046_皇女の嫁入り
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046_皇女の嫁入り
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埠頭の先に灯台を築き、港は完成した。
すぐにハックルホフに連絡し、船を待った。
「のう、ロドニーよ」
「はい、お師匠様」
「ガリムシロップとビールを港から輸出するのであろう?」
「そうですよ」
「だったらガリムシロップとビールを港に運ぶのに、自動車を使ってはどうだ?」
「っ!?」
目から鱗が落ちた。
「お師匠様は天才ですか!?」
「今頃気づいたか」
ロドニーはガリムシロップ工房とビール工房の前から、港までの線路を敷設することにした。
残念ながら今の試作品ではパワーが足りないので、新しい自動車を開発することにした。元々、新しい自動車を造る予定だったので、その前倒しをする。
重量物を運ぶために、トルクを上げる必要がある。回転数をもっと上げて、ギア比も調整する。荷物を運ぶだけでなく、雪を掻き分けても走れるようなパワーが要る。
重量が増えれば増える程、止まりにくくなるのでブレーキも強化しなければならない。やるべき改良は多い。
新しい自動車を開発していると港に船が到着したと報告があり、港に向かうとハックルホフの姿があった。
「爺さんが直々にやってきたのか」
「港を見ておきたかったのだ」
「で、感想は?」
「いい港だ。係留できる船も多い。ここに店を出すことにするぞ」
「そんな簡単に決めていいのか?」
「何を言っておるのだ。ガリムシロップとビールをこの港から出荷すれば、王都への運搬がスムーズになるだろ」
ガリムシロップは王国中に販路がある商品。さらにビールも王都で人気が出ていて、その人気はどんどん広がっている。
船は大量のガリムシロップとビールを運ぶのに適している。ハックルホフは一等地を他の商人に取られる前に、確保する腹積もりなのだ。
「マナス。新しい店はお主に任せる」
「はい。ありがとうございます」
ハックルホフはマナスに耳打ちする。ロドニーはガリムシロップとビール以外にも新しい商品を開発するはずだ。決してほかの商人に取られるなと。
祖父だからロドニーに甘いのではない。商人として商機に敏感なだけである。必ず新しい商品が生まれると、ハックルホフは考えているのだ。
ハックルホフはすぐに店を開く土地の検討に入り、1000坪ほどの広大な敷地を確保した。
「バッサムから職人を連れてきて、すぐに工事に移る」
「やることが早いな、爺さん」
「即断即決。商人にとって大事な才能だ」
従士だけは自分の土地を持っているが、領内の土地は全て領主の所有物なので商人は土地を借りて毎年土地代を払うのが普通だ。
ハックルホフの店から毎年土地代が入るだけではなく、税金も入ってくる。さらに、物流が活発化することで領内が発展するだろう。
もっとも、領内の発展と共に犯罪が増える可能性もあるので、いいことばかりではないのだが。
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王太子とサルジャン帝国の第三皇女エリメルダの婚儀が行われる日が近づき、ロドニーは船で王都へ向かった。
この船はハックルホフが所持していたものだが、1隻を譲ってもらった。また、ハックルホフに紹介してもらった水夫20名も雇った。
フォルバス家の鷲が翼を広げている紋章がたなびく。
ロドニーの翠色の髪も、寄り添うユーリンの金色の髪も海風に吹かれて激しく揺れる。
こうして2人で船に揺られるのは何度目かと、ユーリンの肩を抱いている。
「気持ち良い風ね」
風の音が激しいが、ユーリンの鈴のような声は耳によく響く。
「ユーリンと一緒だと、嵐でも心地よい風になるさ」
「まあ、ロドニーったら」
良い雰囲気の2人を見守るのは、賢者ダグルドールと妻のメリッサである。この王都行きの船に乗って、2人は王都に帰る。8カ月もの間、デデル領に逗留していた2人。メリッサが嫌がる賢者ダグルドールを無理やりこの船に乗せて、王都へと帰ることになった。
賢者ダグルドールの弟子になったバージスも乗っているが、初めての船旅ということもあって船酔いで倒れていて景色を見る余裕はない。
馬車だと12日はかかる王都までの道のりだが、船だと風が良い具合に吹いてくれると4日で到着できる。今回は5日と1日遅かったが、それでも馬車で移動するよりも速い。
王都に到着すると、そこで賢者ダグルドール夫妻とバージスとはお別れだ。
「ロドニー。中央の者どもには気を許すなよ」
賢者ダグルドールの忠告は、彼の経験によるものだ。
「はい、お師匠様。心しておきます」
賢者ダグルドールたちは自分の屋敷に戻り、ロドニーはハックルホフの屋敷に入った。
伯父のサンタスは新しい店を立ち上げるために、デデル領でマナスと共に働いている。
王都の店は従兄のボルデナが切り盛りしている。結婚式にも参列してくれたボルデナは、あまり特徴のない顔をしている。店先で働いていても、平店員に間違われることが多い。
「来たか、ロドニー」
「世話になるぞ、ボルデナ」
「お世話になります。ボルデナ様」
「ユーリンさん、今日も美人だね。ロドニーにはもったいない」
「ユーリンはやらんぞ」
「ふっ、私にもケーラが居るんだ。羨ましくなんかないぞ」
ケーラはボルデナの妻だ。5年前に結婚して子供が1人いる。
「アストナージは元気か」
「元気いっぱいだぞ。いやー、アストナージは可愛いな!」
妻大好きアンド子煩悩なボルデナは、とにかく家族大好きだ。
「屋敷に母さんがいるから、先に行っててくれ」
ロドニーとユーリンは屋敷に入って、ハックルホフの一族たちに挨拶し逗留した。
翌日、ユーリンと王都見物をしていると、出征していく王国軍の列が大通りを塞いでいた。
戦争するのは貴族を疲弊させる目的がある。だが、王家も王国軍を派遣していることからその出費はかなりのもののはずだ。
それでも戦争を続ける意味がロドニーには分からない。そんなものに金を使うくらいなら国を発展させるために使えと思った。
王国軍を見送る民の目はかなり冷めているように、ロドニーには見えた。50年も戦争が続いているのだから、民衆も辟易しているのだ。
(まさか、終わらせ方が分からないというわけではないだろうな?)
