06.タウベルト姉妹
未明更新でしたので大丈夫と思いますが念の為→本日5話から更新しております
ニコラ・タウベルトは頭を抱えていた。
目の前には2着のワンピースドレス。色はベージュとグレー。どちらも地味。
「お姉様、何なさっているの?」
「きゃあ! ハンナ! 突然入ってこないで!」
「ノックしたわ。気が付かないほど考えていらしたのよ」
声を掛けたのはふんわりとした髪をハーフアップにまとめた妹、ハンナ。驚いて胸を押さえる姉の肩越しに手元のドレスを覗き込んだ。
「あら。またデートなの?」
目を輝かせる妹に、気まずい返事を返す。
「……ええ。どちらにするか迷っていて」
どちらにしても地味なドレスだ。ドレスも地味で自分も地味。だからどちらでも大差はないが、ニコラは出来る限りマシな方を選びたいと思っていた。
「髪型はどうなさるの?」
「髪型? この前あなたが教えてくれたからまたリボンを……」
「だめよ! お姉様! いつも同じじゃ! まだ決めてないならドレスをグレーにして、今の私みたいに半分上げたらどうかしら!」
ハンナは楽しそうに笑う。髪型に無頓着なことには驚いたが、いつも何を着ても変わらないと言っていた姉が服を悩んでいることが嬉しかった。この前のデートだって、いつも通りに出かけようとしたのを呼び止めて慌ててリボンを編み込ませたのだ。
少し考えたあとのニコラはかぶりを振った。
「いいえ、やっぱり3つ編みにするわ。他所のお宅に髪を落としたり、本に挟まったら申し訳ないもの……」
小さなため息の後、横を見ると妹が驚いた顔をしていた。そして気が付く。
「あっ……」
「お姉様、あちらのお家にご招待されたのね!? 素敵だわ!」
しまった、そう思うニコラを余所に妹は胸の前で手を組み、うっとりと空を仰いだ。
「初めね、どうしようかと思っていたの。お姉様、とっても嫌がってらしたでしょう。お父様もお母様も、お困りの様子で。私には良い縁談を下さったのにお姉様だけそんなの気の毒だわって思っていたの」
ニコラはリーンハルトの件を両親には話したがハンナには話さなかった。余計なことで妹の顔が陰ったり、向こうの家に迷惑をかけたくなかったからだ。だから今回のことも両親は気付いても妹は何も知らない。降って湧いた妙ちきりんで素敵な出来事くらいにしか考えていない。
「でもこの頃、お姉様とても楽しそうだし、向こうのお家にも気に入られているなら何よりじゃない。嬉しいわ」
はしゃいでいる妹はとても素直で可愛い。ニコラも思わず微笑む。
楽しいのは事実だ。色々な本が読めるし、エルマーとは話が合う。元々ある程度条件のみで婚約する気だったから、きっかけの介入者以外に不満はない。
ただ、妹が考えているそれとは全く違うのも事実だ。妹と恋人のような甘い雰囲気は皆無だし、そもそも2人はただの共同戦線を張った同士だ。今回家に誘われたのだって図書館の件であって、別段気に入られているだとかそういった事情ではない。妹を傷つけないためにも、本当のことを話すわけにはいかない。
「ねえ、お姉様、私のドレスを着ない?」
突然の無邪気な申し出にニコラは令嬢らしからぬ、ぎょっとした表情になる。
ハンナのドレスはどれもハンナに似合うような可憐なデザインだ。いくら髪色が似ているとはいえ、顔つきが地味なニコラが着たら、ドレスに着られている感がありありと出てしまう。
それに急におしゃれをして、エルマーにどう思われるか、なんとなく不安だ。
「ありがとう、ハンナ。けど遠慮するわ。私はほら、あなたより少し背も高いし、顔も地味だから、落ち着いた色の方が……」
「そんなことないわ! お姉様だって……けどそうおっしゃるなら無理にとは言わないわ」
ハンナはハンナで、姉が頑固なことを理解している。思いつめるように俯いてしまった今、どう薦めても着てはくれないだろうと判断する。その理由は別のところにあるが、着ないという結論は正しい。
「でもせめて、当日の髪型はおすすめさせてちょうだい。ベージュのドレスに、3つ編みを両サイドで輪にして上にまとめましょう。それなら髪も落ちないし、色もすっきりしていいと思うわ!」
そうして! と手を握られて迫られればニコラはわかったと言うしかない。アドバイス自体はありがたいし、ハンナのドレスを着ないで済むなら、それでいい。
「わかったわ……。ありがとう。……それよりあなた、御用は?」
あ、と思い出したように妹が1枚の紙を取り出す。
「来年、後期教育の学校に入学でしょう……勉強がわからないの」
ハンナは普通より少し成績が悪い。ニコラと比べてはいけないし、誰もそのつもりはないが、当人はどうにもきまりが悪そうだ。
妹はニコラたちと同じ後期教育が終わり次第、嫁に行き、家庭に入ることになっている。正直な話、学術的な面で賢くある必要はない。それでも本人は、せめて人並みに勉強が出来るようになりたいと思っていたし、周りの誰もがその意欲を受け止めたいと考えていた。
特にニコラはハンナが可愛かったし、うらやましかった。自分も妹の様におしゃれや自分に興味が持てたら良かったのに、そう思っていた。だから妹が親身になってくれるのが嬉しくてありがたい。せめて自分が妹の為に出来ることを、という考えの元で妹の縁談を良いものにしたかったし、この申し出にも誠心誠意で応える。
差し出した紙は今通っている初期教育のテストだ。解答のほとんどが間違えている。ニコラは優しく笑うと、答案を前に妹に並ぶ。この時間ももう何度目かだ。過去の経験から一緒に教科書も持ってきている妹に、根気よく1問ずつ丁寧に説明していく。例え1問に何時間かかっても、ニコラにとってはなんでもないことだ。
その日の夜、髪を梳かす自分の姿を鏡で見ながらニコラは考える。本当になんてひどい自分だろうと。握りしめた髪はぼわっと広がり、まとまらない。
可愛い色のドレスを着た自分を想像する。幼い頃に1度だけ、妹とお揃いのドレスを着せてもらったことがある。こどもらしい淡い色のドレスは妹に良く似合っていた。そばかすの散った地味な顔に加えて、既に目の悪かった自分は常に目を細めており、乱視のおかげで物を斜めに見ていたので、周りには不機嫌で態度が悪い娘に思われていた。今は眼鏡をかけて、小さい目が益々小さく見える。どう逆立ちしたって、可愛いなんてわけがないのだ。
けれど今日、自分でそう思って傷ついたのを自覚していた。エルマーは気にしないと言ってくれたし、自分の容姿なんて意味がないと自分でも思う。だけど、このひどさだ。
どうしたものかと、ニコラはやけに重いブラシを鏡台に戻した。




