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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
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第24話 迷うもの 森永かなえ 日之宮一大

「今日はこのくらいにしておきましょう」

「大丈夫です、まだ……」

「集中できてなければ、やる意味はありません」


 目の前にいる高齢女性の視線に、森永かなえは顔を背けた。


「光の柱の件ですか?」

「……はい」


 全世界に出現した光の柱。その原因は未だ解明されておらず、捜査は思うように進んでいない。連日のようにメディアはその怪現象を報道し、魔法使いたちが現地に入ることができたのは一部を除き光の柱発生から2ヶ月が経過した後であった。


 神楽塚で起きた殺人事件の他に、光の柱が発生した場所では子供たちが行方不明となる事案も発生。各メディアはこれを「ハーメルンの笛吹き事件」と名付け、光の柱との関連性を検証する報道を繰り返し行なっていた。

 世界中の警察が総力を上げて捜索を行ったが、3ヶ月が経過した今、生存を諦めていないのは子供を失った家族だけ。各国の捜査員から届けられたその情報を目にして、かなえはやりきれない思いであった。


「鍛錬は大事ですが、一度落ち着くことも必要ですよ」

「申し訳ありません」

 

 普段は男と殴り合いの喧嘩をするほど粗暴な彼女だが、この女性……かなえの魔法の師匠である紅野こうの 八重やえの前では彼女も大人しい。


「ばあちゃん、ただいま!」


 玄関の引き戸を開ける音と共に若い男の声が二人の耳に届く。


「孫も帰ってきたことだし、お茶にしましょう」


 八重は立ち上がり部屋を後にする。離れたところから、彼女と孫の楽しげな会話が聞こえる中、かなえの頭の中では事件の情報が渦を巻いていた。


協会(ネフロラ)は……本当に何か知ってるの……?」


 捜査を続ける魔法使いたちの中で囁かれる1つの噂がある。


《世界中で発生した光の柱の正体を、協会(ネフロラ)は知っているのではないか?》

 

 朝比奈 護の指名手配により協会(ネフロラ)は、調査機関(ヴェストガイン)全体の活動休止を宣言した。調査に必要な魔法「デヴィールレラ スデリト ドロセル (残された心録) 」を記録した魔道具(マイト)は、ほとんどが見つかっていない。残っていたのは、その時調査機関(ヴェストガイン)が業務で使用していたものだけ。世界中から全てかき集めても、その数は両手で数える程度しかなかった。

 協会(ネフロラ)法執行機関(キュージスト)に調査業務を指示し、現地確認が可能な地域から順に分配した。しかし、ただでさえ時間が経ちすぎていたこと、そして専門外の作業であったこともあり、思うような成果は得られなかった。


 そんな中で出回り始めた噂は、誰が言い出したのか定かではない。しかし、この状況下で流れたそれは世界中の魔法使いたちに、協会(ネフロラ)への疑念を抱かせるには十分であった。



********



「遅くなってすまなかったな、天野……今は、朝比奈か」

「呼びやすい方でいいですよ、隊長。お久しぶりです」


 朝比奈宅を訪れた1人の屈強な男。名を日之宮(ひのみや) 一大(もとひろ)。現 法執行機関(キュージスト)北欧支部長であり、朝比奈(あさひな) 茉陽(まひろ)にとっては現役時代の上司でもある。


「本来なら、すぐに帰国するはずだったのだがな……」

「まだご実家の方には?」

「立ち入りを禁じられている。当然の対応だ」


 日之宮の家は東京都内にある。しかし、彼は今そこに足を踏み入れることを許されていない。実家の敷地内から光の柱が出現したためである。


 場所は鍛錬場。日之宮家は法執行機関(キュージスト)でも正式採用されている、日之宮流武闘術創始者の一族。当時も、彼の息子2人と数名の門下生がそこで訓練をしている最中であったとされている。

 そのため、日之宮家やその親族にも朝比奈 護同様に今回の騒動に加担しているという容疑がかかっている。息子たちが行方不明と聞きすぐにでも帰国したかった一大だが、協会(ネフロラ)からの命令により滞在していたスウェーデンで足止めされていた。


「門下生に容疑が移ったと耳にしましたが?」

「ああ。当時鍛錬場にいた息子たちの容疑はまだ消えていないが……なぜ天野がそれを知っている?」

「私の担当になってる西海という捜査員から色々と」

「……今のは聞かなかったことにしておこう」


 朝比奈 護の指名手配によって、妻である茉陽にも彼に加担した疑いがかけられている。いくら元同僚といえ、その彼女に捜査状況を教えるなど本来あってはならない。茉陽の微笑みに、一大は懐かしさを感じると同時に、彼女の同類の捜査員がいることに嘆息する。

