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こんな婚約で  作者: 餅屋まる
本編
10/30

10.これからのこと

 穏やかな昼休み、リーンハルトは明日の夜会の事を考えていた。


 この国ではいくつかの例外を除き、成人した既婚者のみが夜会に参加する。未成年はお茶会止まりだ。婚約者を探す者はお茶会で探す。茶会の主催は妻側であることが多いため、男性は常に自らや、親であればその息子が周囲に印象良く思われるようにしつけている。無作法な者はまず呼ばれもしない。


 リーンハルトは公爵家の嫡男。見た目も麗しく作法にも抜けはない。卒業が近付き、諸々の事情で夜会に出席することが決まった。女性にも優しいと評判のリーンハルトだが、実は畏まった場は苦手だ。両親は勿論、周りの目もある。誰もが「公爵家の嫡男」の一挙一動を厳しく監視し、評価する。問題なく出来ても緊張は強い。こうしたことが一生続くことへの覚悟はあるが、何もかも気が進まず憂鬱だった。



 ぼんやりと中庭のベンチに座っていると、2人の人影が目に入る。

 赤毛の2人組は仲良く連れ立って図書館に向かっている。リーンハルトにとって目の上のたんこぶ、エルマーとニコラ。決して優れた容姿でもないのに、それを気にする様子もなく、常に自信があるように見える2人。着飾ることも貴族の務めなのにそれを放棄したような地味な2人に、どこか負けている気がするのがとても悔しい。家柄も容姿も自分の方がずっと上だ。成績だってあの2人がいなければ自分が1番のはずだ。余程恵まれている自分がどうしてこんなに惨めな緊張感に震える必要がある。


 談笑している2人の姿に思わず拳を握る。


 美しいと評判のアンゼルマ・レーガーに相談があると声を掛けられ、とんでもないこともあるものだと驚いたのは少し前。それらしく父に進言して表面上は美談として2人の婚約を結ぶことに成功した。あの時はすかしたエルマーの態度と、いつぞやの妖精のような美少女の件で恥をかかされたニコラへの腹いせとして、してやったという気持ちで満足がいったものだ。



 しかし今見えている2人はどうだろうか。どうにも自分が騙った話の通り仲が良いらしい。元々話をする程仲良しでなかったことはわかっている。

 思い出すのはエルマーと話している時の違和感。あの時の言葉の通り、本当にエルマーは何も興味がなかったのではないか。あの時自分が感情だけで衝動的に起こした行動こそが浅はかで愚かだったのではないか。ニコラに言われたように、自分がとんでもなく拗らせて(・・・・)いるとしたら。

 もし、今図書館に消えた2人が、公爵家の息のかかった婚約に人生を覚悟しての努力だったら――。


 そこまで考え至ってリーンハルトは腰を上げた。

――ばかばかしい。

 思わず思考が短くなる。どうしようもなくわからない気持ちで胸がむかむかする。振り切るように鼻でフンと息をして中庭を後にした。




 エルマーは自宅の図書館で1人考えていた。今日の天気は曇り。窓からの光は少なく、館内は薄暗い。ランプを点けるとぼんやりと浮かび上がる本棚の装飾。他の人からは陰気にみえるこの館内も、小さい頃から馴染んだ自分にはどんなに薄暗くても怖くなく、大事な空間だ。


 10年以上住んでいる館内をぐるりと見回す。


 自分はニコラと結婚したらここを出るのだ。


 ニコラが気に入ってくれたことには安心したけれど、火の用意のないここに2人で住むのは難しい。勿論、増設は出来るが、火事になる可能性を考えれば生活設備は極力避けたい。お金を掛けた電気ランプだって必要な場所しか灯さないようにしている。


