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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
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第32話 羽を伸ばすもの イエリリーア・モーテ

「」は日本語、『』はそれ以外の言語での会話を表しています。

基本的にみんな、日本語を喋ってはくれません……。

『出し過ぎ!』

「はっ、はい!」


 早朝、グランセイズ城内の演習場に響き渡る声は多くの人々の注目を集めていた。フォウセの女性に、異界から来た青年が指導を受けている。異界の者たちが魔力の使い方を知らないということは知れ渡っていたので、この世界の子供が受ける教育を施されているのだろうと、使用人たちは暖かい目で見守っていた。


『ちょっと出来るようになったからって調子に乗るんじゃないの!』

『ごめんなさい……』


 叩かれた頭を押さえる灯真の表情から、アーネスが平手に込めた力の具合を察することが出来る。自身の鍛錬ついでにと付き合っているアディージェは、哀れむような視線を彼に向けている。


『何度言ったかしら。強い力を求めるなら?』

『自分自身と向き合い理解しろ……です』

『そう。まだわかってないから無駄に出しちゃうの。そんなんじゃ、すぐに魔力切れよ』

『まぁまぁ姐さん。別にトーマはオレみたく強くなりたいってぇわけじゃないんだし、そんなに厳しくやらなくったっていいんじゃねぇんすか?』

『そういうわけにもいかないわよ。驚くたびに魔法が出ちゃうんだから。今のうちにしっかり制御出来ないと、後で困るのは灯真の方』

『そりゃわかりますけどもぉ』

『僕も……これ以上迷惑かけたくないから……』


 灯真の潤んでいた目に力が入る。頭に置いていた手を離し、人差し指を軽く額に当てた。それは、護から教わった方法。人差し指が触れているところを意識し、魔力の操作を1つに絞って集中させる練習。


 人によっては、指先を見つめて意識を集中する方法を取るというが、護がいうには指が触れているところを意識した方が初心者は簡単なのだという。これには、魔力操作に長けたヴィルデムの住民であるアーネスとアディージェも感心していた。


 灯真はゆっくりと瞼を閉じて、指先が触れている1カ所を意識する。そこに向かって体内の魔力を動かし、体外へ放出。自分の周りへと広げていく。次第にアーネスたちの輪郭が頭の中に浮かび上がっていく。だが、ハッキリは見えない。ピントが合っていない写真のように線がぼやけている。


(おかしいな……)


 灯真の意識が、次第にアーネスたちの姿を表す線へと集まっていく。


『ほらまた!』


 アーネスが動いたのは理解できていた。だが、その動きの詳細を知る前に灯真の頭に鈍い痛みが走った。再び灯真の手は、頭の上に移動する。


『あたしたちの周りにどんどん魔力が集まってたわよ!』

『そんなつもりは……』

『トーマ、オレたちの姿にだけ集中しちまったんだろう』

『見える……けど……なんかぼやけてて……』

『オレも初めて教わった時はそうだったぜ。線をハッキリ見ようとするほど、そこに魔力が集中しちまうんだ。けど、それじゃあこの訓練の意味がなくなっちまう』


『面白いことしてるね』


 俯いていた灯真の視界に入ったのは、高いヒールのブーツ。視線を上げていくと、まだ見慣れていない女性の姿があった。アッシュグレイの長い髪が微風に靡き、隠れていた首筋が顕になる。一部だけ金色に染まっている前髪を右手でかき上げる姿が、守護者の森で出会ったメヒー・クオルに似た大人の色気を感じさせる彼女は、イエリリーア・モーテ。虹槍騎士団の団長であった。


『モーテさん、おはようございます』

『おはよう、アーネスちゃん。それと、アディージェさん、だっけ』

『うす……』

『えっと、君はトーマちゃんだったよね、おはよう』

『オッ……オハヨウ、ゴザイマス』


 リウクオウ(アーネスたちの使う東大陸の言葉ではセヴァ)と呼ばれる種族は背の高い者が多い。モーテも190センチという高身長で、120センチほどのアーネスト比べると、その高さがよくわかる。さらに、彼女が着ている袖のないタイトな衣服はスレンダーな容姿を際立たせ、アディージェと灯真は彼女を直視出来ずにいる。


『朝から練習?』

『ええ。魔力の扱い方がまだ不慣れなので』


 立ったまま手足を伸ばして体をほぐすモーテ。バランスを崩さず、同じ位置を保ったままその作業を行う姿は、彼女の体幹の強さをアディージェに知らしめる。滅多に会うことのない種族であることもそうだが、容姿と所作の美しさは、演習場に立ち寄った使用人や兵士たちの足を次々と止めていく。


