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修行とか座学とか思想教育とか・・・?

「えー。では、用意した資料の二つ目、62ページを開きなさい」


やじりの珍しく事務的な声が部屋の中に響く。窓の外は蝉の声がけたたましく溢れ、潮風と日差しは今日も気持ちいいくらい絶好調なんだろうな。


そんな環境にいながら、おれたちは宿のおれの部屋、シングルの狭い部屋の中に集まって、魔法のお勉強をしていた。


昨日は結局なーんもできなかったから、今日くらいは本腰入れて合宿本来の目的を思い出すことになったのだ。


午前中はやじりの指導で座学。「魔法の発動時における魔力の変換と発動術式の基礎〜いかに省略していかに威力を保つか〜」という面白そうな面白くなさそうななんとも微妙な授業を受けている。隣では牙や御影も熱心にちゃんとノートをとっている。まあ、やじりは名門・白羽家の時期跡取りなだけあって、魔法の知識と技術は魔法界のなかでも指折りだ。普段は仲が悪くとも、こういう時は立派な先輩ってことなんだろう。


「・・・・この資料は今年発売されたばかりの恋愛小説で、うら若い男女の心理描写が限りなく赤裸々に書いてあります。では、この62ページの題目を、そうですね。じゃあ歪くん、読み上げてください」


指さされたおれは、ちょうどめくったばかりの62ページを押さえて、そこの章のタイトルを読み上げた。


「えーっと。“ルート確定。あとは好感度頼み”」


「はい、ありがとうございます。手元にあるプリントに、この小説の挿入イラストの拡大コピーがあるはずです。それを合わせて見てください」


がさがさ、と分厚い資料をかき分けると、あった、これかな。どれどれ、ああ、これっぽい。


三人の女の子と、一人の男の子の図があって、男の子を中心に女の子が周りを三角形に取り巻いている。そこにたくさんの矢印があって、ハートマークやら「憧れ」やら、「好き」とかっていう関係性の相関図みたいなものが描かれている。


「男の子はものすごく鈍感で、告白一歩手前なことを、ある意味告白よりも殺傷力高めに囁いてもこれっぽっちも気づきやがりません。その上男の子には特殊な性質があって、この子達はみんな魔法使いなのですが、男の子は魔力を持つ生き物に無差別に愛される極めて特殊な能力を持っているのです」


「ふんふん」


御影も牙も熱心にやじりの講義に聞き入っている。


ふーん、そういう話なのかー。

なんか面白そうな面白くなさそうな。


「女の子たちはその男の子に無償の愛を誓いますが、内心はとても悩んでいます。自分たちは本当に自分の意思でこの男の子を愛しているのか、それとも男の子の魔法的性質のせいで虜にされてしまっているのか・・・」


「可哀想・・・好きなのに、その“好き”が信じられないなんて」


「ぼくも経験あるけど・・・なんか胸の奥がいつも嫌な感じで、どこか自分を騙しながらじゃないと接することもできなくなっちゃうんだよね・・・」


三人の女の子たち(ああ、こっちは現実の目の前の方な)は、急にしんみりと悲しげな表情になった。


「この物語は・・・少年少女の心のあり様をかなり正確に綴った、実話に基づいた小説なの。ただ、著者は女の子の側だから、男の子の心理描写は推測の域を出ないの。それがこの物語をよりいっそう切なくしているんだけれどね」


「男の子って、どうして女の子の心を分かってくれないんでしょう・・・女の子の方は分かりたくて一生懸命なのに」


「分かってもらうために努力するのは苦じゃないんだけど、分かってもらえなかった夜は、ちょっと辛いんだよね・・・」


はあ、と三人は同時に切なげなため息をつく。


ほお、珍しく息がぴったりじゃないか、とおれは呑気に感心しているが。


「歪はどう思う?」


「歪くんはどう思いますか?」


「歪は・・・どう?」


ぐりん! と示し合わせたように乙女三人が一斉にこちらを向く。


うっ、どう思うって・・・そうだなあ、やっぱりさっきから思ってたんだけどさ・・・


「・・・授業の内容が単位名と180度食い違ってると思う」


ビキビキッ!

やじり、牙、御影のこめかみに青筋が浮かんでブチ切れたのが見てとれた。えっ? ちょ、なんで?


