059_開発
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059_開発
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長い冬が明けたある日、ロドニーは自動車の試験走行のために外に出た。
山間部を試験場にし、自動車の試験走行用のコースを設置した。これもピニカに手伝ってもらったので、かなり早く出来上がった。
山間部に試験場を設置したのは、平地はできるだけ開墾したいのと、情報を外に漏らさないためだ。試験場の周囲には、青狼族を配置して近づく者を捕縛するように命じている。
もっとも、情報を隠しても、この世界の人たちには自動車がなんなのか分からないだろうが。
自動車と言っても、前世の記憶にあるセダンやワンボックスのようなものではない。どちらかと言うと、トラクターのような形になった。
これはこの世界の道路事情を考えてのことだ。舗装されてない道路なので、雨や雪が降った後はかなりぬかるむ。それに凹凸もかなりあるので、速度はあまり出せない。
そういった理由から、前輪はタイヤで、後輪は無限軌道にしている。定員は4名で、ロドメルのような大柄な人物が乗っても大丈夫な大きさにしている。
「モーター始動」
ロドニーがモーターを始動させると、わずかにモーター音がした。
「回転数1000。クラッチ繋ぐぞ」
オートマティック車はさすがに無理なので、マニュアル車である。
クラッチをつなぐと、ガクンッと動いた。ここら辺は慣れればもう少しスムーズになるだろう。
「回転数を1000から3000へ上昇」
自動車が加速を始める。ただし、平坦な場所の最高速を時速60キロに想定していることから、そこまで速度は上がらない。
「2速へ移行」
クラッチを開け、ギアを2速へ入れて、クラッチを繋ぐ。さらに速度が上がっていく。
「3速」
もう一度ギア操作して3速へ入れる。
最高速が時速60キロということもあり、ギアは3速までしか用意してない。これで十分だと考えているのだ。
卵型に造られたテストコースを、時速60キロほどで疾走する。ただし、速度計はないので、速度は感覚として感じている。
「回転数2200で安定」
パワステの構造が分からなかったため、ハンドルはやや重い。だが、ブレは思った程ない。サスペンションはエアサスにしているため、その効果もあって揺れは少ない。
ロドニーはそのまま1刻(2時間)ほど走った。卵型のコースを回るだけなので、1刻もすると精神的な疲れが出てくる頃だ。
「操縦性は問題ない。良い感じだ」
「よ、良かったです」
「あとは耐久試験だな。ギアチェンジを繰り返し行うのと、もっと長時間を走って不具合を確かめるぞ」
そうは言うが、ロドニーがテストドライバーを務めるわけにはいかない。領主は色々忙しいのだ。誰かをテストドライバーにして、走らせないといけない。
誰がいいかと思いながら領主屋敷に向かうと、ホバートが目についた。
「そうか、ホバートに任せるか」
若いから適応力があるし、『幸運』持ちなので事故が起きても大怪我はしないだろう。その程度の考えで、テストパイロットはホバートに決まった。
ちなみに、冬の間中ドラゴニュートを狩っていたら、アイテムを落とした。ドラゴニュートの鱗というもので、今のところ鑑定片眼鏡を使って確認したが使い道は特にない。
宝飾品にしたら美しいだろうと思ったが、今はそういったことをやっている暇も余裕もないので後回しにしている。
「そんなわけで、ホバートにテストドライバーを任せる」
「……どんなわけですか、当主様」
いきなり呼び止められて、なんのテストドライバーをするのかさえ知らされずに決まったと言われたホバートは、さすがに聞き返した。
「なんだ、ノリが悪いな」
「そういう問題ではないと思いますが?」
ロドニーは自動車開発をしていることを教えて、そのテストドライバーをホバートに任せると1から10まで細かく説明した。
「分かりました。その自動車の耐久試験をすればよろしいのですね」
「そうだ。ピニカとホバートで自動車を完成させてくれ」
「当主様のご指示とあらば、命を懸けて務めます」
「いや、命は懸けなくていいからな」
人の命に代える程大層なものではないとロドニーは言うが、ホバートは気合を入れていた。
「おーい、領主の旦那ーーーっ」
ホバートと話をしていたら、屋敷の外から大声が聞こえた。
窓から外を見ると、船大工の棟梁のブルーガーが手を振っている。
「船ができたぞー」
