第5話
最後の時間帯で学科を受け、教習所を出るころには外は真っ暗だった。
電車の時間を調べるため携帯を見ると、高橋君からLINEがきていた。
『学科、もうすぐ終わるよね?
この前の公園にいるから、
用事なければ会えない?』
ちょうど駅に向かって歩き出すところだったので、くるりと踵を返して以前引っ張って行かれた事のある公園に向かう。
駅と反対方向のため、そちらに向かう人は誰もいなくて、2~3分も歩けば住宅地の中にあるその公園に着いた。
街灯もまばらで薄暗い中、ベンチに人影を確認してゆっくり近づくと、パッと立ち上がったその人は見上げるほど大きかった。
「佐倉さん! よかった、来てくれて!」
その声にやっと安心して足早に側まで歩み寄った。
あ、今日は「変装」してない。
「どうしたの? なにか急用?」
近くまで来ると、例の笑顔が目に飛び込んできて思わずドキッとする。
――なに?コレ。
久しぶりに見たからかな。
記憶の中の笑顔より、実際に見るこの顔の破壊力がなんだかハンパないんですけど。
ヤバい……。
なんか、ギュってしたくてウズウズする……!
うわ~……
なに、コレ……?
そんな自分に動揺して、高橋君から目をそらして顔まで背けてしまった。
何やってるの、私!
かなり挙動不審だよ……。
その時、ふいに頭の上に大きな手が乗せられた。
ハッとして高橋君を見上げると、笑顔のままやさしく頭を撫でられた。
「……えっ?」
「あ、ごめん。なんかかわいくて」
「…………」
えっと。
なに? 今のセリフ。
この私のどこがかわいいって?
今もそんなことを言われて内心アワアワしてるのに、表情にはまるで出てないというかわい気のなさなんだけど?
むしろ、かわいいのはアナタの方でしょ!
「あ、今また照れたでしょ? ホント、佐倉さんかわいいなあ。」
――意味不明。
この人、私のこの無表情のどこを見てそんな事言ってるんだか……。
「……高橋君って、ちょっと変だって言われない?」
いつまでも頭に手を置かれているのも恥ずかしくて、その手から逃れるようにさっきまで彼が座っていたベンチに移動して座る。
すぐに高橋君も隣に座ってきた。
「変とかひどいな。 実のところ余裕なくて必死なだけなのに」
「……必死? 何に? っていうか、今日は本当にどうしたの?」
何か急用じゃないかと思ったけど、よく考えたら用があってもLINEで言えばいいんだし、わざわざこんなところで会う理由ってなんだろう?
それにうっかりしてたけど、まさに今日、高橋君みたいな人気者男子に関わると、面倒なことになるって思ったばかりじゃない。
こんなところに2人でいるのを、同じ車校のさっきの女子たちとかに見られでもしたら……。
……どう考えても高校時代の二の舞になりかねなくて、メンドくさい。
2人きりで会うのはもう、やめた方がいいのかも。
――って、理性ではそう思うのに、こうして実際会ってしまうと、ずっと一緒にいたくなる。
本当にどうしてなんだろう?
この人の何が、他の人と違うの?
今まで、男の人に対してこんな風に思ったことなんてないのに。
「だって、前に会ってからもう16日だよ? 教習の時間は合わないし、佐倉さんは学校の方も忙しそうだし、レポートで徹夜したとか聞いたら平日に会いたいとか言えないし、かと言って土日はバイトとか言うし。だ……からこうでもしないと、この先いつまでたっても会うことも出来ないじゃないか……!」
こっちを見るその目には、なんだか必死な感じが滲み出ていて……。
え~っ……と。
これは、どう解釈すればいいのかな……?
「あの~……。それって、私に会いたかったって意味に聞こえるんだけど……?」
そうとしか思えないセリフなんだけど、その一方でそんなわけないとも思う。
だって、私なんかに会えなくても、もっとかわいい子達にアプローチされまくりのはず。
そもそも、特別高橋君に気に入られるようなことをした覚えもないし……。
「聞こえるもなにも、実際そう言ってるよね? 俺。 忙しい佐倉さんの迷惑にならないようにって、これでもかなり我慢してたんだよ? 会いたいとかしつこく言って嫌われたくないし、LINEだって本当は一日中でもしてたいけど、ウザがられたらイヤだからかなり控えてたし。 そんな状態でもう16日だよ? 会えないでいる間に、佐倉さんが他の男から言い寄られたりしてるんじゃないかとか、誰かと意気投合して付き合いだしたりするんじゃないかとか、そんな事ばっかり考えて気が気じゃないし。 LINEの会話の中でそれとなく、他の男が近付いてないか確認はしてたけど、それでもやっぱり心配でさ。……あぁもう、ごめん。こんな余裕ない男で……」
さすがにこのセリフはもう、勘違いのしようがないというか。
えっ?……そうなの?