『ミツヒデちゃんに聞いたけど、魔力を使わない生活をしていたんだもんね』

『はい……』

『大丈夫。上手に使えるようになるから』


 モーテは腕を伸ばし、そっと痛がっている彼の頭に手を置いた。慣れない女性からの対応で、灯真の肩に力が入る。「照れてやがる」とニヤニヤしていたアディージェだったが、彼の視線の端に異様な気配を放つ者が映った。アーネスである。目を細めてじっと灯真を見つめる彼女に、アディージェは恐怖と共にとまどいを覚えた。


(姐さん……トーマのことになるとやっぱ変だな……)


 どう言葉に表していいかわからない彼女の変化を、ジノリトは理解しているようであった。しかし、共に過ごしてきたラーゼアとピオリアが付き合い始めたことにも気づかなかったほど、アディージェは男女関係の変化に鈍い。ヴァイリオが呆れるほどに。そんな彼が、アーネスが今感じているものに気付くわけがなかった。


『ところでモーテさんは……運動に?』


 いつもと同じ顔に戻ったアーネスは、モーテの着ている服を見て直感的にそう感じた。彼女の着ているタイトな服は、鎧の下に着込むもの。散歩をするための服装ではない。


『ええ。ちょっと羽を動かしにね』

『羽?』


 灯真の口から出た言葉に、モーテはニヤリと笑みを浮かべると両手を地面と水平に伸ばす。体は細いが、長い腕を真っ直ぐ伸ばすと、彼女自身が大きくなったように感じられる。微風が再び彼女の髪を靡かせると、モーテが小さく息を吸い込むのに合わせ彼女の腕から無数の羽根が生まれていく。髪の色と同じそれはどんどん増えていき、ものの数秒で彼女の腕は羽根で覆い尽くされ立派な翼に姿を変えた。

 

「ええええええ?」

『ふふふっ、ヒデちゃんに初めて見せた時もそんな反応してた』


 彼女が伸ばしていた腕を振ると、灯真に目を開けていられないほどの強い風が襲いかかる。次に目を開けたときには、モーテの姿はどこにもなかった。


『お気をつけて〜』


 そういってアーネスは上空を見上げている。何があるのかと灯真が上を向けば、先ほどまで目の前にいたはずのモーテが悠々と空を舞っていた。風に乗って飛び回る彼女に、街にいた他の鳥たちが次々と反応して後ろを追いかけていく。自然と編隊が組まれ、モーテを先頭にグランセイズの空で何度も旋回を繰り返す。街の人々の中には、その光景に驚き兵士に報告を上げるものもいたが、子供たちは彼女の飛ぶ姿に興奮し大きく手を振っていた。


『アーネス……さん……あれは一体……』

『彼女たち【セヴァ】はね、森の主様とご先祖様が同じなの。森の主様はご先祖様と同じ姿のまま生きているけど、彼女たちは長い年月を重ねて今の姿になった。でも、ああやって近い姿になることもできるのよ』

『トーマたちは出来ねぇのか?』

『えっと……』


 アディージェの問いに、灯真は迷う。騙そうとしている様子は全く感じられない。


『ちなみに、俺も出来るぜ』

「え?」

『ご先祖様に近い姿になれるってことよ。アディージェさんもあたしもね』

「えええええええええ!?」


 地球とヴィルデムの違いで何度も驚かされてきたが、これを超える驚きはなかった。のちに灯真は、ヴィルデムでの出来事を書き綴ったノートにそう記録していた。



********


 灯真たちがグランセイズで過ごしているころ。遥か南の国【キフカウシ】の首都【ドーケリュン】の酒場に、屈強な男たちが集まっていた。街の外縁部に位置するこの店は、出稼ぎ労働者たちの出入りが多いことで有名な場所だが、今日の雰囲気はいつもと少し違った。

 普段ならここは、仕事先であんなことがあった、こんなことがあったと、首都の外や国外での出来事を共有し合う場である。キフカウシはセルキール大陸4大国の中で唯一の連合国家。多くは南側に点々と存在する島国で、内陸部の所有面積は4つの国の中で最も小さい。島の外、国の外へ働きに出るものも多く、こういった場所で共有される情報はとても貴重なのである。

 今日もまた、自分たちが手に入れた情報を共有しあっているが、その内容はオーツフ(東の国)に関するものばかりであった。


『すごいわね。アタシ、こっちじゃなくてもよかったんじゃない?』

『平和なんてのは嘘と妥協で出来てるもんだ。内側には誰もが野心を持ってる。俺はそれを隠さず本音で語り合おうぜって、そうみんなに伝えただけのことよ』


 酒の入ったグラスを揺らしながら眺める男は、後ろで束られた水色の髪の付け根が気になるのか、何度も細い指を突っ込んで頭皮を掻いている。カウンターで彼の隣に座り、テーブル席を埋め尽くしている者たちを眺めているブロンドの女性……いや、声からして男性だろう。彼は酒場にいる一人一人を観察し、様子を伺っている。


