第31話 悔やむもの ビヌイゴ・タウタフ
「」は日本語で『』は日本語以外を喋っています。
魔法の道具のおかげで、違う言語を喋っていますが互いに言ってることは理解できている。
そんな状況です。
仕事を終えたビヌイゴは約束通り護とサムを迎えに現れ、街へと連れて行った。陽が落ちて、代わりに月の光がグランセイズの街に注がれている。道にはまるで石畳から生えたように見える細い石柱が立ち並び、それの天辺に置かれたガラスケースの中で白く光る鉱石が道を照らしている。月光よりは明るく、しかし日本で設置されてる街灯に比べれば光量は少ない。地球側とは違う夜の風景がそこにはあった。
子供の姿は見えず、開いてるのは大人たちのいる飲食店のみ。中では同僚と共に盃を交わし、仕事や家族のこと、恋の話やどこかで耳にした噂話で盛り上がっている。どこ世界でも同じ光景はあるものだと、サムは頬は緩む。
護はといえば、店よりも歩いている大通りを照らす灯りに注目し続けていた。ビヌイゴによれば、照明に使われているのは「発光石」と呼ばれる天然魔道具なのだという。
一定量の魔力残渣に反応し様々な色と輝き方に変化する発光結晶と違い、こちらは魔力に反応して白い光を放つ。近年は人工的に量産する方法が確立され、家の照明としての活用も始められているという。
『発光結晶とほとんど同じもんらしいんだがよ。ちーとばかし別のもんが混ざってるんだと。不思議なもんだ』
『宝石も成分が違うと色が変わったりするからな。それと似たようなものか』
『おお。なかなか詳しいじゃねえか』
石の話題でサムとビヌイゴの会話が弾む中、護は独りで別のことに思考を巡らせていた
(もしかすると、協会本部に使われているのもこれかな。だとすると、発光結晶は何のために……)
発光結晶が地球で発掘されることはない。調査機関は、協会本部のある場所で発見されたものを利用しているにすぎない。研究のためなのか、はたまたヴィルデムに住む人々との友好の証か何かだったのか。護の疑問は尽きない。
『ここがオレの行きつけの店だ』
大通りの途中で曲がり、並行して走る細い道を進むこと5分ほど。着いたのは、窓がなく、黒い重厚な扉一つの小さな店だった。
『通り側じゃ、昼の定食が美味いの店なんだがな』
『秘密のバーか……』
『表の店でも酒は出してくれんだが、他の客にみられちまうと嫁にすぐ知られちまうからな。噂ってのはすぐに伝わりやがる』
『女遊びでもバレるのか?』
『……嫁ってのは、こっちが何か気になってることがあるとすぐ気付きやがる。こういうところで、1人で考える時間も必要なのよ』
そういってビヌイゴは扉に手を当てる。護たちはそれが扉だろうと思っていた。しかし、ドアノブが見当たらない。護もサムも、こちらの世界に来て引き戸を見たことはなかった。
「どうやって開けるんですか?」
『コイツは特別性でな』
ビヌイゴが手を当てた部分が微かに光を放つと、扉だったものは外枠に吸い込まれるように消えていく。開いた中に見えたのは、薄暗い店内だった。
『これも……魔道具なのか……?」
『西の国に、特別な壁を作って家族以外を巣穴に入れなくする動物がいてな。こいつは、そいつからとった天然魔道具を使ってんのよ』
「すごい……」
地球とは違う文明の進化。護とサムの目は、まるで子供のように好奇心が目から溢れている。
中に入ってみれば、小さく見えた外観に反して奥行きのある広い店であった。4人席のテーブルが三つ。後はカウンターに座席が設けられているのみ。どこからか聞こえるピアノのような音のアルペジオ、先ほどまで歩いていた石畳とは違う床や壁、テーブルや椅子に使われている木材の微かな香り、そして何より外の声が一切届かない店内の静けさが合わさって、異世界というものに興奮していたサムや護の心を不思議と落ち着かせていく。
『ドゴ テルスオン!』
店内は偶然か護たちしかおらず、ビヌイゴは声を張り上げて運ばれてきたジョッキの酒を数秒で飲み干した。サムがジョッキの中身を覗くと、泡立ちはない。恐る恐る飲んでみれば、それはおそらく果実酒であった。よく冷えていて美味しいのだが、飲み慣れたビールを思い出し、少しだけ残念そうにする。
