第12話
1時間ほどで、イベント会場であるドームに着いた。
なんとか駐車スペースを見つけ、ドームへと向かう。
その間に、野球のことも地元球団のことも全く知らない私に、主任が色々と予備知識を教えてくれた。
とは言っても、そのほとんどはよく分からず、相槌を打つだけだったけど。
ドーム付近は球団ユニホームのレプリカを着た人たちで溢れかえっていて、主任によると、少し前に1回目が終わったんだとのこと。
イベントは17時からって聞いていたけど、その前に11時からも同じイベントがあって、よりたくさんのファンが参加できるようにしてあるらしい。
とにかくすごい人で、今更ながら野球ファンの多さに驚くばかりだ。
「何か、グッズとか買って入るか?」
「えっ……と。普通はそういうの、持って行くものなんですか?」
「いや、そんなことはないよ。応援してる選手の名前入りのタオルとか持ってる場合が多いけど、なくても全然大丈夫だ。そうだな。選手を誰も知らないんだったら、誰のを買っていいかもわからないよな」
「そうですね。でも、主任は買うんだったらどうぞ?」
「僕も特に誰のファンとかじゃないからいいよ。 でも、歩いている人を見ると、今年の人気選手がわかるな。松浪とか、飯野とかは定番だけど、高卒ルーキーの高橋のタオル持ってる人がかなり多くて驚いたよ。やっぱり人気なんだな」
……高橋って聞くだけで、大輝君のことを考えて会いたくなってしまう。
そう言えば、あれから何度か携帯見たけど、まだ既読がついてなかった。
仕事、きっと忙しいんだろうな。
「コウソツルーキーってなんですか?」
「……そうか、その言葉すら知らないのか……。高卒ルーキー、つまり、高校卒業と同時にプロ入りした今年1年目の新人選手ってことだ。 高橋はドラフト1位指名の野手で、10年に1度の逸材って言われてる上に地元出身ってこともあって人気が高いんだけど、それだけじゃなくてなかなかルックスもいいんだ。やっぱりタオル持ってるのも、若い女の子が多いみたいだな」
高校卒業して1年目ってことは、私と同い年だよね。
その年でプロ野球の選手なんて、すごいんだろうな、きっと。
大輝君と同じ苗字だし、もしこの先応援することがあるなら、その高橋って選手を応援しよう。
やっとドームの入口にたどり着き、ゲートで主任がチケットを2枚渡すと……。
それを見た人がわずかに緊張した顔つきになり、
「どうぞ、こちらへ」
と、他の人とは違う方へ案内された。
え?っと思っていると、案内された先は「関係者以外立ち入り禁止」の表示が。
「あの……主任? これって……?」
「――あぁ。どうも、もらったチケットがVIP用だったみたいだな。それならそうと、言っておいてくれればいいのに」
主任も困惑した様子でため息をついている。
「これをくれた人っていうのが、親会社のエライさんでね。でもまさか、そういうチケットだとは」
更に奥まで案内され、着いたところは小さいけど豪華な内装の応接室のような場所だった。
「こちらで少々お待ちください」
そう言って立ち去ろうとした係りの人に、主任が声をかける。
「出来れば、一般の人と同じ扱いにしてくれないか?……あまり大げさにはしたくないんだが」
「すみません。けれど、そういうわけにも参りませんので」
「……そうだな。確かに君に言っても仕方ないか」
「はい。では、失礼いたします」
なんだろう、今のやり取り。
なんとなくだけど、主任が違う人みたいだった。
何ていうか、人の上に立つオーラを出してるというか。
もちろん、バイト先のファミレスでは店長よりも上の立場だけど、そういうレベルじゃなくてもっと……
「……主任? あの?」
「――佐倉さん。君にはまだ言うつもりはなかったんだけど、この先わかってしまうだろうから、事前に言っておくよ」
「はい?」
「実は、僕は今はファミレスチェーンの本社社員であることに間違いないんだけど、元々は親会社の方の社員でね。現場を知るために、武者修行という形で複数ある系列企業の第一線で学んでいるところなんだ」
「はぁ……」
なんだか、どんどん話が大きくなってる気がしてきた。
ファミレス本社の社員さんでもエリートだって聞いてるのに、その上の親会社の社員?
それも、現場を知るための武者修行って、普通の社員はしないんじゃないかな……。
そういうのが必要なのは、通常は将来トップに立つ人間だって聞く。
――イヤ、まさか、ね?
「もっと言うと、親会社のただの社員ではなくて、将来は親会社を引き継ぐ立場だ。 今の社長が父親で会長が祖父。今回のチケットは父親である社長からもらったものだったんだ」
うわ~~……
まさかと思ったことが、本当だった。
もう、驚きすぎて声も出ない。
それって、もの凄い御曹司ってことじゃないの?
そりゃ、自意識過剰にもなるよね。
大企業の跡取りでこの容姿、仕事が出来る様子を見ても頭脳明晰なのも間違いない。
これまで、常に女性に不自由しない人生だったんだろう。
自分になびかない女性が珍しいってのも、本心なんだろうな。
どうりで、この若さであの高級車。
なんか、色々納得だ。
「……驚きました。 主任って、そんなすごい人だったんですね。 でも、その事を知ってる人って今の職場にはほとんどいないんですよね? 私も誰にも言わないんで、安心してください」
本当は私にも知られたくなかったんだろう。
確かにこの事実が周りに知られたら、主任を狙ってる子たちがヒートアップするのは間違いないだろうから。
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。 まぁ、君にはいずれ、この事は自分の口から話したとは思うが」
……え~っと。 それって、どういう……?




