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番外編 「恋愛センサー」  門倉主任視点

本日最終話と番外編2話、全部で3話投稿します。

最新話から来られた方は、前の話も合わせてご覧いただけたらと思います。


門倉主任を放置したまま完結したので、彼の視点でその後を少し補足しました。

生まれて初めて、女にフラれた。


これまでもこれからも、俺の人生に挫折なんて無縁だと本気で思っていたというのに、それをもたらしたのが8つも年下の女子大生だとは。


物心付いた頃から、とにかくモテ続けた。

常にアチラから寄ってくるので、その中からイイと思う女を選んで飽きたら終わり、また寄ってくる女の中から選んで・・という繰り返し。

大学を出るまではそんな状態で、今思えば、本当の恋愛なんてしていなかったんだろう。

カラダを重ねるのは気持ちよかったけど、ただそれだけ。

相手が誰でも大して変わらなかったし、相手の事を知りたいという気持ちもなかった。


高校でアメリカに留学したのをきっかけに、大学はハーバードを選んだ。

長期休みには帰国して、会社の下積みを経験。

その経験もあって、大学卒業後にそのままハーバードのビジネススクールに入り、MBAを取得してから帰国した。

そして本格的に仕事を始めると、忙しくて特定の彼女を作ることもなくなった。

後腐れのない女と息抜きに楽しむくらいはもちろんあったが。


門倉の次期トップという立場での、鳴り物入りの入社。

自信も自覚もあったが、プレッシャーもなかったわけじゃない。

今や、系列会社も合わせるとかなりの規模となっている企業。

すべての社員の生活が、いずれは俺の肩にかかってくるのだ。


経営についてはそういうわけで高いレベルで学んできたが、それ以前に幼い頃から家の中でも帝王学とともに叩き込まれてきた。

それでも本気でかからなければ、今の厳しい経済状況の中では、いつ崩壊してもおかしくないという危機感は常に持ち合わせている。


そういうわけで、入社直後から俺の希望もあり、系列会社の現状を把握するため、出向という形でひとつひとつの企業に赴くことになった。

ファミレスチェーンは、一番最近吸収した企業で、最後の出向先だった。

数ヶ月単位で各店舗を回ったが、その最後の店舗で彼女と出会った。


最初に目を引いたのは、まるで感情が読めないその表情だった。

無表情……と言っても過言ではない。

美人で背も高くスタイルもいい。

地方だがそこそこレベルの高い国立大に現役合格したのなら、それなりに頭もいいんだろう。

実際、仕事の覚えも早く、打てば響く回転の良さもある。


ただ、本当にほとんど表情が変わらない。

接客中はいかにも業務用の笑みを浮かべているが、俺を含め特に男性スタッフに対して笑顔を見せることは全くと言っていいほどない。

会話も業務上必要な事のみ。

見えない壁があるかのごとく、取り付く島もない。


どこへ行っても、女性であればそれこそパートの50代主婦でさえ、俺に熱っぽい視線を送ってくるというのに。

バイトの女子大生ともなれば、それはさらにあからさまだ。

もちろん、こんなところでつまみ食いなんかして面倒なことになるのは困るので、けっして手は出さないし、それ以前に出向先では俺の立場も極秘にしてある。


だから、彼女と出会ってすぐに目を離せなくなってしまったことには、自分でも困惑した。

俺が話しかけても、笑いかけても、何をしてもその表情は変わらない。

そっけないとか失礼な態度とかではなく、本当に事務的な、バイト先の上司に対する丁寧な態度というスタンスを崩さない。

女性にここまで男としての興味を持たれないのは、本当に初めての経験だった。


だからというわけではないが、多少強引にコトを運ぼうとした自覚はある。

どうしてもこっちを向かせたいと思ったからだ。

なんとか距離を詰めたくて2人で出かけることに成功したところまではよかったが、そこで彼氏の存在が発覚し、自分でも驚く程ショックを受けた。


その彼氏というのが、高橋大輝。

うちの会社が大口のスポンサーのひとつとして名を連ねている、プロ野球球団の主力選手の1人だ。


正直、奪うのは簡単だろうとタカをくくっていた。

恋敵(ライバル)はまだ19歳の若造。

いくら人気のプロ野球選手といえども、経済力ではこっちも負けていない。

社会的地位も、年齢に伴う包容力や余裕も、様々な経験値という意味でもあいつに負けているところなんてどこにもないという自負がある。


おまけにプロ野球選手というのは、シーズンに入ってしまえば忙しい。

女にうつつを抜かしてちょっとでも気を緩めれば、途端に成績に現れるものだ。

まだプロになってやっと1年のあいつは、死に物狂いでやらないと試合で使われる機会もどんどんなくなっていくだろう。

そのくらい、キビシイ世界だ。


当然、彼女と会う時間もかなり少なくなるだろう。

――その隙をついて彼女を横から奪ってやる……!

