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旅行とか温泉とか合宿とか



暑い日差し。

南からの風。

白い砂浜に青い海。


おれたちが今出てきたばっかりの民宿には温泉も湧いているし、ここは海にほど近いので、夕食にはおいしい刺身がたくさんでるらしい。


水辺には水着の女の子。

辺りには人気もない。もう盛況になってもいいシーズンだろうと思うのに、だ。

この恵まれすぎたシチュエーション。



・・・・・だろうがなんだろうが、喜ばない男もいるのだということを、おれは全力で叫びたい気持ちでいっぱいだよ。



さかのぼって現在の状況を説明すると、あの日部室でおれが誘われたのが、この南の温泉地への三泊四日の旅ご招待だったのだ。あの時御影が持っていたのが、ここの旅行券だったわけだ。


何故そうなったか、そしてどうしてこうなったのかはおれもイマイチ理解できていないのであるが、ことの発端はどうやら、牙が商店街の福引で例の旅行券を当ててしまったことがすべての元凶となったらしい。


牙の家が経営する喫茶店のある商店街、(紙煮草 )商店街はさほど大きくはないが、その中央に位置する(紙煮草)駅を目当てに途中下車してくるよそ者が多いため、かなり活気のある商店街なんだ。


有名なアニメスタジオの「サンライト」がその商店街の中にあることから、アニメの街としても最近は名高くなってきていたりして、その象徴としてなのか、某国民的ロボットアニメの戦闘用巨大人型ロボットの銅像が天を掴むような姿勢で建てられたりもした。


ここ近年では、その銅像を一目見ようと多くの客人が訪れ、また近隣の人たちにとっては待ち合わせの場所としてちょうどいい目印になるからと、渋谷における忠犬ハチ公像的な立ち位置で街を守っている。


そのかたわら、街は更なる町おこしのため、アニメの街としての特権をフルに活用し、スタンプラリーなどを開催して客人たちに街の中をより遠くまで練り歩かせることを企画した。街の各所に置かれたチェックポイントを回って、スタンプを集め、アニメ系の景品をもらう。その道中で食べ物や飲み物、関連グッズにお金を落として行ってくれたらしめたものだ、というのが建て前と本音らしいんだけどな。これが結構うまくいってるらしい。



その商店街で買い物をしたレシートを集めると、二ヶ月に一度だが二千円分以上で一回、福引が引ける。


一位はテレビ、二位はアニメの限定・非売品のグッズ。


そして今回の旅行券は三等だったらしいが、牙は見事にそれを引き当てたのだそうな。


とは言っても、牙のような魔力感覚のある人間にとって、くじ運なんて概念があるのかは甚だ疑問なところだけどな。欲しい景品があれば祭りの射的は絶対に的を外さないし、クラスの席替えも欲しい席は思いのままらしいしな。三等の福引の玉が何色かは知らないが、当てようと思えばどうせ当てられるんだろうよ。


結果としてどうやったのかは知らないが、まあ、牙は今回の夢のような旅行の招待券をGETしたのだとさ。


そこで学校に持ってきて、部室にきた。

そうしたらおれは寝ていた。


旅行券は牙が言うには、ペアでのご招待だったらしいので、一緒に行く人がいなかった牙は、優しくもおれを誘ってくれようとしたらしい。やっぱりイイコや。


だがしかし。そこへやじりが入ってきた。


牙とやじり。水と油。酸性剤と塩素系。相反するもの同士がそこに集ってしまったら、どうなるか。無論、喧嘩になったそうな。

なんでそんな大した理由もなく喧嘩できるんだ? おれにはさっぱり分からない。が、ともかく牙がそこで握っていた旅行券に目を止めたやじりは、なんとこう申し立てたらしい。


「それはあなたと歪には相応しくないわ。私に渡しなさい。私と歪とで行ってきてあげる」


ずい、と手を差し出したやじりは、それはそれは、さも当然と言わんばかりの笑顔だったのだという。


まあ、当たり前だけど牙はそれに呆れつつ怒ったらしい。


「はあ!? これは私が当てたんですよ。なんで先輩なんかにあげなきゃいけないんですか。馬鹿なんですか!?」


とまあ、それはそれは大層な剣幕で挑みかかったらしいんだな。


結果、ぎゃあぎゃあと騒ぎまくってる二人をなだめたのが、後から入ってきた御影だったんだってさ。


そこまではまあ、分かる話だ。

問題はここからだ。


三人はとりあえず一旦落ち着き、手元にある旅行券の話に戻った。

どういうわけか、三人とも夏休みは特に予定がなく、三人とも何故だか知らんが、どうせ予定がないだろうおれと、一緒に行ってあげたくなったのだという。


そこで話し合いになった。


三人で旅行券を取り囲んで座り込み、話し合った結果、寝ているおれを起こして誰と行きたいかを聞き出し、一緒に行きたいと言われた者にこの旅行券を手にする栄光を与えようということになったらしいんだわ。


で、だいたいこのあたりでおれが起きた。


おれが起きてむにゃむにゃ話しかけたことで、三人のうち二人が緊張感から硬直。珍しくそうならなかった御影は好機を逃さず、旅行券をひっつかんでおれに駆け寄り、他の二人が御影を取り押さえ損ねて転んでる間に、おれとの旅行を申し出たのだそうな。


そうとは知らないおれは、予定もどうせなかったので大いに喜び、「うん」と言ってしまったのですな。


これが運の尽き。


血相を変えて飛び込んできた二人の平手打ちを完璧なコンビネーションで同時に叩き込まれ、吹っ飛んだおれは襟首を掴まれて叩き起こされ、今までに言ったようなことの顛末を聞かされたわけでね。


それでもって、改めて二人は引きつった笑顔で聞く。


「それで、くんは誰と行きたい?」


おれは少し悩んだけど、結局御影に一緒にいくと言ってしまったし、結局「御影かな」と答えた。


別に悪気も他意もなかったんだけどな。


その後のことはあんまり思い出したくない。


顔を真っ赤にさせる御影の横で、牙の魔力感覚の念動力による空中殺法「秘技・樋熊流・愛と悲しみのずっと私のターン」と、やじりの呪文の一番簡単なかたち、呪文単語詠唱による「痛いもの、苦しいもの、屈辱的なもの一斉召喚射撃」が火を吹いたところまでは覚えてる。


その後はあまりの痛みと、壁を宙を床を転げ回ったのとで、ぶつりと意識が途切れた。


しばらくして目が覚めたらもう夜で、これまた何故なのか御影の家の、御影の部屋で横になっていた。慌てて起き上がると、かたわらに座っていた御影は赤い顔で嬉しそうに、「ふつつか者ですが、よろしくお願いするね」とこぼれるような笑顔で言った。


おれはなんだか身の危険を感じて、大慌てで逃げ出して家に帰った。そしてその次の日がもう終業式で、その次の日には夏休みになたなんだか目が回るようだ。


そしてさっそくその日、家に押し寄せてきたやじりに首根っこ掴まれて、適当に荷物を鞄に突っ込まれて引きずられ、駅まで行き、そこで待ってたバスに叩き込まれて、四時間ほど揺られて、そして着いたのがここ、南の温泉地だということなのですよ。


そう、なんだかわけが分からない。ままに、おれは今回の旅行に連れてこられてしまったわけなんだよ。


お分かり頂けた? おれの精神的疲労の度合いが。


つづく


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