第7話
そんな事を考え込んでいると……
「佐倉さん?」
名前を呼ばれてハッとする。
いつの間にか高橋君がすぐ隣にいて、私の頬に手を伸ばしてきた。
えっ?
「――ごめん、イヤなら言って? 今日は本当に何もしないって思ってたんだけど……。 やっぱ、抱きしめたいし、キスもしたい。本当に佐倉さんが俺の彼女になったんだって、そう思いたい。……ダメ?」
真っ赤な顔と、潤んだ熱っぽい目で、そんなストレートなセリフを言ってくる。
間違ってもスマートな口説き文句じゃないけど、恋愛慣れしていない、その一生懸命な感じにもうヤラレっぱなしの私。
考えるより先に身体が動いていて、彼の首に腕を回して引き寄せ、ふわりと唇を重ねた。
一瞬、高橋君の身体が硬直したと思ったら、次の瞬間思いっきり抱きしめられ、触れるだけだったキスは舌を絡める濃厚なものに変わり、夢中でそれを受け止めた。
どのくらいそうやっていたのかわからないくらい抱き合ってキスをして、ようやく唇が離れた時にはお互い息も絶え絶えの状態だった。
「あぁ~~。俺、ホント幸せだぁ~。……もう、マジで大好き! 超かわいい! 俺の彼女とかホント嬉しすぎる!」
「……私、そんなかわいくないよ? 何考えてるかわかんないってよく言われるもん。感情が顔に出にくいみたい」
「え? そうかな~? そんなことないでしょ。 今だって、嬉しいけど恥ずかしくて困ってるって顔してるよ?」
「えっ?」
そこまで正確に今の気持ちを言い当てられて、本当に顔に書いてあるんじゃないかと思ったくらい驚いた。
いやいや書いてないし、そんなの読み取れるのは間違いなくこの人だけだ。
――私、運命の人ってヤツに出会っちゃったのかもなぁ~。
って、頭の中がそんなお花畑状態になってることにも驚くやら、呆れるやら……
「そういうとこ、ホントかわいいって思うよ? 会うたびに好きになって困るくらい。 だから佐倉さんにも、もっともっと俺のこと好きになって欲しい。 あ、それと、さ……」
真面目な顔になって、こっちをジッと見つめてくる。
「……なに?」
「えっと……その~。――彼女になったんだし、加奈ちゃんって呼んでいいかな?!」
か……加奈ちゃん?
そんなかわいく名前呼んでくれた人、いなかったよね?
今までみんな、友達でも彼氏でも下の名前なら「加奈」とか「加奈子」とか呼び捨てだった。
自分でもその方が似合ってるなんて思ってたし。
「ダメ……?」
あ~。またそんな、シュンとしたワンコみたいな顔して……。
高橋君になら、そんなかわいい呼び方されてもいいかも。
「いいよ。……あ、じゃあ私も高橋君じゃなくて――」
……あれ?
ちょっと待って。
高橋君の下の名前って、もしかして私、知らない?!
「え~っと……。高橋君って、名前……なんていうの?」
その問いに、明らかにショックを隠せないでいる高橋君。
イヤ、だって普通知らないでしょ~?
みんな高橋君としか呼んでないし、むしろなんで彼が私のフルネームを知ってるのか、そっちのが不思議だよ。
「そっか……。知らなかったんだ、俺の下の名前」
「えっ? でも、そんな話した事なかったし、そしたら分からないよね?」
「そう? 俺は加奈ちゃんのこと最初から気になってたから、それこそ入校式の日に、名簿とか教習ノートとか横目で見てチェックしてたよ。――あ~、ヤバ。落ち込んできた。 加奈ちゃんの方は、俺にそこまで興味なかったってことだよね……」
「そ……んなことは――」
「イヤ、いいんだ。それでも彼女になってくれたんだから、それだけで十分だよ。 あ、俺の名前ね。大輝っていうの。大きく輝くって書いて大輝。覚えてね?」
「じゃあ、大輝君?」
「うん、いいね。なんかカレカノになった~って実感する!」
本当に嬉しそうに笑う高橋君……じゃなくて大輝君に、またドキドキしてきた……!
この数時間で私、どんどん彼を好きになってる自覚がある。
なんだか気持ちが溢れてきて、思わず大きなカラダに抱きついた。
「えっ? 加奈ちゃん?!」
「――ちょっとだけ、こうさせて?」
「えっと……? イヤ、もちろん嬉しいんだけど! でもマズイよ~……。好きな子にこんなことされたらさぁ。俺だって男なんだし、イロイロヤバいって言うか、なんていうか、その……」
そんなグダグダなセリフを言いつつも、優しく抱きしめ返してくれた。
あ~。本当に、離れたくないなぁ……。
「ねぇ……」
「ん?」
「明日、何か予定ある?」
「明日? 今のところなにもないよ。車校で学科を受けようかなとは思ってたけど……。あっ!そっか、どっか出かける? どこか行きたいとこあれば――」
「うん、私も明日は土曜で学校休みだし、バイトも夜だけなの。だから、どこか行きたい。 それでね?……ここから一緒に出かけない?」
「へ……?」
「だから、ね。――今日、泊まっていかない?」
「…………」
案の定、硬直して全く動かなくなった大輝君。
私だって、こんな大胆なこと言うなんて、自分でもびっくりだ。
でも、どうしても離れたくないって気持ちが強くて抑えられない。
「……加奈ちゃん? それ、意味わかって言ってる?」
「うん、わかってるよ。もちろん。 えっと……イヤ?」
「っ!! イヤなわけないよ! むしろ超嬉しいよ!……でも、俺加奈ちゃんのこと大事にしたいっていう気持ちも強いんだ。だから、あんまり無理しなくていいから。 俺ならちゃんと待てるからさ……」
「……大輝君は待てるかもしれないけど、私が待てないの」
抱きついたまま、下から覗き込むように大輝君を見上げる。
こんな大胆なこと言って引かれないかちょっと心配になるけど、どうしても離れたくない。
「加奈ちゃん…… あぁ、もう! ダメだ! もうブレーキきかないよ!」
そのまま抱き上げられてシングルベッドにそっと下ろされた。
「本当に、いいの?」
その問いかけには無言のまま、両腕を伸ばした。
そのまま彼が覆いかぶさってきて、その重みと温もりが心地よくて、そっと目を閉じた……。




