060_分裂
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バニュウサス伯爵から呼び出しがあって、バッサムの大鷲城へと入った。そこには多くの北部貴族が集められていた。
バニュウサス伯爵は難しい顔をしていた。どうやら面倒な話のようだとロドニーはため息を漏らした。
「さて、今回皆に集まってもらったのは、王家より通達があったからだ」
バニュウサス伯爵から遠く離れた席に座るロドニーには、他の貴族の表情が変わるのが分かった。皆が嫌そうな、不機嫌な表情をしたのだ。
「王家は各貴族に対し、ジャバル王国との和睦時に支払った戦後処理費の負担をしろと言ってきた」
嫌な予感が現実のものになった。大金貨100万枚を王家だけが負担するのではなく、半分の50万枚を全貴族で負担しろと言ってきたのだ。
「何を勝手なことを。我らはあのような和睦、認めておりません。それなのに、金まで払えとは我らをバカにするにも程がある!」
「その通り! まさかバニュウサス閣下は、そんなバカな要求を飲むおつもりではありますまいな」
貴族たちの憤りはバニュウサス伯爵にも分かるし、ロドニーにも分かる。特に北部は他の地域よりも穀物が育ちにくく、厳しい領地経営を強いられている。バニュウサス伯爵家やフォルバス家のように領内に産業がある貴族は少ない。
北部貴族たちの反発はすさまじいものだった。バニュウサス伯爵自身もこんな命令を受け入れるつもりはない。だが、受け入れなければ王家と争いになる可能性もある。そのことを各貴族に突きつける。
「王家が我らと事を構えると言うのであれば、受けて立ちましょうぞ!」
「「「そうだ」」」
争うのは最後の手段として、いくつか条件を提示しようとバニュウサス伯爵が提案する。争って内戦になれば、それこそジャバル王国の思うつぼ。下手をすれば、内戦中の王国に攻め込んでくることも考えられる。
「されど、どのような折り合いをつけると仰せになるのですか」
バニュウサス伯爵は2つの案を出した。
1つは金額に見合った王家が領有する領地を下賜してもらう。これは王家が所有する宝物でも、陞爵でも構わない。それであれば一方的な負担ではなく、各貴族家にとっても利のあることになる。
2つは大金貨50万枚をもっと低い額に下げること。現在の王家の命令は伯爵家に大金貨1万枚を求めている。さすがにそんな大金は払えないし、払うつもりもない。他の貴族家の額も下がるので、負担にはなるが折り合える額になるとも考えている。
「他の貴族にも同じ使者が向かっているはずだ。全貴族が連携して王家に対して譲歩を引き出せればと思っている」
東西南北の貴族たちが連携して、王家に譲歩させようというのだ。貴族たちも好き好んで内戦に持ち込もうなどと思ってはいないが、これまで王家がやってきたことと不平等ともいえる和睦を締結したことに憤りを覚えている。
他の貴族はそれに加えて、和睦直前に大きな被害を出している。多くの当主が討ち取られているので、納得できない貴族は多いだろう。
交渉は難航した。そこでバニュウサス伯爵のような地域を代表する大貴族たちが、王都に集まって連日のように話し合いを行なっている。
そこで分かったことだが、貴族の全てと言っていたにもかかわらず、費用負担は領地持ち貴族とその下で働く宮廷貴族にしか求めていなかったのだ。つまり、王都で王家に仕えている宮廷貴族は、一切負担をする必要はないというわけである。
これには温厚な貴族も怒りを露わにした。日頃貴族の下で働く宮廷貴族を舎人と卑下している王家に仕える宮廷貴族たちは、自分のことしか考えていない。
その元凶は4名の大臣であり、貴族たちは4名の大臣の罷免と各役所の重職を担っている者たちの更迭を国王に求めた。
バニュウサス伯爵はロドニーを通じて賢者ダグルドールに協力を仰いだ。賢者ダグルドールも今度のことは納得していないため、国王に意見することを約束した。
宮廷貴族が自分たちの懐を肥やし、王家に忠誠を誓っているフリをして権力を私物化していることを賢者ダグルドールは国王に語って聞かせた。
だが、国王も意地になっており、賢者ダグルドールの説得を受けても簡単に考えを変えようとはしなかった。
事が大事になってきたため、王太子も賢者ダグルドールの意見を支持して国王に意見する。
これが気に入らなかったのか、国王は王太子を軟禁してしまった。
そのような経緯があって、この事件が起こったのは必然なのかもしれない。
城内で話し合いをしていた4大臣、官僚たち、領地持ち貴族の代表者たちが乱闘騒ぎを起こしたのだ。さすがに刃物を出しての騒ぎにはならなかったが、そこで大暴れした西部の大貴族―――ゲオルド侯爵が国王の命令で捕縛された。
