第14話
「お待たせしました」
さっきの山野辺さんを先頭に、複数のスーツを着たおじさまたちが入ってきた。
と、その後ろから一人の女性がすごい勢いで、おじさまたちを押しのけるように入ってくる。
「……来たぞ」
後ろに下がりかけていた私は、ガシっと手を握られ主任の隣に立たされた。
「――っ?」
「……彼女だ。さっき言ったオーナーの娘。約束だから頼んだぞ」
耳元で囁くように言われたセリフは実際はこんなんだけど、目の前のおじさま方と若い女性には違う風に見えたに違いない。
案の定、見る見るうちに若い女性の顔が引きつっていく。
こ……怖い。
ただこの人、すんごい美人だ。
年齢は私より4~5歳上だろうか。
キレイに染めた長いブラウンの上品な巻き髪に、ひと目で上質とわかる赤い花模様のワンピースとアイボリーのロングコートを着ている。
メイクも派手すぎず、全体的にかなり上品なイメージだ。
スタイルも抜群で、ブーツではなく黒のハイヒールを履いたその足は本当にきれいだった。
ええ~っと……主任、なんでこの人がイヤなの?
見た感じ、お似合いだと思うけど。
年齢も身長も容姿も家柄も、全部主任にふさわしいんじゃないの?
こんな人に言い寄られたら、普通は嬉しいんじゃないのかな。
それとも門倉主任、どこまでも理想が高いとか?
この人でもダメだったら、誰もアナタの恋人にはなれないでしょうに。
そんな事を考えていたら、目の前で主任とおじさま方の握手会が始まっていた。
門倉主任は左手で私の手を握ったまま、右手でおじさま方と握手をしつつ、にこやかに言葉を交わしている。
当然、例外なく相手のおじさまは私をチラッと見て、繋いだ手もチラッと見て、もの問いたげな様子を見せる。
けれど門倉主任は一切その視線を無視して、私のことには何も触れない。
そのくせ手は絶対離さないし、時々こちらを見て蕩ける様な甘い笑みを浮かべるのだ。
あぁ、もう。
居心地が悪くてしかたない。
斜め前方にいる美人のオーナーの娘からは、殺気立った視線を感じるし。
とうとう最後のおじさまの前に立つと、今までより遠慮のない視線を感じた。
会話の内容から、その人が球団オーナー……つまり例の女性の父親だとわかった。
父親の隣に立って、上から下まで鋭い視線で私を見ていたその女性が、いきなり会話に割り込んできた。
「雄一さん、この方は一体どなたなのかしら? 紹介もして頂けないの?」
――主任って下の名前、雄一っていうんだ。
って、今はそんなことどうでもよくって。
私のことはすごい目で見てたのに、主任に向ける視線は少し上目遣いで、かわいらしさと同時に色気を感じさせる、完璧に計算されたものだった。
並の男なら、この表情だけでイチコロだろう。
――まぁ、門倉主任は並の男じゃないだろうし、こんなのには騙されない位の経験も積んでいるんだろうけど。
「美咲さん、彼女は僕の友人ですよ。――ごく親しい……ね」
意味ありげに笑ってみせたものの、それ以上は答えたくないとばかりにオーナーと話しだした主任を見て、拳をギュッと握って唇を噛み締めている彼女……美咲さん。
……あの~、もう私、帰っちゃダメですかね……?
こんなのに巻き込まれるのは、本当にもうカンベンして欲しいんですけど!
この状況、どうしたもんかと俯いて考えていたら、視界に黒のパンプスが飛び込んできた。
ハッとして顔を上げると、目の前には険しい表情の美咲さん。
「はじめまして。……で、いいですわよね? わたくし、田辺美咲と申します。父はこの球団のオーナーですの」
門倉主任が答えてくれないんで、直接私に話しかけるという強硬手段に出たようだ。
明らかに私に向かってあちらが自己紹介をしているのに、無視するわけにもいかなくて。
「……はじめまして。えっと、私は――」
「――待って。 彼女を君に紹介するつもりはないよ、美咲さん。まだ親しい友人に過ぎないんでね? 今怯えさせて逃げられるわけにはいかないんだ。 もっと確実な関係になった時に、喜んで紹介させてもらうよ」
――――だから、邪魔をするな。
口外にそう強く匂わせながら、あくまでも、表面上は穏やかな表情を保っている。
う~わ。なに?……この裏表ありまくりのやり取りは。
みんな微笑んでいるのに(イヤ、美咲さんは私に対してだけは笑ってないけど)背後に真っ黒な何かが見え隠れしている。
あ~メンドくさいな、こういうの。
もういっそ、みんな本音をぶちまけちゃえばいいのに。
……まぁね、そんなことしたら収集つかなくなっちゃうんだろうけど。
こういう場面を見てしまうと、益々、裏表なんてありえない真っ直ぐな大輝君の笑顔が恋しくなる。
彼が私に嘘をついたり隠し事をするなんて、想像つかないもんなぁ……。




