第30話 見つめるもの サム・スティーブンス
『灯りは点いとるが、足下には気ぃつけての』
ガートラムに案内され、灯真たちは城の地下にある洞窟へと案内された。丁寧に掘られたことがわかる歩きやすい階段。壁には黄色く光る球体が浮かぶランタンと、太いロープで出来た手すり。ランタンの明かりはそれほど強くはないので、足元は見えづらい。
「街の地下にこんなところが……」
話を聞いていた護やサムも同行し驚いている。身長190センチ、アメフトで鍛えた大柄な身体のサムでも、頭三つ分は余裕がある高さ、手を伸ばしてもまだ左右に護が通れるほどの幅がある空間だった。
『これがあるからご先祖様は上に街を作ったんじゃ。いざって時にゃここから街の外に避難できるようにも作られとる』
階段を降りていくこと10分。現れたのは広い空間と、そこにそびえ立つ巨大な結晶。洞窟の中に山がある。10メートル以上離れた位置にいる護たちがそう感じるほどに、それは大きかった。
反対側の壁が透けて見えるほど透明な結晶を取り囲むように、周囲には通路よりも多くのランタンが取り付けられ、この空間を外と大差ない明るさに変えている。そして、よく見るとガートラムと同じつなぎを着た男女数名が金属製の足場を歩き回り、何やら長いロープのようなもので結晶を囲っている。
『これ以上は近づかんでくれ。ここの鉱夫以外、あれに触れちゃいかん決まりになっとるんじゃ』
「綺麗……」
誠一の口から言葉が漏れる。ランタンの明かりで純美な輝きを見せる山脈に皆が見惚れていると、何故か蛍司は自慢げな表情を浮かべている。
『これが話に聞いた……』
サムだけは護や青年たちとは違った。その顔に浮かんでいるのは、驚きと微かに漏れ出る喜び。護はそれにわずかな違和感を覚える。
『サムは知ってたの?』
『あっ、ああ。ここに来る途中、話を聞いたんだ。魔道具に必要な石はここでしか取れないと』
「魔道具に必要な石……ということはこれが?
『そん通り、ここが世界で唯一の“ネイニード“じゃ』
「ネイニード?」
ガートラムの言った言葉の意味が、魔道具で繋がった誰にもわからない。一体なんのことなのかと灯真たちが疑問を浮かべている中、護とサムは後ろから別の人が来る気配を察し振り向く。すると現れたのは、サムよりも大きな体を持ったつなぎ姿の男。太い腕は傷だらけだが、日に当たっていないのかと感じるほど色白。使い込まれているだろう大きなハンマーを持ち、腰に巻いたベルトには種類の違う鑿を何本も挿してある。
『ネイストレニードルのことを、オレらはそう呼ぶんだ』
『親方、ケージを連れてきたで』
『ん? ケージはグルゥに呼ばれて城に行ってるはずだろ』
『もう作業の時間だっつーのに来んから呼んできたんじゃ』
『グルゥに呼ばれるっつーことは今日の仕事は無しだろうが!』
『んな話、親方の口から一文字も出とらんじゃろうが!』
洞窟内に響き渡る二人の怒号。突如勃発した喧嘩に驚く灯真たちだったが、作業をしていたものたちはその手を止めようとはしない。笑みを浮かべ、二人のことを優しい目で見守っている。
親方と呼ばれた男の印象は、ガートラムとのやりとりで大きく変わっていく。険しい表情でいかにも厳しそうな男の登場に息を飲んだ灯真たちだったが、今はただただ親子喧嘩のようなやりとりを見せられキョトンとしている。マークに至っては必死に笑いを堪えていた。
『まあ……せっかく来たんだ。ゆっくり見てくといい』
『こっちの話は終わってないんじゃ、親方。後でぜってぇママさんに言いつけてやるんじゃからな!』
『そっ、それだけはダメだぞ!』
「親方の奥さん、普段は優しいんやけど、怒るとめっちゃ怖いんよ」
「なるほど。それで」
蛍司がこっそりとみんなに耳打ちする。護の脳裏に鋭い視線を送ってくる妻の顔が浮かぶ。本当に睨まれたと錯覚し背筋がぞくっとしたが、護の口元は緩んでいる。
『おっと、自己紹介がまだだったな。オレはここの管理をしとる、ビヌイゴ・タウタフっつーもんだ。ケージと一緒にいるっつーことは、お前さんたちもロドを通ってきたんだろ?』
『朝比奈 護と言います。こっちはサム・スティーブンス。通ってきたというより、巻き込まれたというのが正しいですが』
