表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
76/106

第8話 見えないもの ????

 少年は自分に起きた状況がわかっていなかった。友達と遊んだ帰り道、忘れ物を思い出し遊んでいた場所へと戻る途中だった。ロータリーを挟んで向かい側から女の子とその母親が楽しそうに歩いているのが見えたのを覚えている。


「……寒い」


 さっきまで陽が落ちてきても汗ばむような暑さだった。なのに今は秋頃を思わせる寒さで、汗に濡れたTシャツが少年の体温を奪っていく。震える体をどうにかしようと、必死に腕を摩る。


 この場所が見知ったあの道でないことは明らかだった。膝をついて疼くまる少年の膝と手は、アスファルトではなくサラサラとした砂と尖った石を感じる。


「誰か……誰かいませんか!?」


 声を振り絞って助けを呼んでも、自分の声が微かに木霊するだけ。風に揺れる草の音すら聞こえず、少年の心に不安が募っていく。唇がわなわなと震え始め、喉を締め付けられているような感覚が少年の発声を妨げる。


 思い出すのは、歩いている最中に突然目に痛みが走ったこと。そして目の前が真っ暗になり、その直後には不思議な浮遊感。足元に地面は感じなかった。しばらくその状態が続き、ようやく地面に膝が着いたと思ったらこの場所だった。

 

 今も少年の目には何も映らない。痛みに堪えて必死に瞼を上げようとするも、その目が光を捉えることはなかった。顔に手を近づけるが、あまりに強い痛みが肌に触れることを躊躇わせ、頬を伝う液体が涙なのか血液なのかも少年にはわからない。手を広げて何か無いかと周りと探るが、手に触れるものは何もない。


レアムト(止まれ)!』


 いきなり聞こえた男性の声。それが前でも後ろでもなく上からだと気付いた時には、少年は頭を地面に無理やり押し付けられていた。肌に伝わる硬さと冷たさが、少年の頭に触れているものが金属性のものだと教える。


オムドーク(子供)?』

ロヒスフイク(注意しなさい)。ウォイエリウ エルーレリ(痛い目を見るわよ)ズィク』

『イァエ ルヒス。ラル(わかってますよ)シュ イーウ クイトシール(とりあえず)ト ミウ イーアイ ズァモ(連れて帰りますか)ティウ ?』

『ヘイア。エウ ミー(そうね)グニ スクズィクト(怪我をしている)デナ イァエ イ(ようだし)ン レムオト(凍えて)ム ミウ オーテ(死なれても)レクオーグ オ(困るわ)ト ヌヒス』 


そばにいる男女は聞いたことのない言語を口にしている。少年は押さえつけられて身動きが取れない。目は相変わらず何も映さずズキズキと痛みが続く。この場所がどこかもわからず、少年の不安がどんどん大きくなっていく。


「オイ イァングエ(動くなよ)ーコ」


 男がそういうと、少年の頭を押さえていた金属が離れる。ほんの少しだけホッとしたのも束の間、今度は腹の下を何かが通り少年の体を持ち上げる。


「助けて! 誰か!」

イァンロエラバ(暴れるな)!」


 手足を激しく動かし、悲鳴にも似た声をあげ少年は抵抗する。彼の豊かな想像力が、この先に起こるであろう未来の鮮明な映像を頭の中で作り出していた。

 少年は2人から逃げようと自身を持ち上げているモノを手で掴む。筒状のそれは硬い金属で覆われているようで、氷のような冷たさに驚き一瞬手を離してしまったが、再びがっちりとそれを掴むと自分の体から引き剥がそうと力を込める。


「イァエ ストム エイァ (仕方ないわね)クアトネス」


 女性の声と共にガサゴソと物を漁るような音が聞こえる。


(早く逃げないと)


 焦る少年の頭に硬い何かが触れる。先ほどまで頭を押さえつけていたものと同じかと思ったが、伝わってくる温度が違う。


レウメン(眠りなさい)


 女性の言葉と共に少年に襲い掛かる強烈な睡魔。必死に抵抗するも意識が遠のいていき、手足に込めた力が抜けていく。


(なんで急に……眠く……)


