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こんな婚約で  作者: 餅屋まる
本編
9/30

09.性格が悪い

 その次の休日、2人は街に出かけた。今日のニコラはグレーのドレス。髪型は一見するといつもの3つ編みだが、細い3つ編み同士を更に3つ編みにした手の込んだものだった。妹さん? と聞く前にニコラが応えるように笑った。

 今日はつい昨日から始まったばかりの『プラネタリウム』という天文ショーを観に行き、その後、エルマーが新しく本を買いに行くのに付き合うことになっていた。


 春先の星の不思議な動きは若い人を中心に街で話題になり、丁度いい劇がやっていない時期なのを利用して教育プログラムの一環としての天文ショー上映が決まった。フィルム映写の説明に加え、モデル球体に穴をあけ、その中に灯りを入れる。穴に被せたレンズから、光が投映される仕組み。星も動きも現象も理解しているが、光で天井に星の位置を示す最新の装置があるというので、2人はそれを楽しみにしていた。



 会場に入るとほぼ満席だった。大人向けのプログラムではないため子どもや学生が多い。2人も学校の生徒を数人見かけた。友達ではないし、向こうはこちらをニヤニヤ見ているのでこちらも遠くに腰かける。

 隣り合わせて座るとエルマーが面白そうな声を出す。

「ニコラ、向こう」

「え?」

「そっと見て。アンゼルマ・レーガーだ」

エルマーの視線の先がわからず、少しきょろきょろすると視界の端に金髪の美女が映った。どうやら恋人と一緒らしい。栗毛の男性が隣に座っている。

「あの子、こういうの興味あるのかしら」

 アンゼルマのグループはこういったことよりも綺麗なアクセサリーや可愛いドレスに興味のある印象だ。少し意外に思うニコラに対し、エルマーがバカにしたような笑い方をする。

「どうせあれだ、ロマンチックを期待してきたんだろうよ。少し不機嫌だろ」

言われてみればあまり楽しそうな顔をしていない。会場は子ども交じりでわいわいと賑やかで、ロマンチックとは言い難い。

「あんまり見るとばれるよ……と、いい機会だから仲の良さそうな演出でもと思うんだけど、何か良い案はある?」

「あなたってホントにあれね」

突然言われても、と困るニコラ。エルマーは意地の悪そうな顔をして、前髪の奥の目を輝かせていた。

「……何もないわ」

「……残念。僕もだ。思いついていることはゼロじゃないが、実行できそうもないから、上映が終わったら腕でも組んで歩く?」

エルマーは前を向いたまま。しらっとした顔で言う。

「……善処するわ」

「決まりだ」

言葉選びやらなにやら本当に性格が悪い、と思うニコラだが、エルマーは悪い人ではない。誰かを傷つけるようなことは提案しないのだ。本人が楽しそうだから忘れそうになるが、これは婚約に巻き込まれて怒っていたニコラ自身のためでもある。

――父親以外の誰かと腕を組んだことはないけれど、やってやるわ。

ニコラはロマンチックとは程遠い気持ちで上映に挑んだ。



 真っ暗になるほんの少し前、アンゼルマがこちらに気が付いた。一瞬驚いたような顔の後で馬鹿にしたような笑みを浮かべる。そのタイミングで意味もなくニコラも笑っておいた。会話が聞こえない距離の笑顔だ。向こうがどう思うかは知らない。



 プラネタリウムの会場はコンサートホールだ。円形の劇場の天井は豪華な飾りがあり、少しでこぼこしているものの、概ね正確に星の位置を表示した。

 その仕組みは単純ではあるが斬新で、2人ともすっかり見入ってしまった。上映が終わる頃には腕を組む話をすっかり忘れ、装置の仕組みに心を奪われていた。


 人々が立ち上がって出口に向かう中、2人は装置に向かって行った。ガラス越しの装置を熱心に見つめ、あれこれと話す。エルマーの家で読んだ本の内容から同じ装置を作りたいという話にまでなり、思わず笑みがこぼれる。その様子をアンゼルマは白けた顔で見つめていた。