『難しい話はわかんねぇが、まあ、力になれることがあれば言ってくれ』
『出来るっつーても、力仕事しかないんじゃがな』
『そんなことはないと思います。ただ腕の力が強いというだけでは、地下にこれほどの空間を作ることは出来ません。ここを作った方々やそれを管理している皆さんの技術がよくわかります』
『マモルっつったな』
『はい』
ビヌイゴは突然護の前に立ち、彼の瞳をじっと見つめる。何をされるのかと不安になった灯真や誠一だったが、護は全く警戒している様子がない。そんな彼の両肩を掴むと、ビヌイゴは突然満面の笑みを浮かべた。
『気に入ったぜ。後で一杯付き合ってくれ。もちろん、オレが奢る』
『よろしいんですか? 私もタウタフさんに色々とお話を聞きたいです』
『そんな堅っ苦しい呼び方やめてくれ。ビヌでいい』
彼らがその仕事ぶりを仲間以外に褒められることは稀である。この洞窟自体には誰でも入る事はできるが、奥にあるのはネイストレン鉱脈のみ。国に認められた鉱夫である彼ら以外の誰かが訪れることは少ないのだ。彼らとてずっと日の当たらないこの場所で暮らしているわけではないが、その肌の白さはどれだけこの地下に籠もって作業をしているかを物語っている。
だからこそ、初めてここを訪れた護の言葉は素直に嬉しかった。ビヌイゴだけではない。彼の声が聞いていたガートラムや他の作業員も、誇らしげにしていたり、照れていたりと様々な反応を見せている。
「とっちんもすごかったけど、あのおっさんもすごいな。魔道具無しで親方と普通に会話しとる」
「言葉覚えるの、得意なんだって。僕はまだあんなに上手に話せないけど、護さん、覚えるのすごく早くて」
「一体何者なん?」
「えーっと……すごく強くて、でも優しくて、奥さんと子供の事が大好きで」
「いや、そういうことやのうて」
「魔法を使った仕事をしているってことぐらいしか……」
「あっ、思い出しました。朝比奈 護さんといえば」
「セチは何か知っとるんか?」
「魔法使いの朝比奈 護といえば、世界中飛び回ってたくさんの魔法犯罪を解決に導いてきた有名な方です。父が言ってました」
「ポリスマン、デスカ?」
「えーっと、どこから説明したらいいかな……」
興味を惹かれた青年たちに、誠一が協会や調査機関という組織について解説を始める。魔法を使った仕事というものが何なのか気になっていた光秀は、特に気になっている様子だ。
『親方、飲むのは仕事の後じゃよ』
『わかっとる。で、どうだ?』
『気のせいかと思ったんじゃが、やっぱり変じゃ』
『妙だな……』
誠一が説明に追われている間、ビヌイゴはガートラムから受け取った作業記録に目を通し、再び険しい表情へ戻っていく。記録に書かれているのは3つの数字。日付と時間、そして目の前にある巨大な結晶の大きさ。日が経つごとに結晶が大きくなっている事がわかる。
『何かあったんですか?』
『魔道具として使われてるネイストレンは、使用限界を超えると液化してこの鉱脈に必ず戻ってくる。今やってる作業は、鉱脈に戻ってきた量を調べて市場に卸す量をどの程度にするかを決めるためのもんなんだが……』
『聞こえた話から察するに、戻ってきてる量が多すぎる。そういうことか?』
『ん? すまねぇ。そっちの言葉は分からねぇ』
護やガートラムと繋がった魔法の糸によって、サムにもビヌイゴが語ってくれた内容は理解出来ている。しかし、ビヌイゴの方は誰とも繋がっていないためサムの話す英語が理解出来ていなかった。慌てて護は糸をビヌイゴにも繋いだ。
『彼は戻ってくる量が多いのは変なのかと聞いたんです』
『なるほどな。ああ、その通りだ』
『生活に必要な魔道具は運ぶのに困らんよう、あんまりでけぇサイズには切り出してないんじゃ。毎日使ったとして大体1ヶ月くらいで使用限界が来て戻ってくるようにしとる。結晶が大きくなることはもちろんあるんじゃが、普段は切り出した分が戻ってくるくらいなんじゃ。この戻り方はちょいと……』
『たまたま使う機会が多かったから戻る量が多かった、ということだってあるだろう?』
