第4話
その日から、毎日ちょこちょことLINEが送られてくるようになった。
内容は本当に他愛もないというか、正直どうでもいいことばかりだったけど、そんなやり取りが何故だか楽しくてしかたない。
今なに食べてるとか、あのテレビ番組が面白かったとか、車校の教官は男にはキビシイとか。
その度に面白いスタンプも送ってきて、思わず顔がほころんでしまう。
だけど、あの日以来2週間以上自動車学校では会っていない。
やっぱり行く時間にズレがあるのは仕方なくて、時間を合わせて行くようなところでもないし、とりあえずLINEで毎日のように会話はしてるので「知り合い」もしくは「友達」くらいの立ち位置はキープされてるかな……とは思う。
そういう、LINEでのみ繋がってる「知り合い」や「友達」は他にもいるのに、どうして高橋君にだけは会いたいと思ってしまうのか……。
あの笑顔が見たい、声が聞きたいと思ってしまうのか……。
私にとっての彼は、癒しの対象なのかも。
今日も、いないとわかっている車校内で、背の高い男性にばかり目が行ってしまっていた。
そういえばあの大型犬、本当にモテていて驚いた。
車校内のそこここで、女の子同士の会話の中にその名前が登場するのだ。
会話に参加してなくても、近くにいるとどうしても耳に入ってくる。
という今も、近くで女子大生らしき4人が話しだしたのが聞こえてきた。
「昨日、やっと会えたんだよ~高橋君! 本人目の前にしたら、もうホントヤバかった!」
「マジで? あ~! あたしも昨日その時間に行けばよかったよ~!」
「でもさぁ。さすがと言うか、何と言うか。近付きがたいオーラハンパないわけ。 話しかけに行った子たちも、サッとかわされててさぁ。 そのうち男の子たちに囲まれちゃって、姿さえも見えなくなったしね~。マジ、ガード硬いわ~」
……えっと。 男の子にもモテてるの?
性別を超えて愛される大型犬?
さすが、人気者男子。
ただ、近付きがたいって言葉にはかなりの違和感を感じる。
私の中では、シッポ振って構ってもらいたがってる、でっかいワンコのイメージしかないんだけどなぁ。
「そういえばさぁ~。アレ知ってる? 高橋君がココ入って最初の頃に、受付の飯田さんがコソっとLINE聞いてたって話!」
「飯田さんって、あの超かわいい人? ここに入校する男子がたいてい一度は惚れてしまうとかいう? え~、職員が個人的にそんなん聞いていいのぉ~?」
「だから、コッソリやってたんだよ。 本人はバレてないって思ってるだろうけど、友達が近くにいて会話が聞こえたんだって!」
「なんかそれってズルい~。相手職員だったら、高橋君だって逃げられないじゃんね? いいなぁ~。私も高橋君とLINEした~い」
「それがさぁ~。 断られてたって!」
「はぁ?」
「ウソでしょ?」
「飯田さんが?」
「信じらんないよねぇ? でもマジで。けっこうキッパリ拒否られて、飯田さんしばらく暗かったらしいよ~?」
そこまで聞いたところで休憩時間が終わり、学科講習の教室へと彼女たちは移動していった。
私も別の教室へと移動しながら、今聞こえたことを何となく考えてしまっていた。
――飯田さん。
私も何度かお世話になったことがある。
ゆるふわパーマヘアが似合う、小柄で華奢な本当に可愛い人だ。
多分、私より2~3歳年上だと思うけど、童顔な上にナチュラルメイクなので、同年代か年下にしか見えない。
ただしそれは見た目だけで、仕事はテキパキしてるし、いつもニコニコしていて車校生にも親切だ。
つまり、可愛い上に仕事も気遣いも社会人として完璧。
私にはない要素をふんだんに持つ、そんな女性。
その飯田さんが、高橋君にフラれた?
イヤ、正確には告ったわけじゃないからフラれたとは言わないかもしれないけど、好意がなければ自分からLINE聞いたりしないよね?
それも、普段ちゃんとした社会人である飯田さんが、職場で車校生相手にそんな事するなんて、よっぽど切羽詰ったっていうか、そこまでしてでも高橋君に近づきたかったんだろう。
なのに、高橋君はそれを断ったらしい。
まぁ、さっきの子が実際に見て聞いたわけじゃないみたいだから、本当のところはどうなのかわからない。
ただ、そんな高橋君と私が普通にLINEしてるなんて、バレたら大変な事になりそうだ。
幸い、学校の友達とは車校の話はそんなにしないから、高橋君のことも話してない。
他の友達にも、車校に行ってるとだけしか話していない。
そして、ここでは高橋君以外たいして知り合いもいないから、そんな話は誰ともしない。
ってことは、私が誰かに言わない限り、高橋君とLINEしてるなんてわかりっこない。
正直、高橋君がこんなに人気者だと思わずにお近づきになっちゃったから、少々面倒くさくもある。
人気者の男子を巡る女同士の争いに、巻き込まれることが何度かあった高校時代を思い出す。
女子の集団に反感を買うと、非常に面倒な事態になるということを、身を持って知ったあの頃。
「クールビューティ」なんてむず痒いあだ名を、学年で人気だった派手目男子グループに付けられたのだって、学校一のイケメンと噂される先輩に告られたのだって、私は嬉しくもなんともなかったのに。
……そういうわけで、人気者男子と絡むとメンドくさい、というのが私の教訓だ。
まぁでも、このまま会うこともなく自動車学校を卒業すれば、高橋君とのLINEのやり取りも自然消滅するだろうから、特に問題ないかも。
ただ……あの笑顔がもう見られないって思うと、少々……ううん、かなり寂しいけど。




