルバートのような騎士は貴族の騎士爵ではなく、その家臣である準貴族になる。騎士爵と騎士は間違われやすいが、その間には大きな差があるのだ。
フォルステイ家が治めるアマニア領から南下していくと、ボルドス大山脈という峻険な山々が連なる地がある。このボルドス山脈は東西に延びていて、さらに西から北へと延びている大山脈だ。
アマニア領の西側にもボルドス山脈が延びているが、そこに鉄鉱石を産出する鉱山がある。こういった鉱山のある土地を領地にできたのも、ロドニーの影響力があったが故だろう。
ソラたちがボルドス山脈を右に見ながら南東に進んでいると、広い街道が現れる。その街道を兵士や物資を載せたトラックが行き来している。このように道が整備されている場所はトラックによる運搬が行え、人員や物資の補給がしやすい利点がある。
ここまでくると戦場となっている地域は近い。
ジャバル王国との国境線は東西に長いが、戦場となっているのは東のゲーハテームと西のポサンダルクの2カ所になる。
ソラが率いるアマニア領軍は、ポサンダルクの戦場へ向かっている。
行軍5日目、アマニア領軍はポサンダルクまであと1日の場所で野営をすることにした。
この辺りは敵の偵察部隊が入り込むこともある場所だ。決して油断できる場所ではない。
「テントの設営急げ。テントの後は飯だ。早く飯を食いたければ、キビキビ動けよ」
領兵たちの指揮は騎士エルバートが執っている。
騎士エルバートは何度も戦場に出ている歴戦の勇士だ。こういったことに慣れている。
ソラも野営は何度も経験しているが、部下を率いるという経験はこれが初めてだ。
(ここまでの行軍もそうだったが、この領兵たちはいい動きをする。爺さんの薫陶が行き届いているようだな)
祖父はラビリンスで領兵を鍛えることを推し進めている。ラビリンスがない領地は、近しい関係にある領地にあるラビリンスを利用できるようにしているのだ。
それは絶大な影響力を持つ祖父だからできることだが、通常は他領のラビリンスに滅多なことでは入れない。
ラビリンスで領兵を鍛えることは、領兵自身に根源力という特殊な能力を取得させるためだが、領兵を極限状態に追い込む目的がある。
極限状態に追い込まれた領兵は、その者が本来持っている力を発揮することがある。さらに仲間と協力して行動することを覚え、仲間意識を向上させてくれる。
もちろんのことだがデメリットもある。そこは指導する者が匙加減を調整することになるが、そういった指導する者の養成にもフォルバス侯爵家は力を入れている。
ソラが率いているアマニア領兵は、全員根源力を得ている。
根源力とはセルバヌイという化け物からとれる生命光石から得られる特殊な力である。通常は生命光石100個を使ってやっと根源力を得ることができるというものだ。
生命光石は安いものでも大銀貨2枚はする。それを平均で100個与えるのだから、大金貨2枚(大銀貨200枚)もの出費だ。フォルステイ男爵家の領兵はフォルバス侯爵家の給金体系を踏襲していることから、熟練領兵の給金は月に小金貨2枚が基本になる。それを考えれば、大金貨2枚(小金貨20枚)は10カ月分の給金になる。
1つの根源力を得るのにそれだけの出費がある以上、領兵全員に根源力を覚えさせる貴族はあまり居ない。
だが、フォルバス系の貴族は違う。根源力を得た領兵は、根源力を持たないどんな兵士よりも強い。根源力を複数持てば、それだけで圧倒的な強さを得られるのだ。それは結果として領兵を生きて戦場から帰すことに繋がる。だから領兵には必ず根源力を取得させている。
フォルバス侯爵家は家臣筋の領兵全員に根源力を取得させるように支援を行なっているが、フォルステイ男爵家のアマニア領には鉄鉱石の鉱山がある。その資金力を使い、フォルバス侯爵家から支援を受けずに領兵に根源力を与えているのである。
夜も深まり、ソラは小高い丘の上で夜空を見上げた。
(シャインは今頃何をしているだろうか?)
あれから幾日もたってないのに、シャインの顔が浮かんでくる。
曇りがちの空には、わずかだが星が見える。雲に隠されているが、空には幾万の星がある。昨日も今日もそして明日も星は空に浮かんでいる。
「船乗りの指標か……」
古来、船乗りは星の位置を見て方角を判断している。
(この星々は俺を導いてくれるだろうか……)
感傷に浸っていると、ソラの視界を斜めに星が流れた。
「星が……流れたか……」
初代賢者が残した書物に、流れ星は異変を知らせる予兆ともいうべきものという記述があったのを思い出す。
「まさか……広範囲索敵」
漆黒に近い空中に魔法陣が浮かび上がり、それが弾ける。
ソラは目を閉じ、その魔法の結果が脳内に流れ込んでくるのを待つ。
「エルバート。居るんだろ」
「はっ、ここに」
ソラに危険がないように密かにソラを見守っていた騎士エルバートが、闇の中から巨躯を揺らして現れる。子供が見たら1人で寝られなくなる凶悪な顔だ。
「敵兵だ。領兵たちを起こせ」
「承知」
どうして。なぜ。そういった言葉は不要だった。
生まれたばかりの時から5歳までソラの面倒を見ていたのは、シャーネの信頼厚いこのエルバートである。二代目賢者に見込まれたソラが魔法のできる稀有な存在だということは、シャーネから知らされていた。
「敵だ。起きろっ。寝ぼけている暇はないぞっ」
騎士エルバートが駆け足で野営場所に戻ると、領兵たちを叩き起こす。怒号ともいえるその声で起きない領兵は居なかった。
領兵たちは休むために少しだけ緩めていた装備を引き締めた。決して装備を脱がないのも、こういった戦場の近くでは当然のことである。
「ソラ様。総員準備完了にございます」
領兵たちは10分もかからず準備した。ソラも青真鋼鎧は脱いでいない。兜を左腕に抱え、騎士エルバートの声に頷いた。
「敵は騎馬が30。距離はおよそ3キロ。南南西より侵入している。我らはこれより敵の頭を押さえる。エルバート。夜目が利く者は」
騎士エルバートが夜目が利く4人を前に出す。
「青狼族か」
貴族の中には、獣人を毛嫌いする者が多い。
しかしフォルバス侯爵家はそうではない。フォルバス侯爵家の隆盛の陰には、常に青狼族が存在する。それほどフォルバス侯爵家と青狼族は深く繋がっているのだ。
それはフォルバス侯爵家から独立したフォルステイ男爵家も同じことである。
青狼族は身体能力が高く、夜目も利く。
こういった夜中行軍の先導役にはもってこいの種族だ。
「はい。夜の中を駆けるなら、この者たちに敵う者は居ません」
「頼もしい限りだ」
ソラはその4人の背中に蛍光布をつけ、先行させることにした。
「出陣だ」
「「「応っ」」」
4人の獣人が先導して夜の闇を進む。
蛍光布が柔らかな光を発しているおかげで4人を見失うことなく、ソラたちは進めた。
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