元々、領地持ち貴族は武闘派が多い。大貴族は戦場に出ないが、だからと言って軍を率いる力がなければ家臣にバカにされる。そのため根源力をできるだけ多く手に入れて、いつ戦場に出てもいいように訓練する。
逆に軍部に所属する者は別として、それ以外の宮廷貴族は戦場に出ることはない。戦場に出ない以上、そこまで体を鍛えることはない。むしろ政治を学ぶために時間を使うものだ。
必然的に領地持ち貴族と宮廷貴族では、喧嘩にならない。ゲオルド侯爵は宮廷貴族たちを千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを演じた。
宮廷貴族の中には骨折などの重傷を負う者も出た。その騒ぎを聞きつけた国王が騎士団に命じて、ゲオルド侯爵を捕縛することになったのだ。
城内で喧嘩沙汰を起こしてけしからんと、国王は酷く立腹した。そこでゲオルド侯爵家を改易する裁定を下した。
喧嘩沙汰は褒められたことではないが、この裁定はあまりにも重い。領地持ち貴族たちはゲオルド侯爵の減刑と、喧嘩両成敗が法であると国王に詰め寄ったが相手にされなかった。
国王もなぜこのような事態になったのかと、自問自答した。あのままジャバル王国軍と戦い続けていたら、もっと大きな被害があったはずだ。それなのに、自分の考えを誰も分かってくれないことに苛立ちを覚えた。
そこにきてゲオルド侯爵の乱闘騒ぎだ。国王は速やかにゲオルド侯爵を捕縛し、大臣の言うように不埒者のゲオルド侯爵家を潰す決断をした。
思い通りに行かないことが多くなり、追い詰められていたのかもしれない。この時の国王は大臣の言葉しか耳に入ってこなくなっていた。
大臣たちは国王を巧妙に操って、邪魔者である領地持ちの貴族の勢力を削ろうと考えた。
昔から領地持ち貴族の財力を削る政策が執られていた。それを大臣たちは当たり前だと思っていて、この50年程はジャバル王国との戦争によってそれが行われてきた。
大臣たちはゲオルド侯爵が城内で暴れたことを良いことに、ゲオルド侯爵家を潰して王家の直轄領にしようとした。この判断が国を真っ二つに割る内戦のきっかけになるとも知らずに。
領地持ちの貴族たちは一斉に各領地へと戻っていき、周辺貴族へ檄文を出した。4大臣と官僚による政治の私物化を正すというのが、挙兵の理由だ。
その檄文はデデル領のロドニーのところにも届いた。
「内戦か……」
ロドニーは内戦は避けたかった。だが、王家の威光を笠に着た宮廷貴族たちが領地持ち貴族だけに負担を迫ってきた。これを唯々諾々と受け入れるつもりはない。
領地持ちの貴族たちが話し合いで収めようとした気持ちを、宮廷貴族たちは踏みにじったのだ。
宮廷貴族たちが気づいたときには、すでに軍を動かすことが決定的になっていた。こうなっては大臣や官僚たちが断頭台に上るか、領地持ちの貴族が鎮圧されるかしないと収まらない。
ロドニーは騎士ホルトスとエンデバー、従士2名、領兵20名、青狼族のフェルドを率いてバッサムへと向かうことにした。
「ピニカは引き続き、自動車とスクリューの耐久試験を頼む」
「は、はい」
「ホバートはピニカの護衛と補佐だ。ピニカから離れないように」
「承知しました」
自動車もスクリューも、消耗しやすい場所の特定は終わっている。
幸運もちのホバートがテストドライバーをしてくれるからか、悪いところがすぐに分かるのは大きい。
今はその部品の素材を変えて試験をしている。それでも消耗が激しければ、鍛冶師のペルトに頼んで真鋼製にしてもいいと指示を出している。
「羊の畜産は基本的に青狼族に任せる。だが、困ったことがあれば、相談するように言ってあるから、頼んだぞ」
「お任せください」
内政はいつも通りキリス、軍事のことは筆頭騎士のロドメルが行う。今回は前回と違ってロクスウェルも居残り組なので、2人の意見が合わない時はロクスウェルが入って対処することになる。
「エミリア。お前は無茶な戦いをするなよ。ロクスウェルの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「分かってるよ、お兄ちゃん」
戦争にエミリアは連れていかない。
「ユーリン。家のことを頼むぞ」
「はい」
「無理はするなよ。お腹の子に触るからな」
「ロドニーも無茶はしないでね」
ユーリンのお腹には、ロドニーとの子がいる。フォルバスの関係者にとって待望の子供だ。秋には生まれるため、それまでには帰ってきたいと思うロドニーだった。