 それが女性の使ったモノの効果であることに気付かぬまま、少年は深い深い眠りに落ちた。




 完全に脱力した少年の体を男性が肩に担ぐと、女性は手に持ったランタンを近づけ少年の傷ついた瞼をじっと見つめる。傷は瞼を切り裂き眼球にまで達しており、血と共に別の液体も一緒に頬を伝っている。すぐに女性は腰に携えたポーチの中から2枚の紙を取り出し、少年の傷を隠すように当てる。すると、紙に描かれた文字がうっすらと白い輝きを放つ。


「ヒィク オルフ オヌー(両目に1本ずつ)ノ エム……」

「ベヤム エウ ニーブ ス(岩トカゲにでも)タトゥ イーブ アウィゲ(やられたんでしょう)アトク」

「テレゥ スィーエ エーイン (この子以外何も)ユーティブ ティスゥ(何もいないじゃない) ムードク。デナ ティオ スィーエ ユオム(それに噛まれて) タウト テレゥ スィーエ エ(ないのは変でしょ)イァ カドナオータ」

ザウ セオド ウ(じゃあ団長は)ォイ ムオ オウク(なんだと思うんです)?」

「ン〜、ストレヌブ(仲間割れ)?」

「ティオ スィーエ オース(あなたらしいですね) ユーオイ」

「ザウ セオド ウォイ (どういうこと)ルイスイム!?」


 頬を膨らませる女性を見て、男性は微笑しながら少し離れた位置に置いてあったランタンを拾い上げて歩き始める。


イェウ! オレ(ちょっと)アトク イェム(答えなさいよ)!」

「スゥテル リオロ ティスゥ アメ(さっさと下りますよ)イ チュクィル」

「イァエ スィーエ オウク フ(団長は私なんだけど)ォ スキュアンド! イェウ、セオド ウォイ グニキウ(ねえ、聞いてる)ク イェム!?」


 道はところどころ地面に埋め込まれた石が光っており、それとランタンの灯りを頼りに進む男性を困り顔の女性が追いかけていく。


 3人がいるのは山の中腹にある開けた場所。彼らの後方には4本の石柱と、それに囲まれるように置かれた灰色の台座がある。石を削り出して造られたそれの中央には、虹色に輝くものを内包する握り拳大の水晶玉が台座に三分の一ほど埋まる形で置かれている。


 麓の町まで3人を導くように続く地面の淡い光の列。空には2つの大きさの違う月が輝き、冷たい風が肌を撫でる。ここはヴィルデム、北オスゲア大陸の中央にそびえ立つ聖山『ギルサードジィ』。異界との交流の地であったと伝えられており、3人の進む道や足元の明かりは少年がいた場所と麓を繋ぐために古の時代の職人が作り上げたものだ。しかし、現在は入山を禁じられており最後にこの道に光が灯ったのは今から50年ほど前、山の中腹にあるものを奪うために賊が侵入したとき以来である。


 山そのものが古代の遺物として認知されているこの場所で、天を貫く光の柱が目撃されたのは10分ほど前のことであった。北オスゲア大陸を統治する三大国『シルオウ』『スクテキア』『チャクオ』の王たちは、それが伝承にある異界への門『ロド』の開放によるものであると気付き、三国共同設立の平和維持特務部隊『ジェイニリーア スキゥア(虹槍騎士団)ンド』の派遣を決めた。そしてやって来たのがこの2人、首元を隠すアッシュグレイの真っ直ぐな髪の中にかき上げられた前髪だけが金色に染まっている丸目の女性イエリリーア モーテと、不機嫌になっている彼女のことを切長の三白眼で横目に見ながら淡々と道を進む銀髪の男性、副長のヘイオル ヒュートであった。



*******


「状況は?」

「最悪だな。どこもマスコミと野次馬だらけ。今からルーたちが調査を始めても、犯人の特定は難しいだろう……」


 協会(ネフロラ)本部の円卓に腰を掛ける男、協会(ネフロラ)南欧支部アーサー・ナイトレイ支部長は何度も右手の親指の爪を噛み、片足で床をコツコツと叩く。彼の前では調査機関(ヴェストガイン)中東支部ルイス・ブランド支部長が、腕を組んだまま左右に行ったり来たりを繰り返している。

 

