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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
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第23話 知らぬもの 朝比奈 護

「これが……」


 守護者の森を抜け、いくつもの丘を超え数日。護は今、オーツフの首都を目指し進んでいる。乗っているのは、魔道車(アーク)と呼ばれる不思議な乗り物である。

 護が乗っている籠は、一見するとワンボックスカーのような形状をしているがタイヤはない。地面から数十センチ浮き上がっており、それを同じく宙に浮いた二つの分厚い車輪が引っ張って動いている。護は車輪を見てマインローラーを思い浮かべたが、決して地雷処理装置などではない。

 空気で足場を作る魔法、一定方向にものを回転させる魔法、そして接触したものと反発し引き離す魔法を用いたこの世界における移動手段。天然魔道具(ラルタンマイト)が用いられており、動かすには自分の魔力が必要なので自動車ではなく自転車に近い。

 速度を出すにはそれなりに魔力を消費するので、長距離を移動する際はあまり早く動かせない。しかし、どれだけ重いものを載せても速度に影響が出ないため、商人には重宝されている。それ以外では離れた町への移動手段としてバスのようなものが国の管理のもとで運行している。個人で持っているものは少ない。必要な天然魔道具(ラルタンマイト)が高価なためだ。


 ヴィルデムでも貴重なこの乗り物に同乗しているのは、運転しているジノリトの他にアーネストとアディージェ、そして灯真である。メンバーを選んだのはジノリトだ。


 数日前、ジノリト宛にオーツフ王から2枚の書面が届けられた。そこに書かれていたのは、現在オーツフで起こっている問題についての謝罪。そしてもう一つは、その問題に関する会議への案内。

 本来であれば、行くのは呼ばれているジノリトらフォウセだけでよかった。しかし、ジノリトは襲撃を受けた探求者(レクイース)の町の代表として、アディージェを同行させた。また、手紙にロドを通ってきたと思われる者たちを保護していると書かれていたことから、護や灯真も同行させることに決めた。3人とも拒否はしなかった。最も、灯真は自分で意思決定ができる状態ではないので、彼の分を決めたのは護だが。


 進行方向に見えたものが気になり、護は窓を全開にして顔を出す。彼の目に映ったのは、町を囲む20mを超える白い壁。丁寧に磨かれた凹凸のない滑らかな壁面は、雨風に晒されているとは思えないほど美しく、まるで芸術品を見ているかのようだった。


『オレも見んのは初めてですが、これが噂に名高い境界壁(レイブウル)てぇやつですか』

「レイブ……ウル?」

『このグランセイズを守るために作られた特別な壁で、どんな損傷も直っちまうってぇ話です』

「そんなすごい技術があるんですか!?」

『偉大な先人が作り上げたもので、誰も同じものは作れてないそうですよ』

「すごい……」


 アディージェとアーネスの話に興味をそそられた護。一体どんなものなのかと、無意識に魔力の膜を飛ばしていた。膜が触れた瞬間、白かったはずの壁面が微かに赤みを帯びる。


「魔力抵抗がある……魔法で作られたものなのか……」

『マモルさん……もしかして今……探知(デクトネシオ)使った?』

「すみません、ちょっと気になってしまって」

『いやいやいやいや、そいつぁまずいって!』

『どうしたものか……』


 ジノリトがそう呟いた直後、大きなドラでも叩いたような音が繰り返し聞こえてきた。目と鼻の先にある門では、町に入ろうとしている人の行列が門の外に押し戻され、金属製の格子が道を塞いだ。壁の上では白い鎧を身に纏った兵士たちが集まり周囲の警戒を始め、町に入れなかったものたちは誰がやってんだと怒りを露わにしている。


「これは……」

『すまない、マモル。事前に伝えておくべきだった』

「え?」

『あの壁は、魔力に反応して赤く色を変えるんすよ。外から来る敵の攻撃を察知するために』

「あっ、それで!」


 護は改めて自分が地球ではなくヴィルデムに来ているのだと思い知る。地球では探知(デクトネシオ)に気づく人も物も滅多にない。あるとすれば、魔法使い同士の戦いの場だけ。見知らぬ場所でそれを使って情報を得ようとするのは、護の長年の癖であった。

 

 門の前では、痺れを切らした男たちが怪しい人物に片っ端から詰め寄り、殴り合いの喧嘩も始まっていた。兵士たちは最初こそ本当の犯人を見つけるべく冷静だったが、周囲の様子に感化されてしまったのだろうか。それとも我慢の限界を迎えたのだろうか。騒ぎを起こす者たちを力づくで1人残らず拘束していく。


『これじゃ、しばらく門を通してもらえないわ……』

「すみません、私のせいで」

『仕方ない。少々荒っぽい手段に出るとしよう』


 ジノリトはそういうと、魔道車(アーク)を運転するための肘置きから両手を離し、グッと力を込めて指を組む。彼の体の内側で作り出された魔力が徐々に手の中に集められていく。



オーセァウ レドヌス

 それは雷


イークセウゾウス ルプフェロウラオー

 空へと叫ぶ 力強き咆哮


オーセァウ イナウク

 それは鎖


クウトトイウオウ エビグロフトン テルボウサォウ アグデノーブ 

 触れるものを許さぬ 絶対の戒め


デティレウニノームァウ、アーネス・リューリノン スデリトンニーム

 受け継ぎしは、アーネス・リューリンの心の名


ドニービナウク・ブレドルヌス

 縛鎖の霹靂



(ジノリトさんは一体何を……)


