第1話
2作目になります。
最後までほぼ書き終えているので、基本的に毎日更新します。
お時間あれば読んでいただけると嬉しいです。
「じゃあもうすぐ時間ですので、このまま2階の201教室に行って下さい」
「あ……はい」
そう言って急ぎ足で201教室に向かい、そっとドアを開けたものの……そのまま足が止まってしまった。
「え……っと? 間違えて、ない、よね?」
確認してもそこは201教室で合っている。
けれど、あと数分で時間だというのに、20人ほど入れそうなその部屋には他に誰もいなかったのだ。
ここは大学からほど近い、こぢんまりとした自動車学校。
私、佐倉加奈子19歳は、大学生になって以来免許を取りに行かなきゃ……と思いつつ、色々あって12月に入ったこの時期に入校することになった。
大学の友達は推薦の子は入学前に取ってるし、他の子もほとんどが夏休みの間に取ったみたいで、バイトに一生懸命だった私は、一人遅れをとっていることに最近ようやく気がついた。
理系の学部で比較的カリキュラムが詰まっていて、必須科目も多いし実験やレポートも多い。
学年が上がるごとにさらに忙しくなるという先輩の話を聞いてさすがに焦り、バタバタと入校することになったのだ。
誰もいない201教室の、とりあえず1番入口側の最前列端っこの席に座る。
入校式は毎週水曜と日曜で、今日は水曜だ。
こんな中途半端な時期の平日なんだから、同じ日に入校する人は少ないかもなぁとは思っていた。
思っていたけど、まさか私1人だなんて……!
入校式の開始時間は午後4時30分。
あと少しだ……と思っていたら、廊下から足音が聞こえ、教官らしき中年の男性と事務員らしき若い女性が入ってきた。
「え~っと、佐倉さん?」
「あ……はい」
うわ~、入校式がマンツーマンなんて……。
イヤ、相手は2人いるからマンツーマン以上?
そんな事を考えて苦笑いしていると、バタバタと廊下から足音が響いてきた。
「あぁ、来たみたいだな」
教官らしき人がそう言った途端、ドアがバタンと開き、背の高い若い男性が入ってきた。
「すみません! 遅くなりました!」
「あぁ、大丈夫だよ。まだ始まってないから。 えっと、高橋君だね?」
「はい! よろしくお願いします」
教官に深々とお辞儀をしつつ、ハキハキと挨拶する姿に、「あ、体育会系だな」とつい思ってしまう。
まあ、それだけじゃなく、コートを着ていても隠せないほどのガッチリした身体つきに、190センチ近くはありそうな身長を見れば、何かスポーツをしているんだろうなというのは一目瞭然だ。
インドア派の私からすると、どうしても避けてしまうタイプ。
高校時代から、体育会系男子とは話があった試しがないからしかたない。
「今日は……君たち2人だな。 じゃあ、そこに並んで座ってもらおうか」
体育会系男子に異様に熱い視線を送っていた若い事務員さんが、資料を渡してくれて名残惜しそうに出て行った後、教官に促され教室前列中央のあたりに初対面の体育会系男子と並んで座る。
彼にはこの机は少々小さいみたいで、気をつけていないと腕同士がぶつかるし、足も机からはみ出している。
その状況が気まずくて、なるべく腕や足が当たらないように小さくなって座っていた。
こんなに席が空いてるんだから、なにも隣同士で座らせなくてもいいのに――って、教官に目で訴えてみたけど、当然気付いてなんてもらえない。
1時間ほどかけて色々な説明事項が終わり、次の学科講習前の休憩時間になった。
学科もこのまま同じ教室で行いますと告げると、教官はさっさと教室を出て行った。
え~~っと。
静かな教室に知らない人(それも苦手な体育会系男子)と2人きりって、ものすごく気まずいんですけど。
特に行きたくもないけど、トイレにでも行こうと立ち上がりかけた時、体育会系男子が話しかけてきた。
「あの……気、つかわせてごめんね。 俺、この通りデカイから、高校ん時はジャマだって言われて、いつも1番後ろに追いやられてたんだよね」
そう言って情けなさそうに笑ったその顔に、思わずキュンとしてしまった。
ナニコレ、かわいい。
でっかいワンコみたい。
おまけによく見ると、体育会系男子はかなり整った顔をしていた。
身体つきとは似合わずとても繊細なきれいな顔で、思わずジッと見つめてしまった。
すると、なぜだかどんどん赤くなって目が泳ぎだす。
え……っと? これって照れてるの?
見た感じ年上っぽいのに、やっぱりなんかかわいいんだけど。
「いえ、大丈夫です。 私もそんなに小さいほうじゃないんで、お互い様ですよ」
相手よりはだいぶ小さいとはいえ、女性の168センチはけっこう大きいほうだ。
今日はスニーカーだけど、ヒールを履けばその辺の男の子とは目線が一緒になってしまうのだから。
その会話がきっかけになり、その後も写真撮影や適性検査の合間にいろんな話をして、入校式が終わってからも最寄駅までおしゃべりしながら自然に一緒に歩いて帰った。
そこでわかったこと。
高橋君はやっぱり体育会系男子で間違いなく、小さい頃からずっと野球をやっていたということ。
大学生かなと思っていたけど、高卒で就職して社会人1年目であること。
つまり、同い年の19歳。
ちょっと特殊な職種らしくて、忙しい時とそうでない時が数ヶ月単位で繰り返すらしく、やっと忙しさから解放されたこの時期に免許を取りに来たこと。
具体的な職業は聞いてないけど、言いにくそうなその様子からピンとくるものがあった。
自衛隊とか、警察関連とか、警護(SP)とか、とにかく守秘義務がありそうなそういう職業なのかも……。
高卒だから、研修生とか訓練生とか。
専門的な知識も興味もまるでないから、妄想に近い想像でしかないけど、こんな立派な体格と体育会系の立ち居振る舞いから、勝手にそうに違いないって思う。
ただ、最初に私が大学生ですか?って聞いたときに、一瞬驚いた顔をしていたのが不思議だった。
まじまじと私の顔を見るから「?」と思ってると、なんだか嬉しそうにニッコリ笑った。
社会人してたら、大学生だと思われるのってイヤなのかと思っていたけど、彼はそうではないらしい。
それはともかく、社会人なら学生とは自動車学校に行く時間帯も違うだろうから、入校した日が一緒でもこの先滅多に会うことはないんだろうな~と思いつつ、駅でそれじゃあ……と別れた。
LINEくらい聞いてもよかったかな、なんて思ったのは家に帰ってからで……。
初対面の相手に対してそんな風に思った自分にかなり驚いた。




