016_悪霊
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016_悪霊
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首無騎士が上下に分かれて塵になって消えたのを見て、ロドニーは白真鋼剣を鞘に納め、息を細く吐き出した。
「あれほど苦労していた首無騎士を、まったく寄せ付けないとは……。『カシマ古流』というのは、凄い効果があるのですね」
ロドニーが得た根源力『カシマ古流』は、剣を始めとした総合武術の才能であった。それを得たロドニーは、まるで別人のように白真鋼剣を扱えるようになった。
一振り一振りがロドニーの身になり、実戦を積めば積むほど戦いへの造詣が深くなっていく。
「あ、今ので『鋭気』を得たわ。お兄ちゃん」
エミリアは生命光石を経口摂取しても、苦しいだけで根源力は得られない。だから、普通に生命光石を手で折って使っている。
そのため、痛みも苦しみもなく根源力を得られるので、生命光石を入手するとすぐに使っている。
『鋭気』の効果は気を操るというもので、それを剣に纏わせることで剣の切れ味が鋭くなったり丈夫になったりする。それだけではなく、相手を威嚇することにも使えるし、自身の体を強化するのにも使える。とても応用範囲の広い根源力だった。
本来であれば、4層以上を探索する兵士全員に覚えさせてやりたい『鋭気』だが、上納を考えると簡単には覚えさせてやれないものだ。
6層を探索している精鋭部隊には、中級根源力である『鋭気』を覚えている兵士もいる。しかし、5層と6層で得られる根源力も捨てがたいので、根源力の取得は従士長ロドメルが部隊のバランスを考えて取得させている。
「よし、真鉱石を探しつつ、首無騎士を倒して生命光石を集めるぞ」
「「はい」」
ロドニーたちが集めた生命光石は、自分たちで使うものだ。だが、余ればそれを領兵に与えることができる。そうすれば、領兵がより強くなって、上納用の生命光石を集めるのに役立つと思っている。
真鉱石を探すロドニーは、特に変わったところのない見た目の廃屋に違和感を覚えた。『鋭敏』がその廃屋の中から何かを感じ取っているのだ。セルバヌイではない何かであった。
「何かありそうだ。気を緩めるなよ」
「任せてよ、お兄ちゃん」
「承知しました」
触ると壊れそうな扉を開けて中を窺う。他の廃屋と変わりなく、壊れた家具や廃材が所々あるだけの屋内だ。首無騎士も他のセルバヌイも居ない。
意識を集中させて屋内を見て回るが、何かがあるようには思えなかった。
「おかしいな……」
「お兄ちゃんの勘も当てにならないね~」
「すまん」
小さな廃屋なので、探索に時間はかからない。探索を諦めて外に出ようとしたところで、自分の足音が変わったのに気づいた。
ロドニーはその床を拳で軽く叩いた。その部分だけ他とは違ってやや軽い音がした。
ロドニーは白真鋼剣を抜き、その床を斬った。ガタゴトッと床が崩れ、そこに階段が現れた。
「うっそーっ! そんなところに地下への階段があるなんて!?」
「ロドニー様、探索されますか?」
「もちろんだ。せっかく見つけた隠し部屋を放置する気はない」
まだ部屋への階段なのか分からないが、前世の記憶では部屋があるようなシチュエーションだった。
松明に火を点けて。ゆっくりと階段を下りていく。かなり長い階段だが、40段ほど下りたところにその空間はあった。部屋と言うには広く、そして岩肌が無骨だ。
「あっ! お兄ちゃん、あれ!」
エミリアが何かを見つけたので、ロドニーとユーリンは目を凝らした。
「まさかと思うが……」
「真鉱石の鉱床のようですね」
そこには赤く輝く石があった。それが赤の真鉱石だとロドニーとユーリンにはすぐに分かった。数年に1回だが、赤の真鉱石が見つかることがあるので、何度か見て記憶に残っていたのだ。
「かなりの量がありそうだな」
「普通は10ロデムにも満たない真鉱石が発見されるのですが、あちらこちらに赤の真鉱石と思われる輝きがあります。100や200ロデムではきかない量だと思います」
大発見だとロドニーは思った。
「真鉱石って、かなり高いんでしょ? やったね!」
エミリアの瞳が大金貨になっているのを見て、ロドニーは苦笑した。
「中に入ったら、何かが出てくるとかじゃないだろうな」
前世の記憶にある「フラグ」ともとれる言葉が出てしまったことに苦笑したロドニーは、2人に警戒を怠らないように注意を促した。
3人がその広い地下空間に足を踏み入れると、空気が張り詰めた。
「「「っ!?」」」
それは不意に現れた。ロドニーはフラグを回収してしまったようだ。
それは空中に浮かぶ黒いマントのセルバヌイだった。マントの中は真っ黒で何があるのか分からないし、顔の部分も真っ黒だ。さらに、大きな鎌を持っていて、前世の記憶にある死神のようなセルバヌイだとロドニーは思った。
「悪霊か!?」
思わず舌打ちをしてしまうロドニーは、白真鋼剣を抜き指示を出す。
「散開だ!」
ロドニーの指示で、3人は悪霊を包囲するように展開した。
「悪霊って、どんなセルバヌイなの?」
「悪霊は物理攻撃が効きません。多分、私とエミリア様の剣では傷をつけることはできないでしょう」
