海とか砂浜とか鈍感とか
「歪、はやくはやく!」
晴れ渡る快晴の空模様の下、元気にはしゃぐ黄色い声。
早速海辺へと繰り出してきたおれは、水着とパーカーに着替えて砂浜を歩いていた。あちこちで広がるビーチパラソルが朝顔のように色とりどりに咲き乱れ、華やかな印象を受ける。
・・・だから、うん。そっちの方見とこう・・・。
「ねえ、歪ー? なんでそんなに離れてるの?」
聞こえない聞こえない。見えない見えない。他人のふり他人のふり。
「・・・ちょっとねえ歪。ブツブツの内容聞こえてるんだけど」
ぬうっとおれの逸らしまくった視線の前に、ほっぺたを思いっきり膨らませた御影が入り込んできた。しかしおれはさらに首をねじり、あらぬ方向へ目を向ける。エー ?ダレデースカ、コノヒト?
「・・・・・・ッ」
それを見た御影は素早く両手でおれの顔を挟み、ゴキゴキッと嫌な音をたてて無理やり視線を引き戻した。
「あ痛っ!」
「歪、なんで離れるの。なんで関係ない方ばっかり見るの。なんで他人のふりしてるの」
あまり長くない、肩くらいまでの髪をバレッタで後ろでくくった御影は、いつになくご立腹な表情でおれを睨んでいる。
くっ、しまった。これではもう他人になりすますことができない。おれは困ってしまって、仕方なく御影に諭すように話しかけた。
「御影さん」
「うん? なんだい歪。言い訳なら聞かないよ。ぼくと一緒に歩くのが恥ずかしいなら素直にそう言えばいいんだよ。どうせぼくはやじりちゃんや牙ちゃんみたいに可愛くないし。知り合ったのだって今のクラスになってからだけど、それでもぼくだって今日のことは楽しみにしてたんだよ!」
なんだか怖い顔で涙ぐむ御影。
いや待て。なんの話をしているのか半分も理解出来てないけどちょっと落ち着け。おれが言いたいのはそういうことじゃない。
「いや、あのな・・・」
「いやっ。やっぱり待って、まだ聞きたくない。ぼくだって頑張るって思った矢先なんだもん。それなのに、ううう・・・」
ダメすか。聞く耳持ってもくれないすか。
おれは照りつける日差しにじりじりと焼かれながら、だんだんに集まってくる周囲の男の子たちの好奇の目をひしひしと感じていた。
いかん・・・根本的なことに気づいていない。どうしよう。
おれはどっちかっていうと冷や汗をかきながら、意を決して座り込んでしまった御影の肩を優しく叩いた。
「うう。歪のっばーか。どうせぼくなんかより他のビーチの女の子に目が行っちゃって心が迷子になってたんだろ」
「お前のそれは被害妄想なの? それともさりげなくおれをそんな節操のない種馬みたいな男だと罵倒してんの?」
「どっちでもない・・・けど・・後者は・・ちょっと」
「思ってんのかよ!」
おれはおなじみのため息を今日も今日とて盛大に吐き出した。はああ。さよならおれの幸せ。
どう言ったら御影におれの気持ちが伝わるのだろう。もはやこうなったらそのものズバリを言っちゃった方がいいんだろうとは思うけど、そうしたらその後の展開が用意に想像できてしまうのだが。
・・・まあ今よりはマシ・・・かなあ。
「あのな、御影さん。青い空、熱い砂浜、輝く太陽。この三つが揃う時、そこには何があると思う?」
おれは最大限遠回しに優しい質問形式にしてやることにした。
「え? なんだよいきなり・・・そんなの、海、だろ」
「ピンポーン。正解。では、ここでもう一つ問題です。海に遊びに来た若者が、海に入ろうと思って着替えました。はい、なにに着替えたでしょうか」
「はい!沐浴着!」
「はい違うよ! それだよ! おれが言いたいのは!」
「・・・え?」
おれの言っている意味が分からなかったらしく、きょとんとする御影。ああもう、頭痛い。
そう、なんとこいつは、長く白い沐浴用の着物を着ているのだ。
ことの原因はなんとなく分かってんだ。でもそれを認めると御影がすげえ可哀想な子になっちゃうから、おれはあんまり考えないようにはしてるのだが。
それはこないだ、やじりが御影に刷り込んだインチキ 情報のせいに他ならない。
あの日部室で、今回の合宿行きが正式に決まったときのことだ。結局、やじりはおれたちだけで海に行くことに激烈に反対した。あんまり駄々をこねるように文句をつけるもんだから、そんなに行きたかったのかと俺も可哀想になって、優しいおれはこう言ってあげたんだ。
「分かった。やじりも海に行きたいみたいだから、御影と一緒に行ってこいよ。おれは別にそんなに行きたかった訳じゃないし。牙と一緒にお土産期待して待ってるよ」
と、にこやかに善意に満ちた提案をすると、牙もぱあっと顔を輝かせてうんうんと頷いた。
が、その次の瞬間、光速で叩きつけられた二発同時の平手打ちを顔面にぶち込まれ、おれは壁際まで吹っ飛んだ。
「なっ? なんでっ!?」
おれは百パーセントの善意だったのに!?