『これなら予定より早く計画を進められそうですね』

『んなわけねぇだろ。何のためにここで情報交換やってると思ってんだ』


 黒髪の男が口元を緩めていると、水色の髪の男は呆れたような口調でそう告げた。黒髪の男に眉がぴくりと動く。


『あら、随分とトモキに厳しいじゃない。あんたたちって似た者同士だと思うんだけど?』

『一緒にするんじゃねぇ。どちらかと言えば俺はアンタ寄りだ。自分の目的のためなら、力を出し惜しみなんてしない』

『まあ……私の力は交渉の役には立ちませんからね』

『そうねぇ。交渉というより拷問だわ』

『そうじゃねぇよ。わかるんだよ、オレには。自分と同類か、そうじゃないかってことがな』


 水色の髪の男は、そういって酒の入ったグラスを静かにカウンターに戻した。


『テメェのやりてぇことってやつは、確かにオレに近いかもしれねぇ。けど、違ぇんだよ。オレは目的のためなら何だってやる。必要な力があれば、それも手に入れる。使えるものは、何だって使う。だから、テメェとは違ってアンタの方に似てるって言ったのさ、お姉さん』

『あらやだ。アタシだって礼節は弁えて動くわよ』

『言ってくれるじゃありませんか……』


 黒髪の男はかけていた金縁メガネの位置を人差し指で直す。軽く笑みを浮かべてはいるが、その目からは怒りが溢れ始めている。


『そうやって顔に出てる時点で、認めちまってるってことだぜ。オレの言ったことの意味をよ』

『……殺します』

『はい、そこまでー』


 カウンターの中から現れた褐色の青年が、手に持った二本のダガーを二人の男の首元に当てる。水色の髪の男は抵抗するそぶりを見せない。しかし、黒髪の男はその刃を左手の指で挟み受け止めていた。


『喧嘩はよくねぇぜ、喧嘩は』

『サイード、邪魔をしないでください。さもないと、貴方も』

『俺も殺すってか? 何のためにここに来たか忘れてんじゃねぇよ』


 隣で嘲笑している水色の髪の男を睨みつけながら、黒髪の男はダガーを挟んでいた指を離した。


『暴れるの我慢できねぇってんなら、俺が相手してやんよ。ま、俺はお前と違って大人だから? まだ計画の時まで我慢できるけどな』

『アンタまで喧嘩売ってどうすんのよ』

『……子供の相手をする気はありませんよ』

『誰が子供だ、誰が!』


 黒髪の男から発していた殺気が薄れていく。声を荒げはしたが、褐色の青年はブロンドの男性と目を合わせ互いに肩を竦める。


『計画実行まであと少しですし。今日のことは大目に見ますよ。ただ……』


 水色の髪の男が置いたグラスを、突如小さな黒い杭が貫いた。カウンターの下から、分厚い木の板を突き破って。


『手元が狂って、貴方に攻撃が当たってしまっても怒らないでくださいね』


 さらに2本、3本と杭が突き刺さり、グラスは二つに割れてしまった。


『お〜、怖い怖い。怖いから俺は当日、後ろでこそこそ隠れてるとするさ』


 両手を上げて席を立つと、水色の髪の男は話を進めている別の男たちの会話に混ざりにいった。自分に対して向けられている微かな殺意を、気にするどころか楽しんでいるようにも見える。そんな姿に呆れながらも、ブロンドの男性の目は彼の姿を追い続けていた。懐疑心か、羨望か、ただの好奇心か。彼の心情を理解しているものはその場にはいなかった。

今回は日常回です。灯真君のお話です。

過去編ということで出さなきゃいけないセリフもあり、

ついでにヴィルデムの人の生態について、ちょっぴり情報を出しておこうと思った結果です。

これは1章の後半で専門用語が一気に出過ぎた問題があったので、その解決案の一つです。


灯真が驚いてこんな声を出すの初めてですね。最初で最後かもしれない……。

人の腕が突然翼に変わって空飛んでったら声もでるわ。


それと、西の大陸の常用語は東の大陸と違いますが、西から来たモーテさんはアーネスらと普通に会話してます。彼女ら虹槍騎士団の面々は今回のような外交任務もあるので、どっちの言語もぺらぺらです。要するに、頭いいんです。


明るい話題で終わらそうと思ってたけど、もったいないなと思ってちょっと不穏な感じを残しつつ次回に続きます。

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