隣国ジャバル王国との戦争が始まったのは、先代国王の頃である。大きな戦いこそそんなにないが、それでも50年という長い歳月の間に数万の将兵が犠牲になっている。
王家が当初の目的を忘れて、終わらせ方が分からなくなっている可能性は否定できない。
「せっかくのデートなのに、気分が乗らないな」
「戦争は他人事ではありません。先代様や私の父、多くの人が犠牲になっているのですから」
ロドニーが継いだ頃のフォルバス家は、いつ夜逃げすることになってもおかしくない状態だった。
あの頃のことを考えれば今のデデル領は天国だ。借金はなくなり、産業も興った。財政も健全化どころかかなり潤っている。ロドニーはその金を領内の発展のために使っているし、根源力を積極的に使って領内の整備をしている。
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王太子とエリメルダの婚儀は、教会で行われる。多くの来賓が訪れてその婚儀を見守るが、ロドニーとユーリンもその来賓の中に居た。
大司教が2人を祝福する。神官以外に王族と大貴族、そして下級貴族のロドニーたちしかいない。
ロドニーたちは最後尾の隅の隅で2人の婚儀を見つめている。
「エリメルダ様、お綺麗ね」
淡いピンクの生地に金の刺繍がされたドレスを着たエリメルダは、たしかに美しかった。だが、ユーリンのほうが綺麗だと思い、ユーリンの肩を抱く。
大司教の祝福の後は、パレードである。2人はこの日のために造られた屋根のないオープン馬車に乗り込む。その周囲を正装した騎士団が護る。
民衆の歓声の中を2人の乗った馬車はゆっくりと進み、王城へと向かう。
来賓であるロドニーたちは、一足先に王城に場所を移した。パレードの後にパーティーがあるのだ。
昼前から始まって、終わるのは深夜という長丁場である。
縁のあるエリメルダを祝う気持ちはあるが、長すぎるとロドニーはうんざりしてしまう。
来賓は所々で控室に戻って休憩をしながらパーティーに顔を出すのでまだいいが、主役である王太子とエリメルダはお色直しで下がる程度で気が休まる時がない。
「ロドニー殿、ユーリン殿。今日は来てくださって、感謝します」
隅でマリーデ(ワインのような酒)を飲んでいると、王太子とエリメルダがロドニーたちに声をかけた。
2人は疲れを顔に出さずに、柔和な笑みを崩さない。さすがは王族だと、ロドニーは感心する。
「「王太子殿下、妃殿下にお祝いを申しあげます」」
ロドニーは右腕を後ろにまわし左腕を胸の前にやり、ユーリンはドレスを掴んで腰を少し落とし、共に30度腰を曲げる。男女で最敬礼の形は違うが、腰を30度曲げるのは同じだ。
「フォルバス卿がエリメルダを助けてくれたから、このように婚儀を挙げることができた。感謝しているぞ」
「勿体なきお言葉にございます。殿下」
王太子はロドニーに興味があった。賢者ダグルドール以来、ラビリンスの宝物庫を開けた者は居ない。それをロドニーはやってのけた。その話をロドニーに聞いては、目を輝かせる。
「まあ、宝物庫を開ける戦いに、ユーリン殿も参加しておいででしたの?」
「私は宝物庫の守護者に何もできませんでした。夫が居なければ宝物庫は開かれなかったでしょう」
「怖くはなかったの?」
「夫が居ましたので」
「ユーリン殿はロドニー殿を信じておいでなのね」
王太子たちの後ろに、来賓たちも集まって宝物庫の話を聞いていた。
ある者は宝物庫の宝に興味があり、ある者はどうすれば宝物庫を解放できるのかと考え、ある者はロドニーを妬みの目で見つめた。
「そうだわ、ドメアス・ビールを飲みましてよ。とても喉越しがよいものでした」
「妃殿下にお褒めいただき、この上なき誉れにございます」
「祖国のお母様にも飲ませてあげたいと思いましたわ」
「それでしたら、出入りの商人にサルジャン帝国の皇室に献上するように、申し伝えましょう」
「本当ですか。嬉しいですわ」
ビールは海を渡ったサルジャン帝国にもたらされることになった。サルジャン帝国のビール消費は急上昇し、王国よりも多く消費された。
貿易商人であるハックルホフは、大きな利益に繋がったと顔を綻ばせる。
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