ひりひりするほっぺたを押さえて必死に状態を起こすと、ズン、とそこにふたつの凶悪な威圧感の塊がおれを見下ろしていた。
「そんなに行きたくなかったんだ。ぼくとの旅行なんて別に行きたくなかったんだ。だからやじりちゃんと言って来いなんて言って、歪はぼくらのいない部室で牙ちゃんと牙ちゃんと牙ちゃんと・・・」
「ふうん。いい人面して本当は厄介払いがしたいって訳ね。なによ!二言目には牙、牙、牙って! あんた私が一体どんな思いで今日まできたか、本当は分かってない訳じゃないんでしょう!?」
ずずい、と二人がめいめいになんかよく分からないことを言いながら狂気じみた顔で刺さるような視線を突き刺してくる。
おれはとっさに助け舟を求めて、唯一の味方っぽい牙の方を慌てて振り返った。
が、すぐ隣にいたはずの牙はそこにはおらず、なにやら部室の向こう側で我が身を抱いてうずくまっている。
「・・・二言目には・・・牙・・二人のいない部室で・・・歪くんは・・・うふ・・・うふふふふ」
うん!だめだ!使い物にはならないっぽいわ!
ふるふると拳を握りしめて次なる一撃を溜め始める二人を前にして、おれはとっさに頭をフル回転させた。
かっ考えろ! この状況から脱し、みんな笑って、ちゃんと収まる方法がきっとあるはずだ。考えろおおお!
・・・・ピン!はっ!一件ヒット!
おれはもうこれにしがみつくしかないので、ばっと起き上がって涙目の二人の肩をがばっと抱え込んだ。
「ッッッ歪!?」
「っちょなによいきなり! そんなんでこのお私を抑えられると本気で思っ・・・腕・・・・・・・抱っ・・・・・:・ッッッッッッスーハースーハー。」
驚いた御影となんか嫌な感じに呼吸を荒くするやじり。よし、一瞬でも気持ちが怒りからそれた。このチャンスを逃してはたぶん生きて帰れないおれ!
おれはできる限りの営業スマイルを満面に浮かべて、不自然に朗らかな声音で声高に言った。
「あー、そうだー。じゃあせっかくだしー、みんなで合宿ってことにしようぜー!そしたらみんなで行けるじゃんー。旅は道連れ、多い方が楽しいってー。そうだそれがいいー!!!(超棒読み)」
「合宿?」
「すっっっは・・・す・・ガクン!」
「うふ・・・・うふふうふふふふ・・・」
「やじりさん!? あと牙もちゃんと聞いて!」
おれの腕の中で突如失神してしまったやじりと、なんかもう向こうの方で床に突っ伏して悶えてる牙。なんだっ? どうしちゃったんだこいつら!?
何故か二人に共通して言えるのは、ものすごく幸せそうな緩みきった表情で、壊れたように絶え間ない笑顔をうかべていることだが、普段からは想像もできないその邪気のない微笑みはなんかおれの背筋を凍らせるに足る恐ろしさを含んでいた。
「合宿? 海に? わああ、いいな。楽しそうだよねえ」
ほわわわーんと場違いな朗らかなオーラで嬉しそうにしている御影が、もはやおれには異界の住人にしかみえない。ああ、やっぱおれの安らぎはこいつだったのか・・・。
「チケットは二人分あるから、あとの残りの二人分をみんなで割り勘すれば格安旅行にできるよね! シャンプー持ってったがいいのかなー」
ああああ。なんでこいつはこんな状況でほわほわできんの!?
