第10話
翌日、年も押し迫った28日の日曜日。
朝からバイト先である駅前のファミレスに行き、午後も出られますと申し出たんだけど、その日は珍しく人手が足りていて、予定通りのお昼までの勤務となった。
その話をした主任に、
「どうした? 佐倉さん、誰かにドタキャンでもされた?」
なんて聞かれて、
「いえ、特に約束してたわけじゃないんで……」
何となく、仕事場で彼氏の話なんてしにくくて、言葉を濁した。
「――だったら、午後から空いてるんだよな? 僕も今日は昼で上がりなんだけど、よかったらコレ、佐倉さんも行かないか?」
そう言って、主任の門倉さんがポケットから出したのは、何かのチケットだった。
「うちの親会社がスポンサーしてるイベントなんだけど、余ってるチケット何枚か頂いてね。 イベントは夕方5時からだから、昼で上がる人に声かけようと思ってるんだけど。どうかな?」
……イベント?
……う~~ん。。
どうせ早く帰っても大輝君とは会えないし、車校ももう年末休みに入ってて行けないし……家でぼ~っとしてるくらいなら行ってみようかな。
「えっと、イベントってどういうのですか? あと、他に誰が行くんですか?」
「あぁ、言ってなかったね。ドームであるんだけど、プロ野球の地元球団のファン感謝イベントなんだ。今年は優勝したし、けっこう大々的にやるみたいでね。 ……え~っと、他には、田口さんと村上さんに声を掛けるつもりだよ」
プロ野球かぁ……
まるで興味がないので、地元球団といっても全くわからない。
元々、大学でこっちに来ただけで私自身の地元は他県なのだし。
あ、大輝君なら、そういうの喜びそう。
チケットだけ2枚くれないかなぁ……なんて。
あぁ、でも大輝君、今日は仕事でいないんだった……。
う~ん、どうせヒマだし、行ってみようかな。
田口さんも村上さんも、同じ大学の先輩女子で仲いいし。
あの2人と一緒なら、意外と楽しめるかもしれない。
「……じゃあ、行かせていただきます」
「そうか、よかった! これでチケットが無駄にならなくて済んだよ。 仕事が終わったら駅の中のコーヒーショップで待っててくれるかな? 僕はみんなよりちょっと遅くなると思うから」
「わかりました」
「じゃあ、またあとで」
そう言って仕事に戻る後ろ姿を見送る。
門倉主任はかなりいい男だ。
私たちバイトとは違って、本社から来てる社員さん。
年は20代後半くらいかな。
大輝君ほどじゃないけど背が高く、スタイルもいい。
でもなんと言ってもその顔。
メンズ雑誌のモデル顔負けってくらいのイケメン。
異国の血が入ってるかのような、彫りの深さだ。
さらに立ち居振る舞いもスマートで、大人のいい男って感じ。
ちょっとオレ様なところもあるけど、理不尽なことは絶対言わないし、仕事の上ではそういうところもむしろ頼もしかったりする。
その容姿と、本社から来てる社員=将来有望なエリートってことで、バイト仲間でも狙ってる子は多いって聞くけど、基本、社員さんは長く同じ店舗にはいないのだ。
門倉主任もここに来てもう3ヵ月くらいだから、そろそろ次の店舗に移動する時期かもしれない。
いつだったか、飲み会の席で本人が言ってたのが、
「出会いは多いかもしれないけど、相手はバイトの大学生かパートの主婦がほとんどだし、何より全国レベルで転勤ばっかりだから、今は彼女なんて作ろうとは思わないな」
……確かにね。
門倉主任ほどの人が彼女いないなんて不思議な気がしたけど、そんな状態だったら仕方ないよね。
そういえば、そのあとにも何か言ってたっけ。
「でも、その転勤生活も今年度いっぱいくらいで終わりそうなんだ。もしかしたら今の店舗で最後かもしれない。……そうしたら、俺もやっと彼女が出来るかもな」
ってことは、門倉主任を狙ってる子は今がチャンスなんじゃないの?
でも、どういうわけか「今年度いっぱいで終わりそう――」ってそのセリフだけは、声を落として囁くように言っていたので、隣にいた私くらいにしか聞こえていないと思う。
彼女欲しいなら、そういうことはみんなに聞こえるように言わないと、効果ないですよ?主任。
昼であがると言ってもここはファミレスなので、一般的な昼の時間帯ではない。
うちの店舗では、午後2時までのシフトが、昼上がりとされている。
仕事を終えて更衣室へ行ったけど、田口さんと村上さんの姿がない。
忙しさでよく覚えてないけど、そういえば最後の方、田口さんも村上さんもホールにいなかったような……?