 現役時代の彼女も、ルール無視の行動が目立っていた。その目的は至って単純。真実の追求、ただ一つ。朝比奈 護を説得し組織を壊滅させることができたのも、そうした彼女の行動によるものだった。しかし、上は正則作業を怠った彼女を罰し、当時部隊を指揮していた一大の功績とした。

 それによって彼は北欧支部長の席を手に入れたが、彼女のような捜査員がどこの部署にも1人はいるものだと実感し苦労している。


「日本では朝比奈 護への容疑で固まっていると聞いたが?」

協会(ネフロラ)はそのようですが、現場サイドの考えは違うみたいですね。西海も悩んでいるようでした」

「例の噂か?」

「ええ」


 噂は一大の耳にも届いているが、彼にもその出所はわかっていない。


「隊長は何かご存知なんじゃないですか?」

 

 チクリと刺さるような声に、一大は顔を強張らせる。


「私は護がやったことではないと信じています。隊長も、そうなんじゃありませんか?」


 茉陽の視線が真っ直ぐ一大の目を捉えている。昔と変わらぬその大きな瞳は、硬くなっていた一大の頬を緩める。


「なるほどな。そうか」

「何が、「そうか」、なんですか!?」

「朝比奈が死弾(ザダ・テルブ)と呼ばれていた頃、奴の内面を唯一見抜いたその眼力を、私は信用している」

「隊長……」

「今日天野に会いにきたのは、それを確かめたかったからだ。天野の目に、朝比奈はどう見えていたかを、な」

「人のこと、嘘発見機か何かと思ってます?」

「許せ。私も朝比奈のことを信用していない訳ではないが、悪い条件が揃っている。だから、あいつのことを一番理解している者の意見が欲しかった」

「じゃあ、隊長も犯人は別にいると?」

「我々の仲間が1人、朝比奈と同じように行方不明だということも聞かされているのだろう?」

「島津さん……でしたっけ? 何度かお会いしたことはありますが、とても真面目な方だった印象です」

「あの若さで日之宮流師範代と認められた優秀な男だ。私もいずれ直属の部下にと考えていたほどのな。だが、島津の住まいから朝比奈の計画と思わしきメモが見つかった」

「……それは、本当に島津さんが残したものですか?」

「間違いなく島津が書いたものだと確認されている。しかし……」

「なんです?」

「私も島津とは訓練で何度か手を合わせたことがある。非常に几帳面で、自分に厳しい男だ。仕事の机からも、その様子は見てとれる」


 上着の内ポケットから数枚の写真を取り出し、一大はテーブルの上にそれを並べた。写っていたのは、法執行機関(キュージスト)日本支部にある島津の机。そして、彼の家の中の写真。一大が口にしたメモも写真に収められている。書かれていたのは、光の柱の発生日と時間、そして場所と合流する予定だった人物、朝比奈 護の名前。

 机はどちらもきっちりと整理整頓されている。されすぎている。モデルルームの写真かと思うほどに。


「まさかとは思いますが、島津さんにPCL-R (Psychopathy checklist-Revisedの略。いわゆる精神病質者の診断基準)をやるべきなんて話、出てたりしてます?」

「一部ではそんな声も上がっているな」

「海外ドラマの見過ぎだって言ってください。調査機関(ヴェストガイン)の人たちが聞いたら笑われますよ」

「だろうな。元より几帳面だったことは部下が確認している。だからこそ、このメモだけがどうにも気にかかるのだ」

「まあ、これだけ整理されている中では不自然ですよね」


 机の引き出しの中、整理された小物の中に隠すようにメモはあった。誰もがそれを見て、島津は協力者の1人だったのだろうと考えていたが、一大は違った。


「私は、島津が訳あって残したものではないかと、そう考えている」

「つまり、この計画を知らせたかったと?」

「いや……もしそうなら、計画を実行する前でなければ意味はない」


 メモが写された写真を手に取り、一大は書かれている言葉をじっと見つめる。人を見る目にはそれなりの自信が、彼にはあった。そして、信頼してきた者たちに裏切られたことは一度もない。


(私が間違っていたのか……(いさお)……)


 個人の感情だけで物事を判断するのは馬鹿げている。そう自らに言い聞かせながらも、島津を犯人の1人とすることに、一大は迷いを拭えずにいた。

およそ半年ぶりの更新。少しずつ再開ペースをあげれたらと思います。


さてさて、主人公たちの場面から離れて元の世界のお話。よく分からん状況に、いろんなところで疑心暗鬼が生まれていますね。

果たして、誰の考えが正解なのか。私にもわかりません!(大嘘)


そういえば、紅野のおばあちゃん久々の登場でしたね。かなえちゃんの師匠だったんですね。驚きですね。

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