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こんな婚約で  作者: 餅屋まる
本編
2/30

02.地味な2人

本日1話から更新しております

 ニコラ・タウベルトは子爵家の長女で優秀、なによりも地味なことで有名だ。勉強のし過ぎで目が悪くなったとされる瓶底のようなメガネの奥の小さな糸目。うっすらそばかすが散った頬。赤毛の緩い癖毛は常にフワフワと広がってしまうため、前髪を残して太めの3つ編みでひっ詰めている。他の女子はおしゃれな髪型をしているし、校則で禁止される化粧もしているなか、1人だけ古ぼけた壁紙の様。スタイルも良くない。ニコラは華やかな貴族令嬢たちの間で馬鹿にできる条件が、成績というその1点を除いて全て揃った地味令嬢だ。そのため友人もいない。入学当初は数人いたが、その娘たちも他の派閥に飲み込まれて消えた。


 でもニコラは気にならない。家は長男である兄が継ぐ。下に可愛い妹が居るが、自分の容姿はこんなだ。自分に出来ることは勉強して文官になり、家に迷惑をかけないこと。出来れば好成績で家に貢献すること。妹の結婚を後押しすることだ。

 可愛い妹はそれだけでも目立つが、自分と並べば益々目立つ。あまり頭が良くないが優しい妹の為に、幸せな縁談が組めるなら喜んで引き立て役になった。幸いにも妹は既に伯爵家の嫡子との婚約が決まっている。婚約を申し込んできた家々を調べ上げ、妹を大事にしてくれそうな家を親に薦めた。予想通り誠実な妹の婚約者は、容姿だけにとらわれず未来の義姉も尊重してくれた。妹を預けて安心だ。


 見た目のことで自分が周りからどう言われようと気にならなかった。自分の望みは今の容姿ではなく将来の仕事で決まる。だから文官に内定したときは飛び上がって喜んだ。いつか結婚し出産することになるだろうがそれも務め、人生の仕事の一環だ。妹のように大事にされたいとは思わない。最近は働かずに暮らしたいと思う女性も増えており、女性が外で働くことを善しとしない家もある。自分が働くことを許してくれ、事務的に夫婦をしてくれる、そんな人で充分だ。文官の夢は自分でつかんだ。金も愛も贈り物も無くていい。


 だが、こんな形で婚約が決まるのは些か不満だ。それも、あの男の差し金で。



 学校で首席の座を争う目の前の男、エルマー・ライマンは静かにお茶を楽しんでいる。顔合わせが終わり、2人で応接室に残されている状況。遠慮はいらない。

「ちょっと。ライマン」

厳しい声に返事はないが聞こえている証拠に少し眉が上がる。

「あなた、あんな嘘まで付いたこんな婚約認められる? 嫌じゃないの?」

「別に」

カップを持ったまま、エルマーがゆっくり答える。

「認められるも何も、ラングハイム家の力でもうほぼ決まりじゃないか」

「あなたプライドがないの? こんな婚約、あたしは嫌よ」

どうにかなかったことにしてしまいたい、そう語気を強めて言い捨てるとエルマーがカップを下ろす。長い前髪の赤毛が揺れ、その奥の目がニコラをそっと見る。

「僕は嫌でもない。悪いけど興味がないんだ。この状況で逆らったら家がどうなるかの方が心配。それにこれは完全に嫌がらせだろ。受けても断っても、どっちだってあいつらの思うツボだ」

「あいつら?」

「この前、レーガー家に見合いを打診された。僕自身は興味がないが、向こうの親が文官に魅力を感じていて、会うだけでもと言われたんだ。それをあの家のご令嬢に僕が迫ったことにされてね」

 そこでニコラは察した。アンゼルマが女の味方リーンハルトを頼ったのだ。

「君が巻き込まれた理由はわからないけどね。ただ破談にすれば良かったのに、わざわざ君を指名したのには何かわけがありそうだ。ただのとばっちりならお詫びの上、どうにか償いたいが……」

「いいえ、とばっちりじゃないわ。私、リーンハルトに恨みを買っているし、アンゼルマにはしょっちゅう容姿のことでからかわれているの。選ばれるべくして選ばれたってところね」

前髪で見えないがエルマーが目を見張る。


 ニコラは忌々し気に口を歪めて理由を話した。

「私の妹、とても可愛いのよ。リーンハルトはそれを知っている。1度妹を紹介してほしいと言われてお断りしたの。どんなに見た目が良くても我が家は子爵家。とても公爵家にお嫁に行ける家柄じゃないわ。妹が辛い思いをするのは確実。それに、もう妹には良いお家を見つけてあって2人はとても仲良しだから、2人を引き合わせた私にはそんなことできない」

 1度決まった婚約をひっくり返すのは難しいが、公爵家なら少なくとも不可能ではないはずだ。今みたいに家の力でどうにか出来たのではないのか、エルマーがそう思うと、ニコラは嫌な笑顔を浮かべた。

「今回は『気の毒な少女の為』なのよ。『自分があの女を欲しいから婚約を崩せ』だなんて乱暴をして、妹が泣いたらどう? 制度と権力を逆手に取った横暴だと妙な噂が立つだけだわ。リーンハルトはプライドの塊。コンプレックスも拗らせている。それを育てた公爵家が醜聞を許すと思えないわ」

確かにそれもそうだ。

「つながっているようでつながっていない、つまり私たちはどちらも意味不明な因縁を勝手につなげられてこんな目に遭ってるわけね。許せる?」

ニコラはかなり怒っている。


 対するエルマーはいつもの口調で答える。

「うーん、それはまだ決められないかな。きっかけが僕で君を巻き込んだのは悪いと思っているけれど……。いいかい、この婚約を破談にするにはもっと別の介入が必要だ。ラングハイム家より強力な力がこの婚約に割り込むとかね」

 そんなことは有り得ない。もう2つ公爵家は存在するが、同年代の子どもはいないし、いくら成績が優秀といっても、こんな見た目の2人を余所の家にたてついてまで求めてくれる奇特な人物などいない。

 ニコラはソファの背もたれに深く埋もれて落胆の意を示した。だがエルマーは浅く笑う。

「ないよね。だけどこっちもあいつらの思う通りになんてなってやらない。考えがある」

その言葉にニコラが目を瞬かせる。

「考えって?」

エルマーはニコラから目を離さずに紅茶のカップを手に取った。

「……君は、テストで僕に1番を抜かれたら悔しい?」

「? いいえ? あなたが頑張った証拠だもの」

「もしそれが、僕が不正をした1番だったら?」

「いいえ。あなたを気の毒に思うだけよ」

エルマーは緩く笑った。

「そういうことだよ。どのみち、公爵家の力の結果のこの見合いを自分たちの意志で破談にすると、我々は必要以上のケチをつけられることになる。得策じゃない。あいつらに抗議したり正面切って何かするより、1枚上手で笑う方がいい」

 ニコラは目を大きく見開いた。それでも分厚いレンズの向こうの目は小さいが、よく見ると綺麗な菫色をしている。

「意外?」

飲み下した紅茶が食道を通過する早さでニコラが頷く。

「少し。あなたはもっと穏やかな人だと思ってた」

「そんなことない。テストの度に君に勝てないことに情けなさも感じている」

「でもこの婚約は受けるの?」

「そう。断る理由がない。受ける利点は大きい。あいつらのことを抜きにしても、賢い妻の隣にいられる。だけど君はどうかな。君より頭が劣って地味で性格の悪い男が夫になる」

 まじまじと見つめたあと、彼女は少し口角を上げて了承の意を示した。

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