おれはもう疲労もピークだったので、御影の両手をとって支えていたいたやじりをぺっと捨てて、真剣な顔で御影に詰め寄った。
「なあ、もうこの夏はおれと一緒に逃げないか」
「・・・・・・・・・・・・・・っえ」
突然の申し出に一瞬訳がわからない、というぽかんとした顔をした御影は、その一瞬後にボフンと湯気がでそうな勢いで真っ赤になった。
「ひっひひひ歪!? どどどどういう・・・!?」
「なんかもうこの夏はろくなことにならない匂いがプンプンしてきたから、もうこの際まともなのお前だけだしおれの田舎にでも脱出しない? 確か神族の高等種族とそろそろ契約したいって言ってたじゃん。うちのじいちゃんアウラメーナ神族の系譜の巻物持ってるからさ、いい感じのやつを紹介してくれるよ」
「歪のッッ田舎ッッ!?おじいさまッッ!?紹介ッッ!?」
いく!行きます!と、光速で頭を肯定の意味でぶんぶんふる御影。おし、空っぽだった夏の予定もたったし、旅行券はぶっ壊れてる二人が勝手に使うだろ。じゃあ善は急げだ。
とりあえずこの地獄絵図から逃げ出すとしようか。
御影の手を引いてくるりと振り返ったおれは、部室の出口に向かおうと歩き出した。が、その瞬間以上に気づいた。
いない!? 投げ捨てたはずのやじりと、なんか悶えてた牙の姿がない!
キョロキョロと部室を見回すが、二人の死体(?)は見当たらない。意識を取り戻したのだとしたら・・・あいつらの行動パターンからして、いるとしたら速攻でおれの死角に・・・・。
おそるおそる視界の届かない背後を振り返ろうとすると、ゾワッと全身の毛が逆立ちそうな殺意にも似た魔力の放射が襲いかかってきた。
「今の、聞きましたか? やじりさんや?」
「ええもちろん聞きましたとも、牙さんや。一語一句、句読点呼吸の継ぎ目ひとつ逃さず聞き取りましたよ牙さんや」
「流石ですねやじりさんや。ついでに私はあんまり真剣に二人の世界だったもんだから携帯電話録音もしちゃいましたし」
「それはでかしましたよ牙さんや。なんかおかしな単語が入ってやしませんでしたか? 一緒に逃げてくれとか? おれの田舎へ行こう? だとか?」
「モチのロンですよ、やじりさんや。バッチリくっきりしっかり言ってやがりましたよ。どうします?どうしてやりましょう?この落とし前どうつけてもらいやしょう?」
「許せませんね。許しませんよ。私を置いて私より先に田舎へ同伴? なんなのそれ。まさかこの十年一緒にいてまだこのバカ気づいてないのかしら?」
「あー・・・今更ですけどそれは確実に気づいてないですよ」
「ですよねー!!!」
おれは凍りついたまま二人のコントを聞いている他なかった。
振り返っても殺られる。動いても殺られる。誤ったら多分三割ましで殺られる。決死で部室から逃亡を図ったら?
・・・ドアにたどり着く前に捕縛されて校内引き回しの上打ち首獄門だろうな。詰んだ。
・・・・! そうだ!
こっちには高等魔法使いの味方がいるじゃないか!
空間転移で逃げ切ればこっちのものだ。そしてそのままウチに逃げ込めば親父の絶対霊域、不可侵の結界が守ってくれる。
ふふ。残念だったな。こっちのまともグループの方が一枚上手だったみたいだぜ。
おれは握っている御影の手にちょっと力をいれ、今だ、とタイミングのサインを送った。おれの空間転移はちょっと時間がかかる。
純粋な高等魔法使いじゃないからな。その点御影はまごうことなき高等魔法の申し子みたいなやつだから、完璧なはず。
残念だったな二人とも。また二学期に会おう!
おれは自信に満ちた笑顔で二人に向き直った。さあ、空間転移の陣がくる・・・くる・・・くる・・・?
こないっ!