護はといえば、ジョッキの底に手を添えて、茶でも啜るように少しずつ口の中へ運んでいる。
『かーっ! 仕事終わりの一杯は最高よ』
『悩んでる奴の飲みっぷりじゃないな』
『悩みがあっても酒は美味しくいただかねぇと、作った職人にバチが当たるってもんだろ』
「誘っていただいて、ありがとうございます」
『いいってことよ。ガキがいちゃ出来ねぇ話もあるからな』
「さっき心当たりがあると言ってた……?」
空になったジョッキをテーブルに戻すと、ビヌイゴの表情から明るさが徐々に引いていく。
『……ネイニードはなぁ、ここしかねぇ。なんせオレらのご先祖様が作ったもんだからよ。そんでもって、さっきも言った通り、使用限界を迎えれば必ずここに戻ってくる。それを快く思わねぇ連中が昔いたのさ』
「でも、私たちの世界にあるネイストレンはこちらには戻っていかないと思いますが……それはどうして?」
『別の場所に鉱脈を分けるこたぁ可能だ。ある程度の大きく切り出して別の場所に埋めれば、そこから新たに切り出したネイストレンはそっちに戻ってく。お前さんらの世界のもんがこっちに戻ってこないってのはそういう理由だ。最も、それなりの大きさがないと鉱脈としては機能しないがな』
『アレを奪いに来た輩が過去にいた……ってことか』
『……20年くらい前の話よ』
サムの発言がビヌイゴの表情を曇らせる。2杯目のジョッキが運ばれてきたが、ビヌイゴはそれに手を伸ばそうとはしない。
『当時、北のエイツオって国の王様が事故で亡くなって、後継者争いが起きた。んで、何としても勝ちたかったある一派は、ここの地下にある鉱脈に目をつけたのよ。もし民衆にネイストレンを提供出来るようになれば、多くの国民が味方になって、後継者争いにも勝てるってな』
「わからなくはないですね。隣の国から買い付ける必要がなくなるわけですから、浮いた輸送費などの分、他のことに資金を活用できます」
『その時、起きてたのが今と同じ現象よ』
『戻ってくる量が多かったと』
『ああ。そんでちょうどその頃、この国の北側にある町や村で魔道具の強奪が多発してな」
「強奪?」
『当時の、グルゥの前の王様はよ。北で起きた事件がエイツオの後継者争いに関係あるんじゃねぇかって考えて、調査隊を向かわせたのよ』
『なるほどな。そのどうしても勝ちたかったっていう連中が、自国民に配る分を先手打ってかき集めようとしたってわけか。供給できることだけでも先に知らせておけば、国民の意識は傾く』
『そう単純な話じゃねえんだよ』
2杯目のジョッキに手を伸ばし、半分ほど喉の奥に通すと、ビヌイゴはため息混じりに話を続ける。
『調査に向かった連中の報告だと、魔道具を奪ったのはエイツオの人間で間違いないって話だった』
『じゃあ、俺の予想と何が違うんだ?』
『犯人たちが残してったもんから、強奪したのは後継者争いで一番優位だって言われてる一派だと分かってな』
「鉱脈を狙ってた人達とは別……ということですか?」
『敵を嵌めたってわけか』
『そういうこったな』
「だとしたら、鉱脈に戻る量が増えたのは一体どうして……」
『その時は、持ってかれた魔道具がエイツオで何かに使われたせいで増えたんだろうってぇ考えたんだがな。実際には、一つもエイツオに運ばれてなかった』
『移動する前に使い切ったのか?』
『中には生活に必要な水を出す魔道具もあったんだ。使い切るような真似したら、デカい湖が出来てるさ』
自分の推理が外れ、サムは頭を抱える。犯人を追いかけるのは得意だが、こうした推理はどちらかといえば調査機関の領分。ジョッキの中の波紋を見つめる護に思い悩んでいる様子は見られない。
「ネイストレンが鉱脈に戻る方法は、記憶した魔法を使い切る以外にあるってことですね」
ビヌイゴの眉がピクリと動いた。
『その通り。あの石は打撃には滅法強い。オレやグルゥが本気出して殴っても砕けねぇ。だがな、切ることはできるんだ。オレたち鉱夫の印、金槌と鑿は、あれを加工するための必需品ってわけよ。んでもって、ネイストレンを魔道具として使うにはな、最低限の大きさってもんがある』
徐にビヌイゴは首から下げていた小さな皮袋を手に取り、中に入っていた小さな石を2人に見せた。
「それは?」