『でっけぇ事故が起きたり、病人が沢山出たりすっとそういうことはある。が、そんな話は今のところ聞いてねぇ。それだけの事が起きたなら、王であるグルゥに何かしら情報が入るはずなんだ』
そう言い終えたビヌイゴの視線が、わずかに左下ヘと動く。その微かな変化を、護は見逃さなかった。
『心当たりがありそうですね』
自らの心中を見抜いたかのような護の言葉に、ビヌイゴは驚き目を丸くする。
『心当たりっつーかな……そうであってほしくねぇと思ってるだけなんだ……』
『親方?』
普段とは違う、強い意志を感じられないビヌイゴの言動にガートラムは不安を覚える。それが次第に彼の表情にも現れ出すと、視界にそれを捉えたビヌイゴはいつもの顔に戻っていた。
『ガキに聞かせる話じゃねぇよ』
『だっ、誰がガキじゃ!』
『オメェもケージも、オレからしたらガキだってんだよ』
両者は額をぶつけ合い、睨み合いを始める。法執行機関ではよく見る光景に、サムは懐かしさを感じる。しかし、調査機関ではなかなかこういう場面はないのだろう。護はどうにかせねばと思考を巡らせている。
『あのぉ……もしよろしければ、後でお酒でも飲みながらでも聞かせていただけませんか? それなら大人だけで話せますし』
『……そうだな』
護の提案を聞き、ビヌイゴの額はガートラムからすっと外れていく。いつもならそのまま手を組んで力比べが始まるところだというのに、やはりいつもの親方とは違う。ガートラムだけではなく、そこにいた作業員たち全員が同じことを思っていた。
『ガート、作業に入れ。ケージは休みだ』
『親父がそういうんなら……練習はサボんなよ、ケージ』
「わかっとるって、兄貴」
『お前さんたちはどうする?』
「王様が心配するといけませんし、一旦部屋に戻ります。みんなもそれでいいかい?」
「はい、兄のことも気になりますし」
「僕も、それで」
『そうか。夜になったら城まで迎えにいくからよ』
『よろしくお願いします』
ビヌイゴやガートラムに礼を言って、一同は来た道を戻っていく。ただ一人、サムを除いて。
『サム、どうかした?』
足を動かさず、サムはじっとネイストレン鉱脈を見つめていた。
『いや、これだけの量が地球側にもあればと思ってな』
地球にも魔道具は存在する。そして、それに使われているネイストレンは、協会が管理する小さな鉱脈から切り出されている。しかし、ここほど大きくはないため協会は魔道具の使用制限を法で定めている。法執行機関や調査機関も、協会の許可無しには使えないのだ。
法執行機関の捜査員として働き、いろんな種類の魔道具があればと思う現場にサムは何度も遭遇してきた。彼ら用に支給されているものもあるが、それで対処しきれないことも多々ある。かといって、人が魔道具なしに使える魔法は一つだけ。だからこそ、彼は思う。もっと現場の人間が使える魔道具を増やせたらと。
『たくさん資源があっても、平等に分けられて理想とする使い方をされるとは限らないさ』
護の意見は、サムの思っていたものと違った。調査機関も同じ問題を抱えているはずなのに。思わずサムは、視線をネイストレン鉱脈から護へと移した。
『だとしても、今よりも使える量が増えるのは間違いないだろう? 護たち調査機関側にもメリットはあるはずだ』
『うまく管理ができれば……ね』
彼はいつもと同じ笑顔を見せた。しかし、サムにはわかる。それが、どんな顔をしたらいいかわからない時の、相手に対して申し訳ない気持ちがある時の、彼の顔だと。
何故そんなことを言うのか。一体何を知っているのか。一瞬サムの中に浮かぶそんな疑念は、たった一つの意志によって上書きされるように消えていく。
俺たちのやっている事は地球に住む全ての人々のためになるのだ、という強力な意思によって。
すごいですね。使い終えたら液化して元の場所に戻ってくるとか。プラスチックもびっくりの完全リサイクル素材。
一体、どれだけの数の魔道具を作れる量なんでしょうね。サムもそりゃ欲しいって思いますわ。
気持ちは分からなくもない。
ただ護は何か知ってるのかな……また謎を増やしてしまったな……いかんいかん。
サムも何やら怪しい感じが出てきましたし、この先どうなるんでしょうね。
次回は大人たちの楽しい飲み会です。




