表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

第15話

美咲さんはまだ何か言いたげだったけど、挨拶を終えたオーナーに流石に嗜められて、ようやくおとなしくなった。


そうして、おじさま方と一緒に美咲さんも引っ張られるようにして出て行き、やっと一息ついたと思ったら。

入れ替わりのごとく、ドヤドヤと入ってきたのはユニホームを着た監督と選手たちだった。

全部で20人くらいはいそうな、体格のいい男性の集団に、思わず後ずさる。


うっ……

体育会系男子(男子とは言えない年の人もいるが)がこんなに……。

彼氏になった大輝君も体育会系男子とはいえ、彼が特別なだけで、依然としてこの手の男子が苦手なのは変わらない。


代表して主任に挨拶を始めたのは、監督らしき年配の男性だった。

野球を全く知らない私には、ただの体育会系集団としか見えなかったが、後から聞くと監督もそこにいた選手も有名な人ばかりだったらしい。


「門倉さん、実はこの部屋に入りきらなかったので、今年の新人有望株の3人は廊下に待たしてるんですよ。門倉さんとも初対面ですし、きちんと挨拶させようと思いまして。……お~い、お前ら、廊下のアイツらと交代してやってくれ」

その一声で、部屋をほぼ占領していた大きな男たちが、口々に主任に体育会系の挨拶をしながらゾロゾロ出ていく。


ただ、一様にこっちを見てニヤっと笑っている。

こっちというか……私を見てる?


「あぁ、すみませんね、お嬢さん。山野辺さん情報で、門倉さんがめずらしく女性連れ、それもとても仲が良さそうだとお聞きしていて、アイツらも興味深々なんですよ。最強のモテ男がやっと一人に絞ったのかってね」

「荒井監督! 誤解されるようなこと言わないで下さいよ。僕がここに女性と来たのは初めてなんですから」

「ははっ! 門倉さんでもそうやって慌てたりするんだな。そうそう、お嬢さん、安心してください。彼がモテるのは間違いないけど、本当にこうやって連れてきたのはあなたが初めてなんですよ」


――――誤解している。

みんな、激しく誤解しまくっている……!


そもそも、美咲さんに纏わりつかせないための、彼女相手限定の恋人のフリだったはずなのに、山野辺さんの余計なおしゃべりのせいで、みんながみんな、そんなありえない誤解をするなんて……!


そこで、自分の右手を見てハッとした。

ちょっと! 私、まだ主任と手を繋いだままじゃない!

そりゃ、山野辺さんばかりを責められない。

こんな状況を目にすれば、恋人だと思われてもしかたないって!


こんな人前でずっと手を繋ぎっぱなしなんて、よっぽどラブラブなんだと思われただろう。

あ~~! もう、ヤダ!


「あのっ! 主任、もういいですよね?手を……」

そう言って手を離そうとしてるのに、またギュッと握られてしまった。

こっちを見る主任の目は……完璧おもしろがっている!?


「君がそうやって焦ってる様子は貴重だな。いつものポーカーフェイスもいいけど、こういう表情もすごくいい」

「――だから! からかうのは、やめて下さいってば!」


私が主任の手をなんとかして解こうと四苦八苦している時に、3人の選手が部屋に入ってきた。

少し離れたところにその3人が立ったのはわかったけど、私は早く手を離して欲しくて、ほとんどそっちを見ていなかった。


だから、その中の一番左の選手が、思わずといった様子で息を呑んで呆然としていることにも、全く気付いていなかった……。


「門倉さん、今年の新人有望株の3人、右から、八神、岩下、高橋です。 特に高橋は高卒ながら、ご存知でしょうがドラフト1位で開幕スタメン入り、打率はリーグ2位、そして新人王をダントツの得票数で取った逸材です。他の2人も終盤から一軍に上がって活躍してくれました。 来季も期待できる新人たちです。」


……ん? 高橋?

それって、さっき主任が言ってた私と同い年の……。

そうだ。大輝君と同じ苗字だし、応援しようって決めた選手だ。

そう言えば、ルックスも良くて人気があるとか主任が言ってたよね。

えっと……1番左の選手――――


そこで、私の頭も身体も、文字通りフリーズしてしまった。


うそ……。

なんで? どういうこと……???


今の私は、微妙に間抜けな顔になっているに違いない。

驚きで目は見開かれ、口は半開き。

それでも、そんなことに構っていられないほど激しく動揺していた。


私が視界に捉えているその人は、間違いなく今日ずっと会いたいと思い続けていた人で。


高橋選手=大輝君


同じ苗字とかじゃない。

本当に、本人だったのだ……!



大輝君の方も私を見て呆然としていたようだが、スっと視線が下の方へいった瞬間、グッと眉間にシワを寄せて硬い表情になった。


その視線をたどると……。

主任と繋がれたままの右手が……!


今度こそ、思いっきり主任の手を振りほどいた。

監督や他の選手、何より門倉主任が驚いた顔をしていたけど、そんなことは本当にどうでもいい。


どうしよう……!

絶対、変な誤解をしてるよね?

今すぐ事情を説明したいけど、この状況でどうしたらいいのかわからない。


大体、どうして大輝君がここにいるの?

いやもちろん、さっきの話を聞く限り、プロ野球の高橋選手が大輝君本人だってことはわかったんだけど。


でも、どうして?

どうして、何も言ってくれなかったの?

もちろん、嘘はついてないのかもしれないけど、私が気付かなかったら、ずっと言わないまま付き合うつもりだったの?


そもそも……本気で私と付き合ってたの?

プロ野球選手って、一般的に見れば有名人だよね?


今ならあの「変装」の理由も、街で声をかけられまくる理由もわかる。

別にフェロモンのせいじゃなくて、単に大輝君が顔も名前も知られてる、有名なプロ野球選手だったってことじゃない。


そんな人が、私なんかと本気で付き合ったりするかな……。

たった数週間だけど、あんなに毎日一緒にいて、いくらでも言う機会はあったのにそれでも黙ってたってことは、自分のことを知られたくなかった、言うつもりもなかったってことだよね。


そういえば、仕事が忙しくない今の時期に教習所に通ってるって、そう言ってた。

だったら――野球がまた始まったら、元の生活に戻って私とは終わりにするつもりだった?


――今だけの、期間限定の彼女。


うん、キツいけどその考えが一番納得だ。

自分のことを知らない珍しい女と、野球選手じゃない自分でオフの間だけ付き合ってみたかった。

つまりはそういうこと……だよね。


私が大輝君に選ばれた理由はただひとつ。

――私が、彼のことを知らなかったから。

きっと、ただ、それだけなんだ。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