清掃とか、キッチンにまわってたのかな??
不思議に思いながらも2人が来る気配がないので、とりあえず主任との待ち合わせ場所である、コーヒーショップへ向かった。
コーヒーを飲みつつ携帯を確認する。
バイト前に大輝君に送ったLINEが、既読なしの状態でポツンとあった。
……そりゃ、仕事だもんね。
LINEとか見れないって。
会えない時はしょっ中、大輝君の方からとりとめのないLINEを送ってきていたので、それがまるでないって事になんだか不安になってしまう。
――だから~~仕事だってば!
「はぁ~~」
そんな自分に呆れてため息をついたところへ、門倉主任が現れた。
「待たせたね、佐倉さん。 まだ時間には早いけど、あっちで駐車場が心配だからもう出た方がいいな。昼食は終わってる?」
「あ、はい。今日は前半に休憩でしたから……。って、それより、もう出るってどういうことですか? まだ田口さんたち来てないですよ?」
そう、ここにもいないし、主任と一緒に来た様子もない。
「あぁ、それがあの2人、今日は1時間早くあがりだったんだ。年末で朝の始業時間が1時間早かったんだよ。うっかり忘れてて、誘いに行った時はもう帰った後でね。 他にあがれる人もいなかったし、結局行けるのは僕たち2人だけみたいだな」
……えっ!
2人だけって……門倉主任と2人きりで行くって事?
えぇっと……
それは、どうなの?
もちろん、私みたいなバイト学生相手に、主任は何も意識したりなんてしてないんだろうけど、2人きりとなるとなんだかデートみたいだと思ってしまう。
それはやっぱり、良くないよね?
「あの……。そういうことでしたら、今回私は遠慮させていただきますので」
うん、だって門倉主任も私に声かけたばかりに、他に誰も行けなくなったのに仕方なく行くって感じだろうし。
それに……こういうの、大輝くんが知ったらいい気持ちはしないだろうとも思う。
「……なんでだ? ちょっとイベント見に行くだけだぞ? チケットと引き換えに抽選会にも参加できるし、それ以外にもお土産も色々もらえるはずだし。 せっかくチケットがあるのに、このままだと僕以外誰も使わないままゴミ箱行きだ。僕は上司にチケットもらった手前、行って感想とお礼言わないといけないんだけど、いい年した男が年の瀬に1人でそういう場所に行くのも気が進まないもんだよ。おまけにいかにも仕事帰りっていうスーツ姿だし、1人だったら浮きまくるなきっと。その点、若い女の子が一緒なら、付き添いで来ましたって顔出来るし。……だから、付き合ってもらえるとありがたいんだけどな」
なんだかいつもの主任に比べて、言葉に熱意がこもってるような?
でも、そうか。
私が行かなくても、主任はチケットもらった手前行かなきゃいけないんだ。
確かに、この服装の門倉主任が、親子連れや野球ファンで一杯のドームにいたら、浮いちゃうかもしれない。
だって、服装もだけど、なによりこの容姿だ。
どこに行っても、良くも悪くも人目を引いてしまうはず。
私が一緒に行く事でそういう居心地の悪さを解消できるって言うんなら、協力するのも仕事のうちなのかな?
うん、仕事で同行すると思えばいいか。
大輝くんにも、あとからそう言っておこう。
「えっと……。私が一緒に行くことで主任が助かるって事でしたら……行かせていただきますけど」
「そうか! よかったよ、ありがとう。 ここまで言って断られたら、さすがにそれ以上無理強いは出来ないからな。……じゃあ、もう出られる?」
「はい。大丈夫です」
私が立ち上がると、さっと伝票を持ってレジへ向かう門倉主任。
「主任! それは自分で払いますから!」
「これは、今日付き合ってもらうお礼だと思ってくれ。……まぁ、えらく安上がりなお礼だから、また後日食事でもおごるよ」
「いや、そんな!お気遣い無く」
もちろん社交辞令だろうけど、そんなセリフ、誰にでも言ってたら大変な事になりますよ?……って、忠告したい気分だ。
門倉主任と個人的に食事や飲みに行きたい子は、たくさんいるはずなんだから。