どうした御影、とこっそりおれが御影の方に目を向けて、今だよ、今なんだよ、と目配せしようとしたら、おれは状況を一瞬理解してしまった。
あ、だめだわ。
御影はおれの握った手のひらから順に上に向かって徐々に赤くなって、顔なんか熟れ過ぎたトマトみたいな色になっていた。
「ひずむ・・・手・・・握・・・ぎゅっ・・」
うん、これおれ知ってるぞ。ダメなやつだ!
おれが絶望を悟った瞬間、二人の邪悪な笑顔からついにどす黒い魔界の瘴気が放たれはじめた。
「「で、いつまでその手をにぎってんのかな?「ですか?」」
にこやかなその二体の悪魔は、かたや鞄からカッターナイフ、かたや短く呪文を吐いて空中から漆黒の刃の大剣を取り出した。
「くっついちゃって離れないみたいだから、私たちで切り離してあげよっか。牙さんや!」
「それがいいと思いますよやじりさんや。珍しく意見が合いましたね!」
「なにもよろしくない方向で意見の合致しないでくださる!?」
おれは凶刃が迫り来る前に危険を脱しようと、ぱっとつないでいた御影の手から力を抜いた。
が、がばっと慌てて御影がしがみついたので、手のひらは一ミリも離れなかった。
「えっやだ!もっと!」
「御影さん!? 待って。話聞いてたよね?ちょっと離してくれないとおれの胴体と右手さよならしちゃうんだけど!」
「でもいやなの! そんなの後でぼくがいくらでもくっつけてあげるもん。歪はぼくの隣でぼくだけを見てぼくを田舎へ連れて行ってくれればいいんだよ!」
「っちょ!なんでこの状況でそんな火に油を注ぐような発言をあえて選らんじゃった!?」
「ここまで言ってもなんでか分からないのかよ!? この犯罪者級鈍感バカ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを前に、以前殺意を漲らせるやじりと牙だったが、はたからそのやり取りを見ていてなんだか同情のようなものが御影に向かってにじみ出はじめてもいたりした。
「ねえ・・・牙」
「・・・はい。」
「あいつってあれ・・・素・・・?」
「・・・なんでしょうね」
「なんでなのかしらね・・・なんでこんな状況でまでバカみたいに気づかないでいられるのかしら・・・バカなの・・・?」
「はい・・・バカなんでしょうね・・・」
「そうよね・・・」
「ていうか、恋愛っていう回路脳みそにちゃんとあんのかしら」
「さあ・・・なんかもうないんじゃないかって気がしますけどね」
「なさそうよね・・・」
「ないんでしょうね・・・」
はああ、と諦めにも似た悲しげなため息が二つ、割と大きく漏れた。
「あの、歪くん」
不意に、牙が殺気のない声でおれに話しかけてきた。
「ん、あ、おう、なに?」
「歪くんって、好きな女の子のタイプってあります?」
好きなタイプ? そういえば考えたこともなかったな。好きなって言われても、すぐには出てこないし・・・。
予想外の質問にうんうん悩み始めたおれを、牙はどこか遠い目で眺めていた。なんだ、その目は。おれにだってそのくらいあるぞ。たぶん、きっと、うん・・・。
反論しようとして、おれは自分で思いのほか落ち込んでしまった。好きな人か。考えたことなかったな。好かれるのは魔族くらいだったし、本気で好きになっても対等に喧嘩もできない。おれの魔力が強すぎるから。だから、無意識に考えることを避けていたのかなあ。
やっぱり、気を使わなくていい相手だろうな、と漠然と思った。きちんと話し合えて、きちんと好き合えて、きちんと喧嘩できる。
そんな相手だったら、もしかしたら・・・。
おれはいるはずもないそんな架空の相手を口にするのが虚しいに違いないと思ったが、牙はなんとなく答えを待っているみたいだったから、ものすごく要約して一言で言った。
「おれより強い女の子」
ぼそり、とおれは小さな声で告げた。
するとその途端、部室の空気は爆発的な魔力の膨張にゴゴンと震えた。
「修行!!します!!」
「ぼくも!!合宿だね!! 海で!!」
「おっっしゃきたああ!!やったるわよ!!各自秘伝書を家から数巻かっさらって来なさい!そして毎晩どのくらい強くなったかを歪とタイマンで試すのよ!!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
「え!?ちょ・・・」
「道着と戦闘装束を忘れずに!集合は夏休み初日!合宿費用は白羽家にまっかせなさい!水着は禁止!あくまで修行!抜け駆けしたらオールナイトリンチ!沐浴着が海での修行の正装だってお爺様が言ってたわ!」
「そうなんだ!」
「分かりました!」
「え、おれそんなのはつみ」
バゴン!
