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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
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第36話 探るもの 朝比奈 護

「」は日本語、『』はそれ以外の言語での会話を表しています。

基本的に護以外はみんな、日本語を喋ってはくれません。

『そんな足跡でどうするんすか?』

『足跡の主がどこにいるのかを探ります。アウストゥーツさんか、彼の仲間のものだといいのですが』


 形を入念に見て、護はそれがアディージェやラーゼア、そしてヴァイリオのものではないと確信する。


『アウストゥーツの足跡はないっすよ』

『無い?』

『事実。少なくともここにはない』

『奴はリウクオウではない。我々と違い空は飛べないはずだ』


 ラーゼアとヴァイリオの発言に驚いていたのはヒュートであった。護は二人の言ったことに心当たりがあるのか、口元を指で触れながら足跡の残る地面を見つめている。


『是。奴はセルピター (記録保管庫ヴェイクラウの「ある研究員の記録〜ヴィルデムの生態系について〜」を参照)の。ヘイオル氏のように飛ぶ能力は持たない。障壁(エービラル)を常に足元に展開しているのだ」


「エービラル?」


 障壁(エービラル)は本来、魔法による攻撃を防ぐために使う、魔力を用いた基本技術の一つである。魔力抵抗を利用しているため、それなりの魔力を消費すれば足を乗せて空中を歩くことはできるだろう。


『憧れて真似してる奴らもいたっす。オイラたちも高いところの作業で似たようなことをするっす。1回やるだけでも大変っすけど、アウストゥーツはそれをいつもやってるっす』

『通りで』


 森の主の寝所でアウストゥーツと戦った後、護は彼の行方を探ろうした。アディージェのように追うためではなく、再び現れないか警戒して。しかし、ラーゼアに突き刺さっていた槍は、触れば刃が飛び出してくる恐れがあり使えない。そこで、アウストゥーツの足跡を利用しようと考えたのだが、あの男が立っていたはずの場所にはそれがなかった。

 疑問が晴れた護は少しすっきりとした様子を見せるが、状況にそぐわない表情にヒュートは困惑する。


『何を喜んでいる?』

『いえ、守護者様のところでも足跡がなかったので、てっきり魔道具(マイト)か何かを使っていると思っていたんですが』

『普通じゃないっすからね』

『どれほどの鍛錬を積めばあの領域に辿り着けるのか分からぬ』


 ヴァイリオの言葉が、ヒュートの顔を曇らせる。彼らの言う通り、常日頃から足元に人体を支えられるほどの障壁(エービラル)を展開させるなど、常人のすることではない。 

 黒い雨事件以降、自分の無力さを嘆いたヒュートは休まず鍛錬を積んだ。副団長として認められてもなお、自分を追い込む姿は団員達の良き手本となった一方で、団長からは心配され続けている。


『がむしゃらに鍛えても、体を壊すだけだよ』


 団長の言葉の意味がわからないわけではなかった。それでも、あの悲劇を思い出すたびにヒュートは止められなかった。同じ結果になるのを恐れた。そのおかげか、それなりに強くなったという自覚はある。しかし、自分が奴と同じことをしたらどうなるか。そんな想像をすればするほど、自分とアウストゥーツとの力の差を思い知らされていった。


「仕方ない。片っ端からやるか」


 ヒュートの様子に気付きながらも、護は彼に声をかけることはせず腰につけていたポーチから小さなノートとペンを取り出す。こちらの世界に来たとき、唯一持ってこれた向こう側の品。最初のページには仕事の時に取ったメモが残っており、護に調査機関(ヴェストガイン)の仲間達を思い出させる。

 

『何をするつもりなんすか?』

『ここに来たアウストゥーツさんの仲間達の足取りを追います。ヒュートさんも、手伝ってもらえますか?』

『……奴の居場所が分かるのであれば』


 護は早速作業に入った。この場に残された足跡一つ一つに魔法を使い、持ち主に向かう線を確認すると、見開きのページに矢印を書いていく。見えた線の細さは、持ち主までの距離を示す。ページに矢印を書き込むときには、線の細さも比較できるように書いた。ひたすらその作業の繰り返し。ヒュートとラーゼアには自分らとは違う足跡の確認を。残されたヴァイリオは、この作業に時間がかかることを予測していたのか、休める場所の準備をしていた。