「マモルが指名手配されているのはなぜだ? どこからそんな情報が?」

「日本からだ。彼が柱の発生した場所へ向かっていくのを見たと」

「アーサー、マモルがそんなことをすると本気で思ってるのか?」

「そんなわけないだろうが。しかし、一部の連中は本気でそう考えているようだ」


 眉を顰めながらアーサーは、円卓に置いてあった分厚いファイルをルイスに投げ渡した。


「これは?」

協会(ネフロラ)に提出されたマモルに関する調査報告書だ。私とルー、それにマヒロが()()()()()()()()()()()()が全て書かれている」


 ルイスがファイルを開き中を覗くと、そこには彼がある集団に暗殺者として育てられたこと、そして「ザダ テルブ(死弾)」というコードネームで数々の暗殺をこなしてきた事実が記されていた。


「どうして今さらこんなものが……」

「わからない。誰が作ったのかもな。お陰で、協会(ネフロラ)内部でも大荒れだ」

「マモルのいた組織を壊滅させたのは彼自身だぞ。それに——」

「それすら偽装だったのではないかと、そんな意見まで飛んでいる」

「こんなものを、協会(ネフロラ)は信用するのか?」

「普段だったらまずあり得ないことだが、マモルの目撃情報のせいでみんな疑心暗鬼になっているんだ」

「……なら私とアーサーで誤解を解けば」

「それにはルーやマヒロが交戦した記録は一切書かれていない。今さら真実を公表したところで、今度は私たちが組織の仲間だと疑われる。そうなれば、もっと動けなくなるぞ」


 目頭を押さえるアーサーの顔には疲労が色濃く表れている。朝から食事もろくに取れないまま状況の把握と関係各所との調整に動き回っており、ルイスとこうして話をする時間が作れたのも、アーサーのいたロンドンが深夜になってから。眠気が襲ってくるのも無理はなかった。


 ルイスの手はファイルを持ったまま震えている。アーサーの言う事が間違っていないと判断できる程度には冷静であったが、それが余計にルイスのストレスを助長させていた。


「ルー……どうしてだと思う?」


 一呼吸置いて、それまでとは違う静かな声でアーサーはつぶやいた。


「何がだ!?」


 アーサーとは逆に、不満が募っていたルイスは思わず強い口調で言葉を返す。


「なぜこの報告書に、ルーやマヒロのことが書かれていないのかってことさ」

「私たち以外に知らないのだから、書かれてなくても不思議じゃないだろう!」

「光の柱を発生させた犯人がマモルに罪を押し付けたいのなら、ルーやマヒロのことを書いていた方が都合がいいはずだ。協力者が明らかな方が、この件を調べている全員の目がそちらに向くだろう?」

「……そんなことをされれば、私たちは黙ってはいない」

「そうだろうな。私も同感だ」


 円卓から腰を離したアーサーは、ルイスに歩み寄ると手のひらを差し出す。それを渡せと言わんばかりに持っていたものを一瞥されると、ルイスはファイルを閉じてアーサーの手に置く。


「これを送ってきた奴は、そこまで計算していたんだろうか」

「何が言いたいんだ?」

「この情報のせいでマモルのことを知る私たちの動きは制限され、どの機関も混乱して初動が遅れた。偶然とは思えない」

「……計画的犯行か」

「わからん。ただ、目的がハッキリしない以上、それも考慮すべきかもしれない」


 光の柱の発生について、世界各地で報道が続いている。また起こるのではないかと深夜になっても野次馬やマスコミのカメラは消えない。


 各機関の長たちは考えあぐねていた。この時ロドは、興味本位で手を出させないためにそれを守護する一族の他は各機関の支部長以上にしか詳細を明かされておらず、法執行機関(キュージスト)にはただ『あの柱を発生させた犯人を突き止めろ』という指示だけが出されていた。しかし、現場からはアレが何だったのかと心配する声が上がり、捜査の手を止めるものも出始めていた。


 のちに、ロドに関する資料の閲覧レベルが支部長クラスから各機関長にまで引き上げられる原因となった『ロド異常開放事件』の始まりであったが、このとき魔法使いたちはロドに巻き込まれた子供たちの存在にまだ気付いてはいなかった。

1ヶ月ぶりの投稿となってしましました。

ええ、いろいろと大変でね。特に彼女たちのセリフを翻訳するのが……


さて、今回現れた少年のことはこれまでのお話を見ていればすぐに気づくことでしょう。

そうです。彼です。


護や灯真の過去にさっさと触れていきたいところですが、彼のことも書いていかなければならんと

そう思っての第8話になります。


連れてかれてしまった彼に待ち受けるのはどんな出来事なのか……

そして、事件の捜査を思うように勧められないルイスやアーサーたちはどう行動していくのか


頑張って書いていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