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楽園の幼き女王とその右腕

「ちょっと、どういうことなの!?」


 楽園と呼ばれる国の聖域に建てられた城の天守閣、月、城下、神樹のよく見える質素な部屋に少女の甲高い声が響く。


「……申し訳ありません」


 怒鳴られているのは小さい体をさらに小さくしている黒衣の少年。


「どういうことって聞いているの! 私は救世主を連れてきなさいって、ちゃんと言ったわよね? アホなの? ドジなの?」


 少女は少年に直接手をあげたりする訳ではなく、窓に腰掛けて怒鳴るだけだ。


「はい、ですが救世主と呼ばれていたのはまだ幼い子供で、油断して……」


 対する少年は少女から少し離れた床に頭をついて許しを乞うているように見える。


「馬鹿ね、バーカバーカバ~カ!」


「……」


「あんたも子供じゃない、ほんとに馬鹿ね、間抜けね」


 罵倒の言葉が飛び出すその可愛らしい口は意地の悪い笑みを浮かべている。


「アタシにすら勝てないあんたごときが敵うはず無いじゃない」


「申し訳ありません」


「大体、何で誘拐しようとしてるのよ。普通にお願いして連れてきなさいよ、馬鹿ね」


「女王様が急げと--」


「--私のせいって言うわけ!?」


 勢いよく立ち上がった拍子にずれた王冠を直しながら女王と呼ばれた少女が少年に足音荒く歩み寄る。


「いえ、そんなつもりでは……」


「嘘よ、そんなつもりだったわ。馬鹿なくせに嘘つきでさらには私に責任転嫁しようとするなんて、ほんっとに信じらんない」


 怒ったような口調で、しかしにやけるのを止めない少女は、少年の頭の横にカツンと靴を打ち付けて、また窓辺へと戻っていく。


「全部あんたが悪いのよ、馬鹿でグズで間抜けでドジなあんたが!」


 少年は小さくなったままである。と、突然少女の顔から愉しそうな笑みが消え、代わりに悲しそうな表情が浮かぶ。


「これじゃあ、あいつはまだ独りぼっちじゃない」


「…………」


 少年には何の事かわからず、何も言えず、頭を床につけて小さくなるばかりであった。


「もういい、私が行く」


「っ! 何を--」


「あんたが役に立たないから」


 少年が始めて顔を上げ女王を止めようとするも、すでに扉は開き、最後に見えたのは、靡いた長く美しい髪の先だけだった。



 結局少年は少女を止められず、少女は一人で城を、誰にも見付からずに国を出た。

 女王という身分の筈の少女が唯一人の為に人探しの旅に出た。それは少女が治めるべき国を騒がせた。

 事実を知る少年は彼女を探しに一人で国を出た。誰にも何も言わずに。しかし国を出る直前に一人の女性に声を掛けられていた。


「彼女をよろしくお願いするよ」


 と。少年は突然見知らぬ人物から声を掛けられ困惑した様子だったが、すぐにそれを振り払って駆け出した。振り返らず女王を追って。

 その人物がその後発した独り言は誰に聞かれる事もなく、彼女と共に闇へと消えた。


 --イヴが居なくなったら、本当に独りぼっちだから。……父様のところへ行きたくなっちゃうよ。まあ、まだ行けそうにないんだけどね。

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