001_辺境領継承
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001_辺境領継承
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セルド地方ゴドルザークの森の中に遺跡が発見されてから、かれこれ50年が経とうとしている。遺跡からは多くの遺物が発見される。それらは今では作ることも出来ない貴重な品々で、中には国の戦力を大きく上げる遺物も発見される。
かつては遺物の力で国を興した者さえ存在した。そんな遺物を巡って、クオード王国とジャバル王国は長い間争っていた。
セルド地方はクオード王国の東部の一地域で、ジャバル王国と国境を接する土地だ。そのセルド地方に遺跡が発見されたことがきっかけで、ジャバル王国が侵攻してきた。
戦争を起こしてでも手に入れたい。隣国が遺物を手に入れる前にそれを奪いたい。戦争を始めたのは、究極の防衛感情だったのかもしれない。
ある夏の暑い日、クオード王国軍とジャバル王国軍に動きがあった。カルグという町のそばで行われたその戦いはここ数年で一番の激戦となり、双方合わせて4万近い兵がぶつかり合った。
最初は一進一退の攻防、次第にクオード王国の南部貴族軍が押され始めた。南部貴族軍は立て直しを図るがジャバル王国軍はそれを許さず、次第に南部貴族軍は陣形が崩れていった。最後には獅子に貪食された草食動物のようになった。
勢いに乗ったジャバル王国軍の一部が、クオード王国北部貴族軍へ横槍を入れた。この攻撃によって、北部貴族軍に大きな被害が出てしまった。
北部貴族軍は南部貴族軍以上の被害を出すことになったが、クオード王国騎士団が敵ジャバル王国軍の中央を破ったことでジャバル王国は撤退した。クオード王国軍は追撃しようとしたが、ジャバル王国軍の殿部隊が良い働きをしたことで、思ったような被害を与えることが出来なかった。
こうしてカルグ戦役は終わった。
セルド地方にあるカルグという町のそばでは、過去に何度も戦いが行われていることから今回の戦いは、『第六次カルグ戦役』と呼称されるようになった。
第六次カルグ戦役では、クオード王国が勝った。ジャバル王国軍が先に撤退したから、クオード王国が勝ったと判断されている。
だが、被害の大きさはクオード王国軍のほうが多い。特に北部貴族軍の被害は甚大で多くの貴族家当主が討取られ、戦勝気分に浸るところではなかったのだ。
同時にジャバル王国軍も勝ったと吹聴した。敵に多くの被害を与え、多くの貴族家当主の首を取っていることから、その判断は間違いではないだろう。
クオード王国が戦後処理を完了させるのに、第六次カルグ戦役が終結してから2カ月ほどを要した。北部貴族軍の戦死者が多かったことが原因だ。
さらに北部貴族軍の被害が多かったのは南部貴族軍の責任だという声があり、国王は今回の件について南部貴族に瑕疵はないとしたうえで、南部の貴族たちに見舞金を出すように命じた。北部の貴族たちは納得出来ない思いだったが、国王の仲裁を受け入れて決着することになったのだ。
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クオード王国の最北の地に、デデル領という地域がある。最北の地だけあって冬は凍てつく寒さに苦しみ、夏はそこまで暑くない。お世辞にも肥沃とは言えない領地だ。
水平線に太陽が沈むのを、1人の少年が見つめていた。その目には悲しみとも動揺ともとれる揺らぎがあった。それというのも、少年の父親のベックが第六次カルグ戦役で戦死したからである。
決して有能な父親ではなかったが、それでも家族を大切にしていた父親だった。頼りない父親だったが、嫌いではなかった。その父親を想って潮風に身を任せた。
「この世界に生まれて15年。こんなに早く自立しなければいけないとは思ってもいなかったな」
彼、ロドニー=エリアス=フォルバスは、クオード王国の辺境のデデル領を治める騎士爵家を継承することになった。家はお世辞にも裕福とは言えず、継いだなら苦労することは目に見えている。
自分に領地経営などできるだろうかと、自問自答しても答えは出てこない。自信などないがロドニーが継承を拒んで逃げ出したら、13歳の妹に婿を迎えて家を存続させることになる。それではあまりにも妹が不憫だ。だから、自分が家を継がなくてはならないと思った。
「やるしかないか」
硬く拳を結んで、水平線に沈む赤く焼けた太陽にやってやると誓った。
クオード王国における貴族位は、騎士爵が最も低い。貴族としては最底辺の家柄であり、治める領地の人口もかなり少ない。
それでも戦争が起これば従士を従えて戦地へ赴くことになる。下手をすれば王家からの命令で普請(道路工事や治水工事など)をしなければならない。
父親も隣国ジャバル王国との戦争に出征して帰らぬ人になった。その父親からデデル領と小さな村の統治を受け継いだのだ。
重い足取りで家に戻る。屋敷ではない。家だ。
ロドニーはまだ知らないが、フォルバス家の家計は火の車。屋敷などという立派な建物を所有するなんてあり得ない状況であった。
「ロドニー様。お帰りなさいませ」
家に入ると唯一の使用人であるリティが迎えてくれた。
祖母くらいの年齢のリティもロドニーの祖父の時代に夫が戦死していて、それ以来メイドとして働いてくれている。
「ただいま。母さんとエミリアは?」
「奥様のお部屋です」
家の中は暗い。油が勿体ないから照明が最低限のランプとロウソクだけなのもあるが、父親が戦死したことで空気が重苦しいのだ。
母親の部屋の扉をノックし、扉越しに帰ったことを告げると妹のエミリアが出てきた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま。母さんはどうだ?」
男の子に混ざって剣の訓練をするような活発な妹だが、今はとても表情が暗い。
「今、寝たところ」
「そうか。エミリアも休んでおけよ」
