056_帰還
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056_帰還
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北部貴族は領地への帰還を急いだ。デデル領ではもうすぐ雪が降り始める頃だが、他の領地も同じようなものだ。
北上するとどんどん寒さが厳しくなってくる。ザバルジェーン領に入ってバッサムまでもう少しというところで、雪がちらついてきた。
「フェルド、寒さは問題ないか?」
「問題ないぞ」
強風が吹いていることから雪が横殴りになっているが、青狼族を率いていた元族長のフェルドはまったく意に介さない。
現在、青狼族を率いているのはロドニーということで、フェルドは族長の地位から降りてロドニーに譲っている。ロドニーは族長の地位など要らないのだが、これは決定事項らしい。妙なところで拘りがある青狼族であった。
「お前は良くても、子供たちはどうなんだ?」
「大人の背に乗っているから、問題ない」
主に女の獣人の背中に子供がおんぶされている。
獣人の寿命は人間と変わらないが、成長が早く7年ほどで成人になる。今年生まれた子でも7年後には成人なのだから、労働力としてかなり期待ができる。
バッサムでバニュウサス伯爵に面会し、今回の活躍に感謝の言葉があった。
「しかし、獣人を300体も連れ帰るとは思わなかったぞ」
「懐かれてしまいまして」
「ははは。それもロドニー殿の力があればこそだ。しかし、気をつけるのだぞ。何かと言いがかりをつける者も居るだろうからな。何かあれば相談してくれ」
「お手数をおかけしますが、その時はよろしくお願いいたします」
ハックルホフの屋敷に寄って、無事な姿を見せることにした。
「ロドニー!」
「ユーリン!」
ユーリンは船でバッサムへやってきていた。勢いよく胸の中に飛び込んだユーリンをしっかりと受け止めるロドニー。
「無事に帰ってきてくれたのね」
「もちろんだ。ユーリンのためにも死ねないからな」
「嬉しいわ」
熱い口づけ。久しぶりのユーリンの感触を味わう。
「「「ゴホンッ」」」
ホルトスなどロドニーについてハックルホフの屋敷へやってきた領兵たちがニタニタしていた。
「ロドニー様。そういうことは屋敷の中に入ってからしてください」
屋敷の門のところで熱烈キッスをしていたので、道行く人たちが立ち止まって見ている。
2人は恥ずかしさで顔を真っ赤にし、そそくさと屋敷の中へ入っていった。
ハックルホフは王都に詰めていて不在だったが、祖母のアマンを始め、伯母のテレジア、従妹のシーマに帰還の報告をした。
ロドニー以下、出征した者に死傷者はなし。さらに獣人を300体も連れて帰ってきた。このことはユーリンを通じてすでに連絡していたので、獣人たちはハックルホフが所有する空き家に泊まれるように手配されていた。
「まさか獣人を連れ帰るとは思ってもいませんでしたよ、ロドニー」
「帰るところがないと言うので、仕方なく連れ帰りました。デデル領の開発のために使おうと思っています」
「領主のあなたが判断したのであれば、誰も文句は言えません。ですが、必ず問題が起こると思います。あなたが責任を持って収めるのですよ」
祖母アマンは獣人を差別しているのではなく、違う種族が一緒に暮らせば習慣の違いなどによって問題が起こると思っている。そういった争いを収めるのは領主であるロドニーの責任なのだと、念を押した。
「分かっています。お婆様。そこでお願いがあります」
「何かしら?」
300もの獣人が増えたことで、今までできなかったことをしようと思った。開墾や新しい産業を興そうと思ったロドニーは、アマンに必要なものの手配を頼んだ。
「分かりました。手配しておきます」
「ありがとうございます」
翌日にはハックルホフの屋敷を出立し、デデル領へと急いだ。雪は強くなり、道は白く染まっている。まだ問題ないが、もっと積もれば普通の馬車は通れなくなる。
ユーリンが手配してくれていたおかげで、青狼族の家はなんとか確保できた。と言っても、雨風そして雪が防げるだけで、掘立小屋というレベルの家だ。
「落ち着いたら、お前たちにも仕事をしてもらうぞ」
「今からでも山か森に入って動物を狩ってこれるぞ」
「今日は休め」
屋敷に戻ると母とエミリア、そして居残り組らが迎えてくれた。エミリアが土産話をせがんできた。可愛い妹の頼みなので無碍にもできず、獣人のことを語ってやるとエミリアは興味を示して、明日獣人を見に行くとはしゃいでいた。
翌日、ロドニーはエミリアを連れて青狼族を訪ねた。
「獣人には港と線路の雪かきと、ラビリンスへ入って生命光石を集める仕事を頼みたい」
「線路とはなんだ?」