「そんな!? どうしろって言うのよ?」
「特殊系根源力で戦うしかありません」
「安心しろ。真鋼製の俺の剣なら、悪霊にも傷を与えられる」
3人が情報を共有すると、悪霊が動き出した。ふわりと動いたように見えるが、一瞬でユーリンとの距離を詰めた悪霊は、その鎌を振りかぶった。
一瞬、大剣で受けようと身構えたユーリンだったが、悪霊の鎌は大剣で止めることができない。そう気づいた時には、鎌が大剣をすり抜けてきた。ユーリンは大きく後方に飛び退き、なんとか鎌を躱した。
「鎌が剣をすり抜けました。やはり物理攻撃はきかないようです」
ユーリンの説明にエミリアが、顔をしかめ『火球』を放った。ユーリンに意識がいっていた悪霊に、『火球』が命中して耳障りな声を発した。
同時にロドニーは地面を蹴り、悪霊との間合いを詰めて白真鋼剣で斬りつけた。ほとんど手応えはなかったが、それは首無騎士も同じなのでわずかに感じた手応えで斬ったと思った。
ロドニーに斬られた悪霊は耳障りな声を発して、その場から姿を消した。
「何?」
塵となって消え去ったわけではない。姿を見失ったロドニーは、棒立ちになった。
「ロドニー様、後ろです!」
ユーリンのその声がなかったら、ロドニーは悪霊の鎌の餌食になっていただろう。腰を屈めて鎌をやり過ごしたロドニーは、そのまま前転して体勢を入れ替えた。
「こいつ、まさか転移を使うのか?」
消えたと思った瞬間、後方に現れて攻撃されたことから、ロドニーはそう思った。しかし、ロドニーの記憶の中に、悪霊が転移するというものはない。
セルバヌイに関する書物をいくつも買い込み、日々勉強しているので間違いない。もっとも、ロドニーの知らない情報が、まだある可能性は否定できない。
「そいつ、姿を消せるんじゃない?」
『火球』を放ったエミリアが、転移ではなく姿を消す能力ではと言った。その可能性もあるが、どちらにしろ危険なのは変わりない。
「面倒な奴だ。悪霊の姿が消えたら、どこに現れるか分からん。気を緩めるなよ」
「「はい」」
姿を消しては誰かの死角に現れ攻撃してくる悪霊の攻撃を躱しつつ、ロドニーたちは少しずつダメージを与えていった。残念なことに白真鋼剣の攻撃は、ダメージを与えられるが致命傷まではいかない。『炎弾』も命中させるが、大ダメージにはならなかった。
「この悪霊は長命種かもしれないな」
「確か普通のセルバヌイよりも長く生きているという個体ですか……」
「なんでもいいけど、剣で戦えないのは気に入らないよ!」
長命種は通常よりも強い個体を指す言葉で、長生きしたという意味の言葉が充てられている。しかし、実際にそのセルバヌイが長生きしているかは分かっていない。突然変異かもしれないし、そういう特殊な個体が生まれる仕組みなのかもしれないのだ。
「あ、いいこと思いついた!」
そう言うと、エミリアの細剣が淡い光を湛えた。
「それは……まさか」
「正解! 『鋭気』を剣に纏わせたんだ。これなら切れるんじゃないかなー」
エミリアの動きは速かった。悪霊の鎌を圧倒的なスピードで躱すと、『鋭気』を纏わせた細剣で三連突きを放った。
悪霊は悲鳴をあげて姿を消して、エミリアの後方に現れた。しかし、エミリアはにやりと笑い、タンッと軽やかなステップで位置を変えると鎌を躱して反撃した。
「効いているよね!」
エミリアのその戦いを見て、ユーリンも大剣に『鋭気』を纏わせた。
「攻略法が分かれば、倒すのみですっ!」
ユーリンがその剛の剣を振り下ろすと、エミリアが四連突きを放った。悪霊は2人の攻撃を嫌って姿を消し、現れたのはロドニーの後方。
「お前の単純な考えなんて、分かっているんだ!」
悪霊の思考を読んでいたロドニーは、白真鋼剣をその胸に突き刺した。それがとどめになり、悪霊は塵になって消えた。
一応、転移したのかもしれないと警戒したが、悪霊は現れない。また、床には生命光石が落ちていたので、倒したのだと思い至った。
「厄介なセルバヌイでした」
「私にかかればあんなもの、ちょちょいのちょいよ~」
ユーリンの言う通りだが、勝てて良かった。エミリアが『鋭気』を剣に纏わせなければ、もっと苦戦していただろう。
「しかし、よく思いついたな」
「思いつくと言うよりは、『鋭気』の使い方を思い出しただけだよ」
「あの場面で思い出すんだから、やっぱりエミリアは天才だな」
「アハハハ。もっと褒めていいんだよ」
嬉しそうに頭を出してくるので、ロドニーはエミリアの頭を撫でてやった。
「ロドニー様。生命光石の他に、こんなものが落ちていました」
ユーリンが拾い上げたものはカギだった。
「この地下に扉はないし、思い当たるものがないな……」
「「たしかに」」
それがなんのカギかは、3人にまったく思い浮かばない。ただし、このラビリンスは廃屋の迷宮と言われているように、いくらでも建物はある。それらの建物を1つ1つ虱潰しにするのはかなり手間がかかりそうだと、ため息が出た。
「この黒い生命光石も食べるのを躊躇するよね」
「食べる前提か……」
「食べたほうがいい根源力が得られるんだから、食べないほうがおかしいと思うよ、お兄ちゃん」
ごもっともだと、頷くしかないロドニーだった。
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