本当に??
チラッと横を見ると、熱っぽい目でジッとこっちを見つめる高橋君と目が合った。
薄暗くてよくわからないけど、その顔は真っ赤になっているに違いない。
こういう仕草ひとつ取っても、彼は私のツボ、なんだよねぇ。
そう。
ありえないと思って考えないようにしてたけど、目の前の大型犬のようなこの人のすべてが、私の恋愛センサーを刺激しまくっているんだ。
今まで誰にも反応しなかったソレは、自分には存在しないんじゃないかとも思っていた。
でも今やっとはっきり自覚した。
初めて会った時から、高橋君は私にとって特別だったんだ。
「それ……。私の事を好きって意味だと思っていいの?」
「えっ!! あっ……えっと……! その……」
私があまりにもストレートに聞いたからか、途端にしどろもどろになるかわいい人。
思わずクスッと笑うと、何を思ったのかいきなり立ち上がり、目の前にひざまずいて私の両手を握った。
これには、さすがの私も驚いて目を見開いてしまった。
「……佐倉加奈子さん。初めて会った時から君が好きです! 俺のこと、そういう風に思えないなら、友達からでもいいです! ……とにかく、俺にチャンスをください! お試しでもいいので俺と付き合ってください!」
――すごい。
なんてベタな、そして、なんて暑苦しい告白。
体育会系に多い、こんな風に熱く想いをぶつけてくるタイプは、最も苦手……なはずだった。
はずだったのに、今の私はありえないくらいドキドキして、信じられないくらい嬉しい。
こんなの、私も彼が好きだって認めないわけにはいかないじゃない。
苦手な体育会系だし、メンドくさい人気者男子だけど、好きになったらそんな事どうでもよくなるんだって、初めて知った。
やっぱり私、今まで本当の意味で恋愛していなかったんだなぁ……。
目の前には、大きな身体を折り曲げ、ひざまずいて俯いたままの高橋君。
私の両手を握るその手は、小刻みに震えている。
あぁもう。
愛しくてたまらない。
「――友達? お試し? ……そんなんでいいの?」
「えっ!……いや、もちろん、いずれはちゃんと付き合いたいけど、今この場で「ごめんなさい」されるよりは、最初は友達としてでも……」
「イヤ。」
「……え……あっ……と。 それは、友達でさえ、ダメってこと……」
私の両手を握っていた手が離れて、大きな身体がガックリとくずおれた。
すかさず、離れたその手を今度はこちらから握り返す。
驚いた様子で私を見上げるその顔には、絶望と戸惑いが入り乱れている。
こういう表情もイイと思うなんて、もしかして私、Sの素質あり……?
「友達も、お試しも、どっちもイヤ。 ちゃんと私の彼氏になってくれないと、イヤ。」
そう言ってフッと笑うと、一瞬ポカンとしていた高橋君が、私を引っ張るようにして立ち上がり、そのままギュっと抱きしめられた。
「あぁ~~! もう! 心臓止まるかと思った! はぁ~~~…………よかったぁ……」
いや、私だって、いきなり抱きしめられて心臓ドキドキなんだけど!
「ありがとう、佐倉さん! 俺、マジで佐倉さんのこと大好きだから。付き合えるとか、もうホント嬉しい。幸せ! 絶対後悔させないから!」
心から弾んだ声を聞いて、こっちまで嬉しくなってくる。
なんか、この展開が信じられないけど、好きな人と付き合うってこういう気持ちなんだな。
フワフワしたような浮遊感というか、何とも言えない幸福感は絶対に今まで経験した事がない。
ってことは、きっとこれが私の初恋……なんだろうな。
「私も、驚いたけど嬉しい。 これからよろしくね」
「うん……!」
抱きしめられていた腕が緩んで、お互いに見つめ合う。
どちらからともなく、自然に顔が近付いて唇が重なった。
喋むようなキスを繰り返し、見つめ合ってはまたキスをして、抱きしめ合って。
そんな繰り返しで離れがたくなってしまった私は、自分でもビックリするような事を声に出して言っていた。
「――今から私の家、来ない?」