実際に見せたほうが話が早いので、線路を見にいくことにした。
「これが線路か。む、あれはなんだ!?」
丁度、荷物を積んだ電車が走ってきて、獣人たちは馬も居ないのに走る馬車に目を白黒させた。
「あれは電車だ。この線路の上を電車が走るから、線路の雪かきをしてほしいんだ」
電車が来たら線路から離れるように注意を促し、線路の雪かきを任せる。
次は港へ向かって、港から廃屋の迷宮までの雪かきをする範囲を指示した。
「この廃屋の迷宮の7層は雪降るエリアで、スノーマンというセルバヌイが出る。そのスノーマンを倒して生命光石を集めるのを頼みたいんだ」
「戦闘は得意だ。任せろ」
青狼族の戦士たちに赤真鋼の鎧をつけさせ、廃屋の迷宮へと送り出した。
本来、デデル領では冬にラビリンスには入らない。だが、港を使えるようにするため、雪かきをするついでに廃屋の迷宮までの道を確保した。
青狼族は食料と寝るところがあれば、他に何も要らないという者たちなので、ガッツリと食べさせてやる。
幸いなことに、ザライ(ライ麦)の在庫はかなりある。肉はあまりないが、それはハックルホフ交易商会を通じて南部や西部から安い干し肉を買いつけてもらっている。
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デデル領軍を見送ったバニュウサス伯爵は、従弟のジェグサスと側近のゲルドバスを呼んだ。
ロドニーの活躍は報告を受けている。その詳細な話を2人から聞こうというのだ。
2人はデデル領軍の異常な強さを、できるだけ主観なしで語った。
「領兵の全てが、見たこともない放出系の根源力を使うか」
「はい。しかも、威力を見る限り、最上位根源力だと思われます」
ゲルドバスの言葉に、バニュウサス伯爵は唸った。
デデル領軍の数は大したことないが、その全員が最上位根源力を使うとなれば、それはバニュウサス伯爵家のザバルジェーン領軍に匹敵するかそれ以上だと考えた。
「そこに今度は獣人が300体も加わりました。獣人の戦闘力は極めて高く、1000の軍に匹敵するでしょう」
「獣人は夜襲にも使えますが、城攻めでも使えます。あの身軽さは5ロム(10メートル)の壁を軽々と上っていきましょう」
ジェグサス男爵の言葉をゲルドバスが補完する。
「いずれにしろ、フォルバス家とはこれからも良い関係を築いていきましょう。彼の家は軍事力だけでなく、経済力もバカにできません」
「ゲルドバスの言う通りだな。ガリムシロップだけでなく、ビールがかなり売れているらしいからな」
国内への販売もそうだが、サルジャン帝国への輸出も順調だとバニュウサス伯爵は聞いている。
「あれほどあった当家への借財を、ロドニー様の代になってほんの2、3年で完済されました。借金の返済が終わった以上、圧倒的な経済力によってデデル領は発展することでしょう」
「港ができたことから、発展する可能性は非常に高い。しかも、電車なる馬がなくても走る馬車が領内を走っているとか」
「春になりましたら、その電車なるものを視察させてもらいましょう」
「そうだな。有用なものであれば、このザバルジェーン領にも導入したい」
ロドニーの代になって、デデル領は大きく変わった。産業が興って経済が活発化し、領兵の装備は全て真鋼製になった。最下級の赤真鋼ではあるが、真鋼の装備を領兵全てに与えている貴族などどこにもない。
そこに獣人が加わり、その武力はバニュウサス伯爵家に引けを取らないものになっている。
経済力があることから、300の獣人を食わすのには困らないだろう。300体で1000の兵に匹敵するのであれば、維持費が少なくてすむ。それは領主として魅力的であった。
「ゲルドバス。当家も獣人部隊を組織するべきか?」
「獣人は強き者に従うと言います。傭兵ならともかく、当家の兵とするのは難しいと思われます」
「ロドニー殿は族長と一騎討ちをし、勝って従えたのだったな……」
バニュウサス伯爵は顎に手をやり考え込む。
「その一騎討ちは某も見ておりましたが、あれは人間の動きではありませんでした」
バニュウサス伯爵家は豊富な人材を有しているが、ロドニーどころか負けた族長にさえ勝てそうな武人は見当たらない。そんな人間離れしている者が2人もいるフォルバス家と、絶対に事を構えないほうがいいとジェグサス男爵は言う。
「それほどか」
バニュウサス伯爵家内でジェグサス男爵は最強とは言わないが、それでもかなり上位の武人だ。そのジェグサス男爵がそう言うのであれば、バニュウサス伯爵はそうなのだろうと納得するしかない。
「私に武人の動きは分かりませんが、あれは異次元のものです。フォルバス家を敵に回してはならないと思いました」
ゲルドバスもジェグサス男爵の言葉を支持した。




