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こんな婚約で  作者: 餅屋まる
本編
4/30

04.デート

 まさかの婚約からひと月、すっかり有名になった2人の話は、相思相愛の噂も疑いようのない事実として認識されていた。

 当初は驚いて遠巻きにしたり小声でからかっていた周囲は、それこそ噂が事実ならからかっても問題ないと判断したのか段々と面白くなってきたのか、2人のことに益々口を出すようになってきた。遠巻きにヒソヒソするのではなく、聞こえるような距離で手をつながないのかとか、キスはしないのかとか小声でささやかれる。聞かせるためにやっているのは明らかだ。昼食を取る中庭まで様子を見に来る者もいる。図書館に行けば小声の会話に耳を澄まされる。手にしている本のタイトルを盗み見る者も。


 随分な暇人もいるものだがエルマーもニコラも気にしていない。2人はただ一緒に昼を過ごし、本の貸し借りをし、知識を補い合うような会話をしているだけだ。他に友人もいない2人は普通にしているだけで周りからは仲良く見えるし、実際話が合うので2人の距離は気安い。周りを少し鬱陶しく思うこともないわけではないが、幸か不幸かこの婚約はラングハイム家の息がかかっているという情報も付随したためか、ことの発端を知らない者は目の前の出来事以上を探ろうとはせず、表立ってからかってくるようなことはしない。見えないふりで流しておけばそれで良かった。



 そんなある日の昼。

「エルマー。デートをしましょう」

唐突過ぎるニコラの提案に、エルマーは手に持ったパンを落としそうになる。

「デート?」

間抜けな声が出てしまった。

「そうよ、デート。この前から周りでヒソヒソうるさいのよ。デートをしないのかとか、学校外で一緒にいるのを見たことがないだとか」

ほうほうとエルマーも頷く。学校内だけの仮面カップルだと思われては計画が台無しだ。ニコラの言いたいことはわかった。だが、デートをしたことがない。

「いいよ、どこに行く?」

「それこそ、私たちの行きたいところでいいはずよ。動植物園がデートらしさはあるけれど、今は正直そういうのは足りてる。個人的にはやっぱり国立図書館が私たちらしいと思うのだけど……デートかしら?」

図書館に2人で行くのなら学校内でしている。だが、同じことでも学校の外ですることに意味があるのではないか。それを目撃されれば儲けものだ。

「いいんじゃない? さすがに行先であれこれ言われたくはないし。今はオペラも劇も良いのやってないから、学生らしく図書館に行こう」

 普通ならここで「プライベートの君に会えるのが楽しみだよ」くらい言うのを知っていたがエルマーは言わない。自分にはそういうセリフは似合わないから。でも一応、嫌々行くわけではないことを伝えたくて一言添えた。

「次の日曜日でいいかな? 楽しみにしてるよ」

ニコラも笑って「楽しみね」と返してくれた。学校の友人と出かけるのだって初めての2人だ。これだけの言葉でも気持ちが伝わるには充分だった。



 デート当日のニコラはいつもと同じ髪型、大人っぽい地味な色の服を着ていた。似合っているが大人向けすぎないかと思っていると、本人も複雑な顔で伝えてきた。

「地味でごめんなさい。髪は広がると図書館の本の間に挟まって迷惑だし、制服以外の服は全部母のお古だから、こういう地味な色のしかないの。可愛いのは全部妹に。あの子は可愛いし年頃だからなんだって似合うもの」

 瓶底の向こうの菫色の目が恥ずかしそうに伏せられる。エルマーは自分の視線が不躾だったことを詫びる。

「あ、ごめん、じろじろ見てしまって。今日は3つ編みにリボンを編み込んだんだね。控えめなおしゃれでいいなあと思って。僕こそ、普通でごめん」

髪型は同じだが3つ編みに細いリボンを編み込んでいた。それを精一杯ほめるとニコラは安心したような顔になった。

「ありがとう。おばさんくさいってあなたに恥をかかせたらどうしようかと思って。妹に相談してせめてものリボンなの。私はあなたが何を着ていても気にしないわ。行きましょう」

大人びて見えるがおばさんには見えない、君だって年頃だろう。それを言おうとしてもなんとなく口が開かなくて、エルマーはそれを飲み込んでニコラに並んで歩き出した。



 国立図書館でそれぞれが気になる本を探し、隣同士に座って読みふける。ニコラが探す中にはエルマーの家にある本もあったので、今度はそれを貸す約束をする。結局いつも通りの2人だが、学校と違い誰かに見られていることを意識しなくていい分、気が楽だった。


 帰り道、折角なので少しお茶をしてから帰ることにする。子爵家のニコラは伯爵家のエルマーより街に詳しく、馴染みの喫茶店を持っていた。

「ここね、この喫茶を通り抜けた先で逆通りに対して小売りの店を構えていて、良い茶葉を売ってくれるの」

そうニコニコ話す彼女を見て、エルマーは微笑ましい気持ちになる。

 学校きっての才女と言われる少女は、ただとても賢くてちょっと地味なだけの普通の女の子なのだ。多分、服や髪型を変えれば地味だとも言われないだろうに。

 運ばれて来た紅茶の香りがかぐわしい。ワッフルの焼ける香りが漂い、ニコラがそわそわしている。と、思いついたように話を振られる。

「私たちいつもパンを食べているお互いしか知らないけれど、エルマーは食べ物の好き嫌いはあるの?」

「そうだな……好き嫌いは少ない方だけれど、花を食べるのが苦手かな。食用花、甘いけれど食感がごちゃごちゃして」

ニコラが大きく頷く。

「ああ、わかるわ。がくの部分が付いているようなものだとごそごそして食べづらいのよね」

二人で頷き合う。彩りとして飾られていて食べられるなんて実用的だが、食感がどうも好きになれない。花びらだけ散らしてあるものはまだ大丈夫だと2人で結論付ける。

「ニコラは好き嫌いある?」

「……今は大概食べられるわ。ただ、苦すぎるものが嫌いで、青いアスパラガスなんか苦手ね」

苦々しい顔をすると小さい目が益々細くなり、なくなってしまいそうになる。


 学校でほとんど人と会話をしないので澄まして見える彼女は、プライベートではかなり感情的だ。男兄弟しかいない上に地味なエルマーは、女の子にも縁遠かったのでニコラのことが面白くて仕方がなかった。特に表情の変化が面白い。本を読んでいる時も、たまに唇を尖らせたり、ぎゅっと結んだり、眉を上げたり寄せたりしているのだ。本人は無自覚だろうし、盗み見ているだなんて変態のような気がして黙っている。


 ワッフルを口にしてすぐ見たことのない笑顔になる様子を見て、デートの参考にとニコラに渡された本の内容を思い出していた。

 ニコラの渡してきた本は巷で話題の恋愛小説で、デートの研究の為に手に入れたのだが、折角だからエルマーも参考に読んでくれと渡された。読んだ感想は2人揃って「よくわからない」という残念なものだった。だが構わない。小説のように顔が赤くなったり、興奮や緊張でドキドキしたり、相手の笑顔にきゅんとしたり、キスしたいと思わないが、これに倣って行動すれば周りにはそれなりに見えるだろうし、ニコラにも笑顔が多い。これはこれで、と紅茶を楽しんでほんの少し口角を上げた。


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