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第8話

目が覚めると、身動きが取れなかった。

「ん?」

温かくて硬いものが身体に巻きついていて、その瞬間、昨夜のことを一気に思い出した。


――もしかして私、自分から誘った?

イヤ、間違いなく誘ったよね。

うわ……信じられない。



「ん~……あれ? もう朝? おはよ、加奈ちゃん」

私の身体に巻きついていた長い手足の持ち主が、さらに手足を巻き付かせながら眩しいほどの笑顔で囁く。


寝起きらしいその少し掠れた声にもまた、恋愛センサーが反応してしまう。


「お……はよう」

「うわ~。寝起きの顔もかわいい~。――やば、この体勢でその顔見ちゃうと……」

うん、しっかり反応して元気になってるね……?

まぁ、それ以前に朝だしね?


でも、無理!

昨日の激しさからまだ回復出来てないの!

私、インドア派なの。

体力ないの!


「……シャワー浴びたいから、離して?」

「え~~。……どうしても?」

「どうしても。朝ごはん、用意するし」

「う~~ん……。本当は離したくないけど、昨日ちょっとムリさせちゃったかもしれないし、ね」

名残惜しそうに大輝君の手足がほどかれていき、やっと動けるようになった。


「朝ごはん、楽しみ~」

そう言って満面の笑みを浮かべる大輝君を横目に、そのへんに落ちていた服を適当に着てシャワーを浴びに行った。


大輝君がシャワーを使っている間に、簡単な朝食を用意する。

トーストと目玉焼きにソーセージ、コンソメを使った野菜スープにコーヒー。

いつもの簡単な朝食メニューだけど、大輝君はイチイチ褒めてくれるので照れくさい。

本当に普段料理しないんだな。

短時間で出来たってだけで、感心していた。


「加奈ちゃん、すごいなぁ。 朝もちゃんと作って食べてるんだ? 俺なんて寮じゃなかったら、きっと朝はコーヒーだけで済ませちゃうよ」

「そういえば、寮って連絡しなくてよかったの? その……昨日帰らなかったじゃない……?」

「あぁ、大丈夫! 最初から夕食はいらないって連絡はしてたんだ。 昨日はなんとしても加奈ちゃんと会って、夕食も一緒に食べようって決めてたからね。 朝食はセルフスタイルだし、外泊は自由なんだ」


へぇ。会社の寮って学生寮とは違って、けっこう自由なんだなぁ。

そりゃそうか。社会人だもんね。

「寮ってどの辺? ここから遠いの?」

「えっ?……うん、いや、ここからだと電車で20分くらいかな」

ってことは、そんなに遠くじゃないんだ。


朝食後、どこに出かけるか色々案を出し合い、海の方まで電車で行って、新鮮な魚介類を食べようってことになった。

大輝君は一度寮に戻って着替えるって言うから、1時間後に大輝君の最寄駅で待ち合わせることにした。


待ち合わせのホームに行くと、一際大きな男の人……の側には2人の若い女の子。

ん~~。

これはアレかな?

大輝君が悩まされて(?)いるらしい、逆ナンですか?


ちゃんと逆ナン防止の「変装」スタイルなのに、それでも声かけられるってどんだけなの?

そりゃ、確かにイケメンですよ?

惚れたひいき目なしにしても、整った顔だとは思う。

でも「変装」状態の時ははっきり言って、フツウ。

っていうか、むしろ地味。

なのでちょっと不思議、なんだよね。

なんか異性を引き寄せるフェロモンでも出してるの?


――だとしたら、どんな物質だろう?

生物はあんまり得意じゃないけど、フェロモン物質自体には興味あるかも。

人間の汗に含まれる成分って、分解すると化学的には、え~っと……。

なんて考えてると、グイっと腕を掴まれてそのままホームに入ってきた電車に乗せられた。


「えっ? あ……大輝君?」

「加奈ちゃん、来てたんなら声かけてよ~。こっち見てるのに、近付きもしないで何か考え込んじゃってるから、なんか誤解してそのまま帰っちゃうんじゃないかって焦ったでしょ?」

も~~っって言いながら、笑顔で見下ろされた。


午前中の電車はそんなに混んではいなくて、一番端の座席に2人で並んで座った。

腕を掴んでいた大輝君の手は、今は私と手をつないだ状態だ。

それも、指を絡ませた恋人つなぎ。

それだけでも、内心ドキドキしてる。


「本当にモテるんだねぇ……?」

単純に感心して言った言葉に、大輝君は微妙な表情をする。


「あのさ、それ、もうちょっとイヤミっぽく言ってくれないかな……。いや、もちろん誤解されなくてよかったんだけど、そこまで全く気にもされないと、それはそれでなんか……俺のことなんてどうでもいいのかとか、ちょっと卑屈になるというか……」

「…………」

「うわ~……。メンドくさい男だよね? ごめん! でも本当にモテるとかじゃないから! ああやって声かけられることは多いけど、それって俺自身を見てるわけじゃないっていうか。……ごめん、意味不明だよな。とにかく、加奈ちゃんが不安になったりヤキモチ焼いたりすることは何にもないから! それだけは、絶対忘れないで?」

「うん?……わかった」


本当はよくわからないけど。

自分で自分のことモテるって言う人よりはいいかな……?



その日は昼食に美味しい海鮮丼を食べて、寒い寒いって言いながら海岸を散歩して、歩きながら見つけた海が見えるおしゃれなカフェでお茶を飲んで、私のバイトに間に合うように夕方には帰ってきた。


海鮮丼の店でも、カフェでも、大輝君が「変装」のマスクを取ってしばらくすると、何人かの視線を感じた。

明らかに大輝君を見て色めき立ってる感じだけど、彼の無言の圧力というか、オーラというか、とにかく話し掛けられない雰囲気をバンバン出していて、結局遠くから見るだけで近付いては来なかったけど。


ふと、車高で聞いた話を思い出す。


『――さすがと言うか、何と言うか。近付きがたいオーラハンパないわけ』


あれって、こういうことだったのかな~?

今ならそのセリフにも頷ける。


ただ、何て言ったらいいんだろう。

違和感を感じてしかたがない。

だって、イケメンってだけで、あそこまで反応するだろうか。

それも「変装」のマスクを取っただけ。

帽子もメガネもしてるのに。


実は、バイト先の主任が超イケメンだったりするんだけど、その人でもあそこまでの反応はされてないと思う。

やっぱ、何らかのフェロモン物質のせい??



この時感じた違和感はそういうことだったのかと、数日後、私は驚きとともに事実を知ることになるのだが。








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