「お小遣いは各自用意。あ、歪は水着持参ね。オプションにパーカーなんかもあるといいわね。まあ持ってないだろうからこの後買い物はて、手伝ってあ、あげるわ。おやつはカバンに入るだけ。魔分ドリンクはおやつに含まない。日焼け止めは必須だけど、サンオイルはなしの方向で。」
「さすが先輩、シチュエーションは用意するけど、イベントは起こさせない。見下します。」
「歪、ぼくおやつにクッキー焼いてくるよ」
「はいそこ! 抜け駆け禁止!」
「ちょっと待て。なんでおれは水着なんだ?修行するんだろ?」
「そこはそれ、歪の場合強さの秘密のほとんどは悪魔の強さでしょ。だから歪が鍛えるべきは自分自身の魔力の操作、魔族の魔力を使った魔法の発動の練習とかをしなきゃこれ以上先はないでしょ」
「え、うん。まあそうなんだけど。」
「だから、今回の合宿では私たちがそれを教えてあげるわ。魔力の操作を牙が、魔法の練習を私が、お茶汲みを御影が」
「なんで!? ぼくだけ外されるのはなんで!?」
「まあまあ、その代わり夜にはトランプとかガールズトークとかをするから、その時に融通してあげるから」
「う、うん。なんか納得いかないけど・・わかった。じゃあ、ぼくおいしいお茶を淹れられるように練習しとくから、歪楽しみにしててね」
「ほんとか? うん、楽しみに待ってる」
「「・・・排除したはずが・・・やはり一番の敵は御影か」」
「うん?なにか言った?」
「「なんにも!」」
とまあ、こんなやりとりがあって、合宿行きが決まったんだよ。
だから、今目の前で御影が、沐浴着なんて場違いな格好を当たり前のようにしているのは、ひとえにすべてやじりのせいなんだな。
変な人の仲間に見られたくない、小心者なおれだったが、この後残りの二人も合流してくるからいずれ変な人の仲間入りは確定している。
・・・・・なにしにきたんだっけ。ほんとに。
おれは砂浜にしゃがみこんで、ゆっくりと「の」の字を書いて疲れを静かに飲み込む。あいつら遅いなー。なーにしてんのかなー。
ってそうだよ、あの二人はなにしてんだ。
御影とはもう一時間は前に、合流してんのに。
「なあ御影、あいつらってまだ来ないの?」
「っえ。えーっと・・・たぶん、まだ。」
「なんだよ。ノリノリだったくせに。まああいつらのことだから、さっきの海の家のお土産コーナーにでも釘付けになって、ひとつしかないストラップ奪い合ってたりするんじゃないのかな」
あはは、と笑うおれのよこで、御影は引きつった笑顔で無言で佇んでいた。
・・・その頃、海の家の更衣室。
「なんで!? なんで帯巻ききれないの!? 去年は着れたのに、この沐浴着。たった一年で・・・まさか・・・育っ・・・」
「太ったんですね。ざまあないです」
「うるっさいわよ牙この野郎、あんただって着替えにどんだけかけてんのよ。太ったのはお互い様なんじゃないの!」
「いえ・・・減ったんです・・・」
「・・・え」
「今日に向けて・・・食事制限してたんです・・・そしたらこう・・・ぶかぶかに・・・」
「牙・・・」
「なんで・・・なんだって今日・・・」
「もういい・・もういいわ・・・牙、ごめんなさい。泣かないで・・・」
「泣いてなんか・・・海が・・潮的ななにかです・・・」
「うん。分かってる・・・分かってるよ・・・」
「そうだね、女の子の買い物は時間がかかるもんだし、もう少しぼくらはぶらついて待ってよっか」
「だな。しょうがないなー。あいつら」
何も知らないおれは、全てを知っていながらちゃんと黙秘して時間を稼いでいる御影の聖人っぷりを、まったく知る由もなかったのであった。
続く