『魔道具として使える一番小せぇサイズの見本よ。新人が初めて切り出し作業をすると、硬すぎてこれくらいしか取れねぇんだ』
歪な形をした米粒ほどそれをそっと皮袋にしまい、ビヌイゴは残っていたジョッキの中身を飲み干した。
『これだと小さすぎるからよ。魔道具として使っても2〜3回が限界だ。だから市場には出ねぇ。だけど鉱夫のオレらにとっては、こいつぁ初めての成果。だからこうして、お守りみてぇにして持ってんのよ。初心を忘れねぇようにな』
『……俺のと似たようなもんか』
そういってサムはポケットに手を伸ばすと、中に入れていたパスケースを開いてビヌイゴに見せる。母親と小さな子供の写真だった。
『お前さんの家族か?』
『いや。俺が昔、判断を誤って助けられなかった人たちだ。それと同じで、忘れないようにってな』
「サム……」
『なるほどな。確かにそれと同じようなもんよ』
忘れられない記憶、忘れるわけにはいかない過ち。そして、魔法に目覚めるきっかけとなった出来事。サムの脳裏には今も鮮明に浮かび上がる。ビルの窓から出る大量の煙、燃え盛る炎の海、火傷を負って倒れていた親子、彼女らの死を聞いて泣き崩れた父親の姿。パスケースをポケットにしまったサムは、残っていた酒を一気に飲み干した。
『話を戻すがよ。このサイズよりもネイストレンを小さく出来たんなら、使い切らなくっても溶けて鉱脈に戻ってくるってわけよ』
「じゃあ、奪った魔道具を全て破壊して」
『おそらくはな。他の国の連中もネイストレンの切り出し方は知ってる。うちで管理するってことを納得してもらうためによ、少し大きめに渡して向こうで必要な大きさに切り出してもらうようにしてるんだ。エイツオの連中がそれをやれてもおかしくはねぇ』
『でも、何でそんなことを。そのまま自分らのものとして使うか、敵の持ち物にでも忍ばせて犯行を裏付ける証拠にでもすれば』
「証拠が見つからなければ疑心暗鬼が生まれる。警戒のためにどちらの国も人員が割かれ、調査も長引く。犯人にとっては動きやすい時間が生まれる。サムのところと私のところも似たようなことでよく揉めるじゃないか」
タイミングを図ったかのように、テーブルの上にサムの2杯目が運ばれてくる。護の言葉に不本意ながら納得してしまったサムは、新しいジョッキに手を伸ばし勢いよく口へ運んだ。
『ガートラムってのがいただろ?』
「ええ。右腕に銀色の鎧みたいなのを付けてた」
『あいつの右腕は、その事件のとき潜入してきた連中のせいで肩から先が動かなくなっちまってよ。あれは右腕を動かせるようにするための魔道具なんだ』
『義手……いや、神経の制御をサポートするためのものか』
『あいつだけじゃねぇ。あのとき、他にも犠牲になった鉱夫たちがいたんだ。ガートの父親も、ガートと嫁さんを守って逝っちまった。今回の件は、どうにもあん時のことを思い出しちまってな』
鉱夫は戦士ではない。それでもビヌイゴを含むネイストレン鉱脈の鉱夫たちは必死に抵抗した。鍛え上げた肉体と魔法、そして本来はネイストレンを切り出すために使うハンマーと鑿で立ち向かい、かろうじて侵入者たちを止めることはできた。
しかし、ビヌイゴは忘れられない。侵入者の武器をハンマーで受け止めたときの音を。侵入者が身に付けていた鎧を鑿で貫いたときの感触を。そして、仲間の体から流れ出た血の色を。
深い悲しみの色がビヌイゴの顔に現れる。彼が何を見てきたのかわからない護たちも、それが彼にどれほどの苦しみを与えてきたのかは理解できた。
「……彼ら前で出来る話じゃありませんね」
『そうと決まったわけじゃないんだ。俺も偉そうなこと言える立場じゃないが、考えすぎは思考を狭めるぞ』
『……穴に入っても頭ん中には空を浮かべろ……ガキどもに毎度言ってる自分がそうなってちゃ情けねぇな』
そういってビヌイゴが持ち上げたジョッキに、護とサムの手にしたジョッキが当たりカンッと小さな音を響かせる。そして3人は無言で見つめあい、同時に酒を口に運ぶ。まるで、故人を偲ぶように、静かに。
楽しい飲み会を書くはずが、話の内容は全く楽しくなかったですね。
大人たちの抱えるものは、それぞれ、とても深い。
次回は灯真たちの様子。今回より少し明るい話……になるかな?