 2人がホールを出たのは最後の方だった。

「すっかり忘れてた」

言いながらすっと腕を出すので、ニコラも思い出して手を添えた。もうほとんど人もいないし、アンゼルマも誰もいないけれど、なんとなく実行してみた。



 エルマーは段々とニコラと過ごす時間が楽しくなっていた。

 正直女の子は苦手だ。これまでほとんど会話をする機会もなかったし、化粧やドレスの話はわからない。宝石の話は化学式や硬度の話ならわかるが、どれが綺麗だ、どのデザインが良いだの言われるともうわからない。

 エルマーにとって彼女は子どもじみたこの提案に付き合ってくれる大事な仲間だ。性別を抜きにしても、こうして同じような分野の話で楽しく盛り上がれる貴重な友人として感謝していた。

 だからこそ双方に要因があったにしても、自分の人生に巻き込んでしまった彼女が他人から笑われるのがどうにも気に入らない。



 腕を組んだまま書店へ向かう。こうして歩けば誰かに目撃されるだろう。そんなエルマーの思いにニコラはまだ気付かない。



 書店に入るとニコラの目が輝く。あとで集合でいいよ、と別行動を提案したエルマーは真っ直ぐに数学の基礎の本があるところに向かう。ニコラはちょっと考えたあと、エルマーを追った。

 書店の2階、専門書ばかりのコーナーにエルマーはいた。

「何を探しているの?」

「あれ? いいの?」

「ええ、今はほしい本はないの。あなたの貸してくれた本を読むのが先だし」

「別に急がないからいいのに。探しているのは線型代数の本で……」

タイトルを告げられたニコラも一緒に棚を探す。狭いコーナーだからすぐに見つかりそうなものだが、馴染みのないタイトルというのは中々探しづらい。


 数分後、先に声を上げたのはニコラだった。

「これじゃない? あなたの探している本」

差し出した分厚い本はこの棚でも難解な本の段から見つかった。帯に初級とあるがどう見ても初級ではない気がする。

 エルマーは笑顔でそれを受け取る。

「ありがとう、これだよ」

「あなた、こんな難しいのを勉強するの?」

「うん、少し理解を深めたい本があって、これがあればいいかなと」

テストの成績はニコラの方が上だが、それはあくまでも答案上の答えの問題だ。些かの応用力は必要になるが、頭の回転力を完全に測るものではない。ニコラはなんとなくエルマーの地頭の良さは感じていたし、悪知恵もその賢さ故だと理解していた。

「今度、どんなものなのか教えてね」

エルマーはにやりと笑った。


 階下に降りると児童書のコーナーが目に入る。エルマーが支払いを済ませる間、ニコラはそのコーナーを眺めていた。棚の上の方には小さい頃親に読んでもらい、妹に読み聞かせた大好きな本があった。手に取りたいが、高くて届かない。ぼうっと見上げていると、戻ってきたエルマーがニコラの視線に気が付いて、さっとその本を手に取る。

「これ?」

ニコラに渡された本は間違いなく当時と同じ装丁で、真っ赤なビロード張りの表紙に金字のタイトルが輝いていた。

「あ、これ懐かしいな」

よく見ればエルマー自身もこどもの頃によく読んだ本だ。

「私、その本大好きだったわ」

「僕も。読みつぶして処分してしまった」

2人は意外な共通点に少しの間顔を見合わせて、同時に笑った。

「もうこれを読む年齢ではないけれど、今見ても嬉しい気持ちになるわね」

「買おうか」

唐突な提案に見上げたエルマーは、ニコラの手元の本をじっと見ていた。

「うちの図書の補充だ。いつか役に立つよ」

言うなりさっさと本を手に支払いに向かう。

 ニコラはその背中を見ながら、よくわからない人だな、とくすりと笑った。


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