第11話
駅に向かうのかと思っていたら、その横の立体駐車場に連れて行かれた。
「実は、車通勤なんだよ。ファミレスの駐車場はお客様専用だから、ここを月単位で借りてるんだ」
そうか、さっき駐車場が心配だから……って言ってたのは車で行くってことだったのかと、今頃気付いた。
「どうぞ?」
そう言って助手席のドアを開けてくれたんだけど。
え?そっち??
そう、普通とは反対側に助手席がある……つまり、左ハンドルの車だった。
それだけじゃない、見るからに高級車だとわかるその外観。
色はシルバーで普通なんだけど、流線型のスポーツタイプのその車は全然普通じゃない。
ハンドル中央にあるマークには見覚えがある。
見覚えはあるんだけど……この、円が4つ並んだのってなんだったっけ?
元々車に詳しい方じゃなくてすぐには思い出せないけど、国産車じゃないのは確かだ。
「……失礼します」
ゴージャスな内装に感心しつつ、ゴージャスな本革らしきシートに座り、その座り心地の良さを堪能した。
こんな高級車には普段縁がない分、緊張してしまう。
……本社の社員さんって、そんなにお給料いいのかな……。
「シートが冷たいだろ? すぐにシートヒーターで暖かくなるから、ちょっと我慢してて」
「シートヒーター……ですか?」
「そう、本革シートは冬に冷たいのが難点なんだよな。だからシートにヒーターが付いてる」
……やっぱり本革なのか。
……ほんとだ。ちょっとづつ暖かくなってきた。
「車酔いとかする? なるべくゆっくり、安全運転で行くつもりではいるけど」
「いえ、大丈夫です。すごく乗り心地いいですし。 門倉主任は車お好きなんですか?」
「そうだな。普段仕事ばっかりで趣味らしい趣味もないけど、ドライブは好きなんだ。少しでも時間があれば車を走らせたりするから、車にはこだわりがある方かもな」
そりゃそうだろう。
こだわりがある人じゃなきゃ、こんな(おそらく)高価な上に運転が大変そうな車なんて買わないはずだ。
ちらりと隣りを見ると、鮮やかな手つきでギヤ操作をしつつ、楽しげに運転する主任の整った横顔があった。
左ハンドルのマニュアル車をこんな余裕で運転している主任に、オートマ限定な上、まだ仮免すらない私はどうしても尊敬の念を持ってしまう。
「運転、お上手ですね……って、当たり前ですよね。 今教習所に通ってるところなので、つい気になってしまって」
「教習所か。 僕にはもうずい分前の事だな。……じゃあ、免許取れたらこの車、運転してみるか?」
「……いいんですか? 勇気ありますね、主任。 私、オートマ限定免許ですよ? ギア変えないまま、ずっと走りますよ?」
「あ、それは勘弁してくれ。 車が信じられない音出して苦しみ出すから」
その光景を思い浮かべて、2人して同時にフッと笑った。
「本気にしないで下さいよ」
「そっちこそ。 免許取り立ての子に愛車を運転させるわけないだろ?」
「じゃあ、最初からそんなこと言わないで下さい」
「確かにそうだな。 ついからかいたくなって。――いつもクールなその表情を崩してみたいって、ずっと思ってたんだ。 でも、思ったとおりだ。笑うと可愛いんだな?」
「……だから、からかわないで下さい」
主任て、いつもこんな思わせぶりな事言ってるのかな……?
天然……ってキャラじゃないし、これはわざとだよね。
こっちの反応見て楽しんでるとか?
こういうモテるタイプって、自分に興味なさそうな相手ほど振り向かせたくなるみたいだってことは、高校時代から学習済みなんだよね。
門倉主任もそういう人だとしたら、面倒なことこの上ない。
「君を困らせたい訳じゃないから、これ以上はやめておくよ。でも、可愛いって思ったのは本当だし、君と一緒にいるのは楽しい。 だから、君も単純に今日は楽しんでくれないかな?」
そう言ってこっちを見つめるその笑顔には、大人の余裕が感じられた。
「主任がそういう発言をしなければ、私も楽しめると思いますけど?」
その気もないのに、恋愛ゲームを仕掛けられるなんて絶対ゴメンだ。
「わかったよ。 本当、君は面白い子だね。ここまで僕に無関心な女の子は初めてだ。……ひょっとして、彼氏いるの?」
そんな自意識過剰な発言に引き気味になりつつも、きっとその通りなんだろうとため息をつきたくなる。
「はい」
「――――そうか、いるのか。……ちなみに付き合ってどのくらいなんだ?」
「すみません。そういう事、主任に言うのはちょっと・・。もうこの話は終わりにしません?」
それ以上、答える気がないことをきっぱり示すと、主任もさすがにそれ以上は聞いてくることはなく、当たり障りのない話題に自然に切り替えてくれた。
こういう大人の対応は助かるんだけど、さっきみたいなのはもう勘弁して欲しい。
今のバイトは気に入っているし、主任と気まずくなって辞めるとかはしたくない。