 ジノリトの呟いた言葉に護が疑問を抱いたのも束の間、彼が組んでいた指を解き両手を広げた瞬間に護の意識は別のものにもっていかれる。


『ぐあっ!』

『ひいいいいいい!』


 門から一番離れた位置、まだ兵士たちが対応し切れていない男たちを、轟音と共に出現した光の線が貫いた。立ったまま体を痙攣させる彼らの姿に、それまで騒いでいた人々は静まり返る。兵士たちは人々をかき分けて列の最後尾まで急ぎ、そして見つける。20m以上離れた位置にいるジノリトたちのことを。


「今のは……アーネスさんの……」


 それまで座席に座ったままだった灯真の目は、護やアディージェたちの隙間からその光景を捉えていた。聞き覚えのある音と、既視感のある光景。それがアーネスが使う魔法だと気付くのに時間はかからなかった。それは護も同じだ。


「どうしてジノリトさんがそれを……」

魔術(ラーズィムル)だ。そちらの世界にもあるだろう?』


 魔術(ラーズィムル)とは、他人の魔法を真似る技術のことである。護もその言葉を知らないわけではないが、地球側のそれとジノリトが今使ったものではレベルが違いすぎた。

 地球側の魔法使いでは、ここまで再現度の高い魔術(ラーズィムル)を使えるものはいない。というより、使おうとはしない。やろうとすれば大量の魔力を消費してしまうため、有用ではないからだ。しかし、ジノリトはどうだろうか。先ほどまで魔道車(アーク)を動かすために魔力を消費していたにも関わらず、疲れている様子はまるでない。


「あるにはあるのですが……」

『お父さん!』

『うむ……マモル、話は後にしよう』


 壁の上で待機している兵士とは違う、白い重厚な鎧を身の纏った兵士たちがジノリトたちに近づいてくる。歩いてではない。走っているわけでもない。ローラーブレードやスケートの動きに近いだろうか。着ている鎧の重量を感じさせず、地面を滑るようにして彼らはやって来た。


『貴様ら、そこを止まれ!』


 リーダーらしき人物が、魔道車(アーク)の正面までやって来る。手に持った警棒のように見える武器の先端には、薄い緑色のインクが揺らぐガラス玉が付いている。魔道具(マイト)であることは明白であった。

 彼についてきた4人の兵士たちは後方に待機し、手に持った杖をライフルのように構えて待機する。壁の上で警戒していた兵士たちも同様だ。杖の先端にも、色の違う魔道具(マイト)が取り付けられている。


『ここがオーツフの首都、グランセイズとわかっているのか!?』

『騒がしくしてしまったのは申し訳ない。こちらも急ぎの用事なのだ』


 魔道車(アーク)を降りたジノリトは、彼らに1枚の書面を見せる。それは、オーツフ王から送られた会議への案内状であった。


『それは!?』

『私はフォウセの長、ジノリト・リューリン。オーツフ王からの召集を受け守護者の森より参上した。すまないが、待っている者たちよりも先に通してもらえるだろうか?』

『どっ、どうやってそれを証明する!?』

『どうやってって……この案内状見てわからねぇのかよ!』


 警戒を解かない兵士たちに声を荒げたのは窓から顔を出したアディージェだ。彼の声に兵士たちの緊張が一気に高まる。


『申し訳ないが……そう簡単に信じるわけにはいかないのだ……その書面を預かり確認を取らせてもらう必要がある』

『お前らなぁ』


 外に出ようとするアディージェの口を、護が両手で塞ぐ。アーネスも彼の服を掴み、魔動車の中に引き戻す。


『そこまでしなければならぬほどの状況ということか……承知した』

『……ご理解いただき、感謝します』


 案内状を預かると、兵士は1人で門の方へと戻っていく。他の4名はまだ武器を構えたままだ。


『みんな、辛そうな感じね』

『フォウセの長を間違えでもしたら大問題だからじゃねぇんすか?』

『いや、そうではないな』


 守護者の森で暮らすフォウセらは、他の種族に比べ状況察知能力に優れていると言われている。それは地理的なことだけではない。周囲にいる生き物たちの気配にも非常に敏感なのだ。

 ジノリトやアーネスは、警戒を解かない兵士たちを哀れむような目で見つめる。彼らが感じ取ったのは、疲労感。ロドの開放からすでに4ヶ月が過ぎているが、この地を守る兵士たちは今日に至るまで一切警戒を解いていない。肉体的にも精神的にも、彼らは疲弊しきっていた。

一気に時間が進み、護たちは森を離れて王様のところへ。

しかし、主人公なのにやらかしてくれましたねぇ。魔法が当たり前に存在する世界で何をやってるのやら……。

このまますんなり通してくれるといいですね。書面を受け取った兵士が最後に敬語になったあたり、信用してくれてるような気がします。


それはそうと、この世界で初めての魔術の描写でしたね(多分)。

ただ灯真が使ったのと同じはずなのに、1章で彼が唱えたものとは違いましたね。

その辺はまた次回以降に解説できるか……な?

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