「うん」
エミリアが抱き着いてきた。体が小刻みに震えている。悲しいのを我慢していたのが分かる。エミリアをしっかりと抱きしめて頭を撫でてやると、むせび泣く。
「たくさん泣くといい。俺がエミリアを護るからな」
「うん……」
エミリアが落ち着くまで頭を撫でてやる。
父親の戦死の報を聞いて大人の母親が真っ先に倒れた。悲しいのは分かるが、子供のエミリアよりも取り乱していた。あまりにも頼りない。だから、ロドニーがしっかりしなければと思った。
夜、エミリアが寝入ってから、ロドニーは父親の仕事部屋に入った。これからはロドニーの仕事部屋になる場所だ。それほど大きくないが、書棚には歴代当主が集めた本がびっしりと収められている。まるでフォルバス家の歴史が詰まっているように、ロドニーには見えた。
本というのはそれなりに高額で、誰でも買えるものではない。だから、父親が本を買ってきた記憶はない。それでも、この仕事部屋の本棚には本が並んでいる。これだけでもそれなりの資産だが、とても売ろうとは思わない。
逆の棚に目を移すと、フォルバス家の出納帳があった。それを手にとってペラペラとめくっていく。
「予想はしていたけど、赤字だな……」
秋に農民から穀物を現物で徴収し、春には村民から人頭税と商人から商取引税を徴収する。辺境の土地なので、関税をかけると人の往来がなくなってしまうから、関税は徴収していない。
借入に関する帳簿を見ていくと、あまりの金額に頭痛がしてきた。利子を返すだけでも大変な金額だ。税収よりも支出のほうが多い。しっかり確認しないと分からないが、借金の額はかなりのものになるだろう。
「どうやって領地経営をすればいいのか……」
一応貴族なので、文字の読み書き算術程度の教育は受けている。しかし、領地経営を覚える前に父親が逝ってしまった。
深いため息を漏らし、デスクの引き出しを見ていく。大したものは入っていないが、一カ所だけカギがかかっていた。カギを探すが、どこにもない。今夜開けるのは無理そうだと思った時、父親が大事にしていた壺が目に入った。
「まさかな」
ランプの灯りを頼りに壺の中を覗くと、それはあった。
「おいおい、こんな簡単に見つかる場所にあっていいのかよ」
引き出しのカギ穴にそのカギを差し込んでみると、カチャリと開錠する音がした。引き出しを引くと、中には一冊の本が鎮座していた。
本棚には本がびっしりと並んでいるが、この一冊程度ならしまうことができる。なのに、この本だけが引き出しにしまい込まれていた。しかも、カギがかけられて。
どれほど大事な本なのかと手に取ってみたが、表紙には何も記載がない。背表紙も同様で何も記載がない黒いカバーの本。日記かもしれないと、カバーを開ける。
本から眩い光が発せられ、ロドニーは手で目を覆う。その光が部屋中を包み込み、酷い頭痛に見舞われたロドニーは気を失ってしまった。
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誰かに揺り動かされて、深い眠りから意識が引き上げられていく。デスクに突っ伏していたロドニーを、リティが起こしてくれた。
「ロドニー様。もう朝ですよ」
「………」
視線を彷徨わせたロドニーに、まだ寝ぼけていると思ったリティはもう一度声をかける。
「もう秋なのですから、こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」
「え、あ、うん……」
昨夜のことはなんだったのかと、デスクの上を見つめる。そこであの本がないことに気づき、リティに確認する。
「デスクの上にあった本を知らない?」
「本ですか? 私は触ってませんよ」
ロドニーが生まれる前からこの家に働いてくれているリティが、嘘をついたことはない。だが、デスクの下や引き出しの中を確認しても、本はなくなっていた。
「顔を洗ってきてくださいね。朝食の準備はできてますよ」
「……分かった。今、行くよ」
あれは夢だったのだと思い、リティの後から部屋を出た。
裏口から出たところにある井戸の水で顔を洗い、頭が冴えてくる。そこで違和感を覚え、井戸の縁に手をついた。
「な、なんだ……?」
脳裏にロドニーが見たこともない巨大な建造物や、馬が牽いてないのに走る車などの光景が浮かんできた。それは数十階建てのビルであり、エンジンやモーターの動力で走る自動車と言われるものだ。
ロドニーが治めることになったこの辺境の騎士爵領に、そんなものはない。王都にも2度行ったことがあるが、王都の光景でもない。
王都は騎士爵領などとは比較にならないほどの都会だが、それでも数十階建てのビルや自動車などなかった。そんな光景が脳裏を駆けまわり、はたと気づいた。
「これは……前世の記憶……か?」
ロドニーの前世の記憶は、この世界とは違った世界のものだった。その記憶が脳内を巡っていく。前世の名前や親兄弟、友達の名前は思い出せないが、それでも文化や受けた教育は思い出してきた。
前世の記憶が甦ったロドニーだが、前世の人格は顔を出さなかった。これはあくまでも前世の記憶であって、人格を形成するものではないようだ。
落ち着いたところで自分を顧みると、全身から汗が噴き出していてまるで激しい運動をした後のような姿だった。ベタついた翠色の髪からはポタポタと汗が滴り落ちて地面に丸い跡を作る。
「ロドニー様。奥様とエミリア様がお待ちですよ……、どうしたのですか、その恰好は!?」
汗だくで佇むロドニーを見たリティが、駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。ちょっと水を浴びていただけだから」
「こんな気温なのに、冷水を浴びたら風邪を引きますよ。早く着替えてください」
「そうするよ」
大変な剣幕でまくし立てられたロドニーは、尻を叩かれるように自室に戻って着替えをした。
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