Epilogue ──二人の夢
今も時々、あの夢を見る。
夢の中で独り、まっさらな地面の上に俺は立っている。
あちらこちらに矢印と看板のついた立て札が突き刺さった、不気味な雰囲気にまみれた風景。茫然と立ち尽くす俺の周囲を、数知れないほどたくさんの人間が行き交っている。
みんな、手元の手帳やスマートフォンを眺めたり、隣の人と話したりしながら、そして時にはぶつかり合いながら、俺の周りを自由に歩いている。
何が起こるわけでもない。ただ、そこには何もない。どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、誰一人として教えてくれない。そんな、冷たくて寂しい夢。
けれど、夢から醒めた世界も本当は同じくらい冷たくて、同じくらい寂しい場所なんだと知ってしまってから、何だかあの夢と現実の区別が段々と付けづらくなってきている気がする。
生きる道が決まっている人なんてほんの一握りだ。ほとんどの人は自分の人生を自分の目で見据えて、定めて、自分自身の足で歩いて行かなくちゃいけないんだ。そこには成功もあれば失敗もあるだろうし、ある日突然足元に大穴が開いて落ちてしまうような「理不尽」だってある──。
『前より難しいことを考えるようになったよね、キミ』
考え込んでいると、時折、そうやって隣で笑う声がする。
いつか俺が開いた穴に落ちかけた時、掴んで支えてくれたあの手の持ち主は、今も俺の傍らにぴったりと寄り添っている。初めは姿が安定しなかったけれど、長い時間のたった今ならば、それが誰なのかすぐに分かるようになってきた。
難しいこと……確かに、そうなのかもしれない。がむしゃらに走って恐怖から逃げ出そうとしていた昔の俺だったら、こんな俺を見て、どう思うんだろう。何かを失ったって思うのかな。オトナになったって思うのかな。朽ちかけた看板にそっと手を置きながら、ふっと考え込みそうになる。
『そんなにオトナになることを急がなくたっていいんじゃない?』
『急いでるつもりはないんだけどな』
『あんまり早いと私、置いていかれちゃうよ』
隣人は屈託のない声を上げた。病室の中、廊下、俺の家の中──あらゆる場所に現れては憑りつこうとした、あの真っ暗な少女の姿が、そこに見て取れた。
置いていくもんか。
答える代わりに俺も少しだけ、笑ってみる。
俺、知ってるよ。
いつどこが崩れたっておかしくない。どこが崩れるのか、どうして崩れるのか、誰にも分からない。そんな絶望的な状況であっても、冷静になって深呼吸をする暇さえあれば、人はきっと正しい道を選べるんだってこと。
そこにパートナーがいてくれれば、なおのことだ。──お前がずっと望んでいたのだってそうなんだろ。一方的に依存できるエネルギー源なんかじゃなくて、ともに先を見ることのできる隣人が、本当は欲しかったんだよな。なんで知ってるのかって? 本物のお前から、だいぶ前に聞いたんだ。
だからさ。その役目、これまでも、これからも、俺が背負ってみたいよ。
いつまでも隣にいて、考えたり悩んだり泣いたりして、最期の瞬間まで笑っていたいな。
どこからか大きな崩落音が響いた。俺も負けないように、声を張った。
『そろそろ、行こうよ』
『うん!』
どこにも落として無くすことのない、君と俺が、生きるわけ。
取り合った手のぬくもりに反応するように、行く手の空が今日も少し、明るく輝いて見えた。
Fin.