「本当か!? 今、下りていく!」
待ちに待ったデデル領産の船だ。
「ピニカ、ホバート。船を見に行くぞ」
「「はい」」
船の建造にはピニカもかかわっている。スクリューを創ったのがピニカである。
「あれ、お兄ちゃん。どこに行っていたの?」
「自動車の試験走行だ」
「あ、私も行きたかったのに、なんで呼んでくれないのよ」
「それはすまなかったな」
エミリアがプンプンと可愛らしく頬を膨らます。
「今から新造船を見に行くけど、エミリアも来るか?」
「行く! 私も行くよ!」
エミリアも一緒に外に出ると、みんなで造船所に向かった。
巨大な造船所も、大事な技術や図面がある場所なので、その周囲は青狼族によって守られている。
青狼族の警備責任者に軽く手を上げて挨拶し、造船所の中へ。新造船はすでに海水に浮いていた。
「ほえー。これが新しい船なの? なんか私の知っている船と違うんだけど?」
「それは帆がないからだと思うぞ」
「あ、そうだ。帆がないよ、お兄ちゃん。これ、失敗作だよ」
エミリアのその言葉に、造船所で働いている船大工たちから笑い声が洩れた。笑われたエミリアは頬を膨らます。
「これは帆がなくても動く船なんだよ、エミリア」
「そんな船があるの? ねえ、早く乗せてよ」
「それじゃ、進水式といくか!」
ブルーガーがマリーデの樽を持ち出してくる。
「進水式って、何をするんだ?」
「マリーデをこうするんだ」
ブルーガーが樽の中のマリーデを柄杓で掬って船にぶっかけた。前世でもシャンパンの瓶を船体で割るなどのことをしていたが、こっちではマリーデをかけるようだ。
豪快な進水式が終わり、全員が新造船に乗り込む。造船所から新造船を出すためにスクリューを回す。まったく音がしないので、スクリューが回っているか判断しにくい。しかし、次第に船が進んでいくのでスクリューは、しっかりと回っていると分かった。
「うわー、本当に帆がないのに動いているよ!」
エミリアが甲板上をあっちへ行ったりこっちへ行ったりして忙しなく動く。
「エミリア、落ちるなよ」
「はーい」
船は微速前進して、港へと入っていく。港にたまたま居たマナスが驚いている顔が見えた。
「領主の旦那。速度を上げるぞ」
「おう、頼む」
船は徐々に速度を上げていくが、自動車よりは遅い。
「ねえ、オジサン。もっと速くならないの?」
「嬢ちゃんよ、これからもっと速くなるから見ておけ」
「うん!」
デデル領の沿岸は浅瀬が多いので、そこを抜けてから速度を上げる。海を切り裂き進む船の上に立つロドニーたちの頬を、心地よい風が撫でた。
帆船よりも速度は速く感じるが、風次第では帆船のほうが速いように思える。だが、スクリューの船は安定して同じ速度で進む。風があろうがなかろうが関係ない。
「船長。いい感じだな」
「風がなくても進むなんて、こんな船は初めてですよ、領主様」
「そうか。何度か試験をして、不具合を確認する。しばらくは試験に付き合ってくれ」
「世界初の船を任せてもらっているのです。なんでもさせてもらいますぜ、領主様」
船長はかなりノリノリで操船している。
試験航海から帰ってきたら、マナスが走ってきた。
「ロドニー様! あれはなんですか!? なんで帆もなく、船が動くのですか!?」
マナスはかなり興奮して、ロドニーに詰め寄った。
「お、おう、マナス、落ち着け」
「こ、これは失礼しました。それで、あれはなんですか?」
「うちが開発した新造船だ。あの電車に使われている技術を使って動かしている」
「なるほど! 電車と同じなのですね!」
マナスは2隻目がいつ建造されるのか確認した。まだ試験中なので分からないとロドニーが答えた。
マナスはハックルホフにすぐに連絡し、スクリュー船を購入するべきだと進言した。
そのマナスはロドニーに頼まれていたものを引き渡す。海を隔てた隣の大陸から輸入したのは、羊である。
羊は羊毛が得られるだけでなく、食べることもできる。しかも、寒さに強い動物なのが一番良い。
輸入した羊は全部で100頭。オスが5頭にメスが95頭だ。
ロドニーはさっそく青狼族に羊の畜産を指示した。繁殖させればそれだけ肉が食えると言うと、青狼族たちはやる気満々だった。
青狼族は、すでに開墾を開始している。彼らは新しく作った農具を使って開墾し、さらに水路も造っている。
青狼族の土地は干ばつが酷く、作物が育たなくなった。それに較べて、耕せば作物が育つデデル領は天国のように思えているのだ。
ただし、青狼族は農耕よりも狩りのほうが得意で、農業の技術や知識はあまり持っていない。