 結婚後は、仕事にもここに通うのにも都合のいい場所に家を借りることを考えていたが、良いサイズの家が見つからずに迷っていた。

 両親や兄はニコラと共に本邸に住むよう薦めてくれるが、ここは兄が継ぐ家だ。2、3日の居候ならまだしも、そこに住む気はない。図書館裏の庭を親から買い取って家を建てることもできるが、現在この家の敷地内には、本邸と図書館と使われていない離れがある。庭を潰してまで1つの敷地内に4つの建物だなんて気が進まない。けれどここに通いたがるニコラは容易に想像できる。自分だって離れたくはない。

 どうにか出来ないものかと頭を悩ませていた。ニコラの希望に応えるには家を建てるのが1番だが、今から建て始めても間に合わない。それに、もしこの婚約が最後の手段で流れた場合、無駄になるのだ。


 夕食の席で庭を眺めていると、心配した父親に話を振られ、エルマーは正直に敷地内にもう1つ屋敷を建てる案を話した。父親は構わないと言ってくれたがそこで母親が口を挟む。

「あの離れを直して住んだらどうかしら。住んでないから少し傷んでいるだけで、壊れている訳ではないから結婚式に間に合うわ」

そこも両親か兄が使うと思っていたのだが、そうではないらしい。

「離れを使う予定はなかったし丁度いいわ。あんなに本が好きなお嬢さんなら是非近くに住んでほしいの」

ニコラをえらく気に入ったらしい母親は、もう決まりと言わんばかりの表情だ。

 兄も笑っている。エルマーは念のため、兄にもそれでいいのかと確認する。

「僕は本邸に住むよ。もう余るほど寝室があるんだ」

 幼い頃、1日中兄に付き添うために、兄の隣の部屋を控えの間にして大勢の人が付き添った。扉で続いた3つの部屋の中央を夫婦の寝室に手直しすることが決まっているらしい。それ以外にももう1つ控えの寝室がある。

「まだ相手もいないのに、気が早いよね」

眉を下げて笑う兄に母親からの「攻めていきなさい」という檄が飛んだ。



 翌日の昼休み、エルマーはニコラに結婚した後の住まいのことを聞こうとして気まずさで聞けずにいた。ニコラが蹴らない限り結婚することは決まっているのに、「2人の家」というのが妙に生々しく感じたのだ。エルマーは意識している自分に呆れた。

 どぎまぎしながらお昼は終わってしまい、放課後の短い「逢瀬」の時間。勇気を振り絞って口を開いた。

「ニコラ、唐突なんだけど、家のことで相談があるんだ」

「家?」

「そう。結婚したらどこに住むかって話」

勇気を出した話題にニコラは照れもせずに「ああ、そうね」と事務的にエルマーと同様の「手頃な家を借りる」案を話し始めた。

 拍子抜けしたエルマーは、勝手に想像した何かを脳内の箒で掃き出した。これはただの打ち合わせだ。

「僕もそう思っていた。で、ここでうちの家族からの提案があるんだけど……」

淡々と話せた母親の提案に、ニコラは恐縮しながらも大喜びで頷いた。


 続いて離れの修復費を文官の給与から出すと言うのでエルマーは断った。嫁に来てもらうのだ。それくらい我が家が準備して当然だろう。そもそも綺麗なら必要のなかった修繕でもある。いつかあの離れを親から買い取ることになったら、折半するなりなんなりすればいい。

 支度金だ持参金だのと諸々のお金も必要最低限、夫婦になってからも働く間はお金を別々に管理することを、既にニコラから提案されている。出来る限り精算は簡単な方がいい。ニコラは冷たいわけではなく、合理的だ。エルマーにとってはありがたい。



 自宅の長椅子に寝そべったエルマーは先日買った児童書を手に取る。指に触るビロードの手触りが懐かしくて心地いい。自分だけならこの本を見つけることはなかったし、例え見つけても買おうなんて思わなかっただろう。口から出た言葉。合理的で冷静な少女の見せた、子どもらしい笑顔。

 そろそろと本の表面を撫でながらぼんやりと考えるうち、エルマーは夢の中へ落ちて行った。


※ルビ・傍点が表示されない方へ 

以下のように ○○には△△ というルビ・傍点がふられます

拗らせているとしたら→「拗らせて」に傍点

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