「ひ、歪? この本の表紙見て、ちょろっとタイトル読んでみ?」


やじりがヒクヒクした笑顔で、いつになく顔に影を落として言う。おれはビクビクしながら、大人しく読み上げることにする。


「え、えーっと。【愛と、悲しみと、絶望のずっと私のターン】〜届かぬ想い? それとも受け取り拒否? 編〜・・・です」


「うん。それで?」

「・・・え。そ、それで・・・?」


「それで何か言うこと、考えたこと、反省したこと、思い出したこととか、なにかあるんじゃないかな〜!?」


やじりの今世紀最大の怒りに満ちたもはや笑ってない笑顔が鼻の先まで迫る。なにかって・・・ええ? なんだ!?


歪んだ表情のやじりはがんとしてそこから退かず、いまや鼻と鼻がこすれそうなくらいだった。おれはふっと昨日もこんな光景が目の前で起こったのを思い出した。


でも、あれはおれの単純お人好しバカさ加減を二人がいいように逆手にとって騙されたのだけど・・・


おれはごくり、と嫌な生唾を飲んでこらえようとするが、なのにどうしても唇へ目が移ってしまった。別に他意があったわけじゃないぞ。断じてだ。


でも、いっつも一緒だった家族みたいなやじりだけど、おれはんなにもやじりと分かってやったわけじゃないんだけど・・・


あんなことの後だと・・・ちょっと調子が・・・


おれは変にドギマギしてしまって、ふいっとやじりから顔を背けた。いかん、顔が火照ってるのが分かる。ええい、落ち着け。


「・・・歪?」

やじりは怒っていた口調から、ちょっとだけ心配そうな声音に変わっている。


「どしたの?」

「いや、なんでもない。なんでもないから」


おれは目を背けたまま、赤くなって必死に手をぶんぶん振る。


「そんなことないでしょ。なに? ちょっと怖かった? ごーめんって、ほら、でもいつものことでしょー?」


昨日のことなんか何にもなかったみたいに、ケロっとしてやじりが笑う。まるでおれのこの反応が珍しくて面白いみたいだ。


おれは少しむっとして、やじりの方に向き直って、ほんの小さな声で、おれらしくもないけど不満を言ってみた。


「・・・昨日の今日でそんな近づくからだろ・・・一応・・・おれだって気にして・・つか、勘違いでも一方的にしちゃったから、その・・気にして、っつーか・・おれもはじめてだったし・・・」


あーもう、何を言ってんだおれはあああ!?


自分で言っててさらに真っ赤になる。でも確かにまさかの展開が頭から離れなくって眠れなかったし。うああ。ボフンと湯気が頭から立ち上ってるよ。お茶が飲みたかったらヤカンもってこいよ!


おれはなんかもう自我が崩壊しかけているくらいだったけど、それと同時に女の子ーズも完全に動きを停止していた。


「・・・・・・・・・・・え?」

「・・・・・・・・・・・は?」

「・・・・・・・・・・・ボンッ!」


前者二つは御影と牙が、予想外の展開についてこれなくなった声。後者はやじりが真っ赤になって爆発した音だ。


「えええええええ歪!?」


「はあああああああそんなのってありですかああ!?」


「きーたーッッッ!!!きたきたきたきた歪歪歪歪ぅぅ!!」


がばあっと抱きついてくるやじり。

「うわああ!? っちょ、はなれ・・・うっ?」


「やっと!やっとね!やっとなのね!? 歪が私を見てときめいてるのね! なんだこの純情だったんじゃない! ここ? 唇を見て赤くなってんの? ふふふ。うふふふふ」


「うおわっちょ、やめろっておま・・まずいまずいまずい!」


「御影さん。意外な弱点分かりました」


「うん。奇遇だね。牙ちゃん。ぼくもなんだよ。この男・・・単にぼくたちを女の子として見てなかっただけで、女性に対する免疫は、ゼロだ!!!」


「ひーずーむ?」

「分かった!分かったから!いや、むしろ何も分かってないのかもしんないけど分かったからやめーっ」


「そこまでだよっ」

「私たちも混ぜるがよいです!そして歪くんを強奪して昨日こっそり調べておいたプライベートビーチにGOです!」


「「させないっ!!」」

「「うわあああ!!たすけてー!!!」



外では蝉の鳴き声が一番賑やかになる頃合い。

少年の哀れな悲鳴は、その騒音にかき消されて助けがくることは恐らくないのでした。


・・・・って、座学は!?


続く。

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