 集落全体を確認し終えたときには、太陽が西に傾き、わずかに空がオレンジ色へと変わっていた。見開きのページを埋めた矢印は、大きく二つに分かれた。


『どうした?』

『ラーゼアさんたちがアウストゥーツさんと一緒にいた場所はどっちの方向ですか?』

『それなら向こうっすね』


 護の持った小さなノートをヒュートが覗き込む。ラーゼアが指し示した方向は、ノートに書かれた矢印のどれとも合わない。


『この方向は……グランセイズの方向だな』

『もう一つの方は、キフカウシ(南の国)の方っすね』

『仮に片方がクランセイズを指してるとすると……こっちはそれよりもかなり離れていると思います』

『であれば、ドーケリュンかもしれん』


 そういって現れたヴァイリオが、お盆に乗せた3つのカップを護たちに差し出す。


『ちょうど喉乾いてたっす』

『休息。これ無くして、正常な判断は出来ない』

『ごもっともです』

『ドーケリュン……確か、キフカウシの首都の?』

『然り。港町として最も栄え、国内外の商人や地方から稼ぎに来るものも多い。自分らに賛同する者がいるかもしれないと、アウストゥーツが話していた』

『利益を求めるものと、今よりも良い環境を求めるもの。仲間に引き込みやすい人は多いでしょうね』


 地球で起こるテロと同じ。護はそう感じた。実際に自分がいた組織も、人のわずかな不満や願望を聞き、受け入れたフリをして誘導し仲間を増やしていた。そうやって集まった人々が簡単には止まらないことも、護は理解している。

 アディージェたちと戦っていた時のように、アウストゥーツが本性を現してくれたら説得を受け入れてくれる可能性はある。だが、それは小規模の戦いに限る。人数が多くなるほど真実は届かず、争いは止まらない。時間がかかればかかるほど状況が悪くなるこの事態に、護は頭を悩ませた。


『ていうか、アウストゥーツの仲間がもうグランセイズにいるってことになるっすか!?』

『マモル殿の書いたこの矢印が人数を表しているとするなら、2割ほどがすでにいることになるか……』

『街の中に入っているかはわかりません。グランセイズは検問でそう簡単には入れませんし、近くの村に滞在している可能性も』

『人数の多さを考えても、主力はキフカウシの方角にいると見るべきだろうな』

『じゃあ、行くのはあっちっすね』

『待て』


 歩き始めようとするラーゼアの首を、ヴァイリオが力強く掴む。


『痛いっす。何するんすか!』

『愚問。今から向かったところで、途中の村に着く前に陽が落ちる。今日はここで泊まるのだ』

『そんな時間は』

『同意。しかし、急いだところで疲弊していては、ピオリアの敵討ちなど不可能』


 ヴァイリオの言葉を受け、ラーゼアの顔に悔しさがはっきりと浮き出ていた。それまで明るく振る舞っていた彼のそんな表情を見て、ヒュートは静かに足を進めラーゼアの隣に立つ


『私も父の仇討ちのため少しでも早く奴の居所を掴みたい。できることなら今すぐにでも動きたい。しかし、奴は強い。万全の状態で挑まねば勝ち目はない』

『ヒュートさん……』

『団長によく言われるのです。止まることも時には必要だと。ラーゼア殿、我々には今それが必要な時かもしれない』


 ラーゼアの眼前に、ピオリアの幻影が映る。それは彼が遠征に出る前、最後に会った時の彼女の姿。彼女は心配そうな様子で何かを言っている。


『そう……っすね。最後にピオリアに会った時も言われたっす。どんなときも、焦ったらダメだって。オイラ、すっかり忘れて……』

『……涙は決して悪いものではない。ここはまだ、戦場ではないからな』


 赤く染まる空の下、一人の男の叫びが木霊する。愛する人の幻が、死してもなお自分を心配するその顔が、これまで押さえ込んでいた感情を溢れさせた。

 ヴァイリオは、友がようやく見せた姿から目を背ける。自分やアディージェのことを気遣って、悲しむそぶりを見せなかったことは気付いていた。ヴァイリオの心情を察したのか、彼の肩に護がそっと手を置いた。

 ヒュートは決して彼の方を向かず、隣に立ったまま沈み行く太陽を見つめ、父の背中を思い出していた。


《決して見誤るなよ、ヒュート。倒すべき相手を。救える命を》


 それが、黒い雨事件のときヒュートが聞いた父の最後の言葉だった。

ラーゼアァァァァァ!(泣)


せっかくの護のお仕事タイムかと思いきや、ふざけた口調とは裏腹に悲しみに耐えてきたラーゼアの胸の内を知る回になってしまいました。仕方ないですよね。


さてさて、徐々にアウストゥーツさんに近づきつつあるわけですが、はたして見つけられるんでしょうかねぇ。

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