その思いだけで、しばらくの間耐えた。


あいつと抱き合う彼女を想像してしまい、眠れない夜を酒で紛らわせたりもしたし、他の女でそのいらだちを晴らそうともしたが、結局彼女じゃない女を抱く気にはなれなかった。



私生活はそういうわけで散々だったが、仕事は順調に進んでいた。

当初の予定通り、ファミレスチェーンへの出向は今の店舗で最後となった。


その後、4月から一旦門倉の本社へ戻るはずだったが、先にこちらにある支社に回してもらった。

今、彼女から離れるわけにはいかない。

幸い、各支社へと行くことは元々決まっていたので、今は特に問題はない。

ただ、ここにいられるのも長くて1年だろう。

そのあいだに、彼女を手に入れなければならないが、焦ってもいい事はないと、とにかくチャンスを伺っているというのが今の現状だ。


こちらの支社勤務になってすぐに球団関係の仕事も担当する事となり、球場へ足を運ぶことも増えた。

高橋大輝は俺に会うたびに、鋭い視線で睨みつけてくる。

その余裕のなさが、そのまま俺の自信に繋がることなど、考えてもいないんだろう。

やっぱり、まだまだ青いな。


その間、もちろん彼女のところへも何かと理由をつけて会いに行った。

彼女はファミレスのバイトをそのまま続けていたので、シフトを手に入れて都合がつく限り、終わる頃に迎えに行った。


最初は「本当に迷惑」だと言葉でも態度でも示されたが、今シーズンが開幕してあいつがかなり忙しくなってくると、弱い部分を隠せなくなっている彼女に気付いた。

なかなか会えない辛さからか、相手が俺でもやさしく慰められると、泣きそうな顔を見せたりする。

そこにつけこもうとあの手この手で攻めたが、結局、俺の手には堕ちてはこなかった。



「ごめんなさい。門倉主任は素敵な方です。尊敬出来るし、人として好きだとも思います。でも、私の中の恋愛センサーが反応しないんです。……主任が悪いとかではなくて、今までこのセンサーに反応したのは大輝君だけなんです。」

「恋愛センサー……?」

「はい。友達が言い出した言葉なんですけど……相手を見るだけで、声を聞くだけでトキメくというか、胸が高鳴るというか……。カラダ中から好きの気持ちが溢れ出るようなそんな感覚です。……過去の恋愛では誰にもそんな感情は抱きませんでした。 どうしてかなんて自分でもわからないけど、大輝君だけは、トクベツなんです」

「……そうか」


それ以外の言葉は出てこなかった。

恋愛センサーなるものがあるんだとしたら、まさに今、俺の中のそのセンサーは君に反応しているのだから。

これまで誰にも感じたことのない感情を、君に抱いている。

本当にどうしてかはわからない。

君の何が他の女と違うのかもわからない。


――だけど、そうだ……トクベツなんだよな。

本当に、よくわかるよ。

君もあいつに対してこんな気持ちなんだな。


だからこそ、俺も簡単には諦められない。

彼女と一緒、いや、それ以上に俺の恋愛センサーも滅多に反応しないからだ。

なんせ、27年生きてきて初めてが今なんだからな。


彼女以外に、このセンサーに反応する女性がこの先現れるかどうかすらわからない。

だったらもう少し、せめてタイムリミットまでは諦めずに足掻いてみよう。

こうやって君を想って眠れぬ夜を過ごすのも、実はそんなに悪くない……なんて思っているんだ。


君の恋愛センサーが俺に反応してくれるのを、俺をトクベツだと思ってくれるのを、信じて待ってみても……いいだろう?







またそのうち番外編を書くかもしれませんが、とりあえずこれですべて終わります。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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